はあとフル3話終「装甲服を脱がさないで」

「今ごろユミノ君は、廃工場とは正反対の方角に向かっている所でしょう」

 端末を目で操作しながら、レイシーは言う。

「ざまぁみろ」

 フウカは悪魔的哄笑を浮かべた。

 賞金を独り占めするため、2人は先行していた同業者の端末に偽情報を流した。

 そして、この試みはすんなり成功した。


 時には手を組み、時には裏切る。騙し騙され、持ちつ持たれつ。こうして賞金稼ぎ達はシビアにふるまうのだった。


「これで、大金が手に入ったら万々歳なんですけどね」

「珍しく悲観的だねぇ、レイシーちゃんは?」

 相棒の背中を優しく叩きながら、フウカは不敵に笑って言った。

「たとえ相手が戦闘サイボーグだろうが、うざったい装甲服をひん剥いてやりぁ、こっちのもんさね」

(簡単に言ってくれちゃって)

 レイシーは心の内で不満を吐いた。


 赤目は全身の半分以上を機械化した、戦斗サイボーグだった。

 身にまとっているのは、戦斗サイボーグ用装甲服「0-Nyan5おにゃんこ型」

 日本を始め、各国の軍隊で使用された。


 レイシーは、警部から貰ったデータファイルを開いた。

 赤目の装甲服は識別信号が故障していた。おまけに服は各地に出回っており、所属部隊を割り出すのが困難になっていた。

 結局、赤目本人の正体は分からないままである。


 ファイルには装甲服の性能評価レポートもあった。

 0-Nyan5型は、端的にいえば特長がないのが特徴だった。

 これは尖った面がない代わりに、欠点もない。

 全体的にバランスがとれている、という見方もできる。


 現在は後発の「48シリーズ」に置き換えられ、一線から退いているが、未だに名機として高い評価を受けていた。


(イヤな予感)

 レイシーはまたも憂うつな気分になった。


 ……廃工場から真西200メートル地点。

 目当ての穴を見つけて、フウカはさらに悪魔のような笑みを深めた。

 警部から買った情報によると、穴の先には廃工場につづく地下通路があるらしい。


「あの工場、やっぱりいわく付きでした。過去に3回、摘発に遭ってます。この通路は大かた、逃走用でしょうねぇ」

 ファイルを斜め読みしながら、レイシーは言った。

「では、いざ」

 さっそく踏み込もうとするフウカ。


「少しは躊躇とか……」

「しない」

 遮られたレイシーは嗜めるのを諦めた。

 心を切り替え、彼女は対サイボーグ用ライフルをバッグから出した。


 対するフウカは無手。強いて言えば、革の手袋をはめているだけだ。

「いざ出発」

 だというのに、彼女は鷹揚とした態度を崩さない。

「賞金2万エドル(およそ200万円)があたしを待ってる!」

「そこは、あたし達と言って欲しかったなぁ」

 レイシーも銃を手に追従した。



 狭い一本道を進むと、あっという間に出口に到達してしまった。

 工場に通じる扉は鋼鉄製で、隙間は丁寧に溶接されていた。

「と、いうわけで。頼みますよ、フウカさん」

 レイシーは扉横の壁を指差す。


 あちこちひび割れているが、分厚いコンクリートであることには変わりない。内部には鉄筋も巡らされている事だろう。

 にも、かかわらずフウカは壁を叩いた。

 ドアをノックする感覚で、彼女基準で軽く。

 ぴしり。

 叩いた場所に亀裂が入った。

「ここだな」

 フウカは業魔的笑顔で壁を力任せに殴った。


 craaash!!


 彼女の放った一撃は、生半可な爆発より強力だった。

 その証拠に、壁には大きな穴が出来た。

「あの、フウカさん。壁にものすごい亀裂ができましたよ?」

 そう言って、レイシーは亀裂を目で追う。

「もしかしなくても、床にヒビ入りましたよ」

「床が抜ける訳じゃあるまいし。大げさだな」

 穴をくぐったフウカは、突然生き物の気配を感じた。ソレは足元にいる。

 急ぎ見下ろして、がく然とした。


 みゃあぁぁ。


 足元で猫が鳴いた。

「は?」

 フウカは間抜けな声をあげた。

 白い子猫がフウカの脛に頬ずりしているではないか。

「まあ」

 穴から出たレイシーが目を輝かせた。

「可愛い。フウカさん、猫ですよ!?」

「見りゃあ分かる」

 ぶっきらぼうに答えたフウカだが、ごろごろ喉を鳴らしながら足に絡みつく子猫に、頰が緩んでいる。

「おいで。おいでぇ」

 銃をしまって猫に呼びかけるレイシー。

 子猫はひと鳴きして、レイシーに近づいた。

 レイシーが子猫を抱き上げようとした……次の瞬間。


 真横から赤目が体当りをしてきた。


 吹き飛ぶレイシー。驚いて逃げる子猫。そして、コンクリート片を襲撃者の頭に叩きつけるフウカ。状況は目まぐるしく一変する。

 赤目は攻撃してきたフウカへ顔を向けた。全く怯む気配がない。

「効いてない?」

 呆気にとられながらも、フウカは拳を振るう。

 装甲服で覆われたボディに渾身の右ストレート。続けて追撃のフックを、装甲に覆われていない脇へねじ込んだ。


 赤目、後退。体が左右にぐらついている。

 これは効いた?フウカは思いを巡らせた。それが致命的な隙を生んでしまう。

 赤目が後ろによろめきながら、素早く重機関銃を構えた。

「うげっ!?」

 サイボーグの俊敏さを侮った、フウカの失態である。


 ミキサー重機関銃の効果は既に見た、聞いた、ヤバかった。

 とっさにフウカは両腕を回しながら、腰を大きく仰け反らせる。直後に大量の弾丸が、彼女の体を掠めた。


「フウカ!」

 態勢を整え直したレイシーが反撃。

 対サイボーグ用ライフルが、次々と大口径の弾を吐き出す。

 レイシーは赤目の右半身を集中的に狙う。

 やがて、機銃掃射が右から左へとズレていき、フウカから離れる。

 痛む腰を抑えながら、フウカは這って逃げた。


 フウカの脱出を確認して、レイシーも朽ちた機械に身を隠す。

 20発入り弾倉が空になるまで撃った。なのに、赤目は未だ健在。左右に機関銃を振って、掃射を続けているではないか。

 頭上を通り過ぎる弾幕を仰ぎ見ながら、レイシーは口汚い言葉を二、三呟いた。


 赤目は機銃掃射を続けながら、搭載されたセンサ全てを駆使して、子猫を探した。

 七時の方向に小さな熱源有り。猫特有の心音も捉えた。

 良かった……。

 無事を確認して、やっと赤目は正体不明の女二人に意識を向けた。


 何者なのだ?

 褐色肌の女は子猫を抱こうとしていた。

 羨まし……否!

 赤目はパンツスーツの褐色女を探す。


 あの女は子猫に近づく悪い虫。

 赤目は見ず知らずのレイシーを、凶悪極まる危険人物として認識した。

(危険は排除せねばならない)

 もちろんこれは彼の妄想である。サイボーグ化しても尚、赤目の脳には、現実逃避に必要な機能が残っていた。


(ネコちゃんを守らねば!)

 妄想が臨界点を突破。

 今日はこれで二度目となる。最初は脱法ヨーカンの取引現場。迷い込んだ件の子猫を「救助」する為、赤目は危険を排除したのだ。

 そのような事情を、賞金稼ぎコンビが知る由もない。


 やっと、ミキサー重機関銃が弾切れになる。

 給弾の隙をつき、フウカが天井から奇襲。赤目の頭めがけてハイキック。


 赤色のゴーグルにヒビが入った。

〈警告〉〈ヒゼウニキケン〉〈重篤ダメェジ〉

 視界にノイズがはしり、旧式補助脳が警告を発する。

 衝撃によろめき、赤目は重機関銃をとり落してしまう。銃とせき髄に埋め込んだ端子を結ぶケーブルが、火花を散らして抜け落ちた。

「てめえの服を引っぺがしてやる!」

 フウカは赤目の装甲服を掴み、力任せに引っ張った。

 段ボール紙を破くように、ビリビリと装甲タイルが破れる。露わになる人工筋肉の白い繊維。

 あまりのグロテスクさに、フウカは顔をひきつらせた。


 痛みに苦しみながら、赤目はデタラメに腕を振り回して、フウカを引き離そうとする。


 その腕力は、フウカも焦るほどの規格外ぶりであった。

 止む無く彼女は赤目から離れた。

「援護射撃ぃ!」

 フウカが声を大にして合図を出す。レイシーは銃を赤目に向けた。

 そこに子猫が乱入。レイシーの胸に飛び込んだ。


 驚いたレイシーは情けない悲鳴をあげる。

 対する子猫は無邪気にひと鳴き。

「今は取り込み中なの、猫さん!」

 銃を下ろして、片手で子猫を剥がそうとする。

 だが、子猫はシャツに爪をたてて、離れようとしない。

「お願いだから離れてくださいぃ!」

 とうとうレイシーは銃を手放して、両手で抱きかかえた。

「あのですね、世の中にはTPOというものがありまして……」

「レイシー、後ろ!」

 説教を止めて、レイシーは後ろを見る。

 ボロボロの赤目が襲いかかろうとしていた。

 レイシーは子猫を赤目に投げた。

(しまった!)

 赤目は突進を止めて子猫を抱き止めた。


(柔らかい!?)

 赤目の体に電流が走る。装甲服ごしに感じる子猫のフワフワ。

 この世のものとは思えない感触が、赤目の心を優しい温もりで包み込んだ。

 彼は歓喜した。こんな体でも猫を触れるのだ。

 むせるほど乾いた心に恵みの雨が降ったことを、赤目はしっかり感じ取った。

 同時に自分の体が浮いていることにも。


(え?)

 幸せ過ぎて体が軽くなったのか?

 答えは至極簡単。

 後ろからフウカが持ち上げて、反り投げようとしてるのだ。

 KABOON!!

 綺麗なジャーマンスープレックスが決まった。


 同時に、床には見るからに危ない亀裂が、縦横に広がる。

「マズった」

 体を仰け反らせながら、フウカは顔をしかめた。

 赤目を叩きつけた床が、音をたてて崩れ始めた。真っ逆さまに赤目が下へ落ちていく。


 とっさにフウカは赤目から手を離す。レイシーが駆け出して、パートナーの両脚を掴んで引き止めた。

 落ち行く赤目の腕から子猫が離れた。それをフウカがキャッチ。

 赤目は割れたゴーグルの奥で瞳を涙で濡らした。

(猫ちゃん……猫ちゃん!)

 赤目は再び絶望に追い落とされたのだった。



 崩落が収まり、工場は静寂を取り戻した。

 穴のフチにフウカの両脚を抱きしめるレイシーがいた。

「どんだけ深いんだ、この穴?」

 逆さずりになったフウカは上を見た。

「レイシー、ありがとう……って、礼は取り消す。脚を撫でるな、頬ずりするな!」

「なぁんのコトでござんしょ?」

 レイシーは首を傾げてとぼけた。フウカに抱えられた子猫も、現状を理解できないのか、不思議そうに首を傾げる。


「そんな事より、赤目はどうなりました?」

 頬をくっ付けたままレイシーは尋ねる。

「見えねぇから分からねぇ。つーか、確かめ……」

 二人は黙って顔を見合わせた。


 聞こえたのだ。

 暗闇の底から響く、おぞましい呻き声が。

「「マジかよ?」」

「にゃあん」

 二人と一匹の声が揃った。


 それから警察が穴の底を捜索したが、赤目は発見されなかった。遺体はおろか、装甲服の残がいすら見当たらないのだ。

 生き延びてどこかへ逃げたのか。それとも、何ひとつ残さず地中で果てたのか。

 それを知る術はない。

 ただ一つ。はっきりしている事がある。


 賞金2万エドルは誰の手にも渡らなかった。


(了)

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