はあとフル3話b「装甲服を脱がさないで」
フウカは小窓の影に立ち、双眼鏡を覗いた。
目当ての人物は廃工場の入口にいた。
堂々と立っていた。
一度双眼鏡を下ろす。ユミノとレイシーを交互に見て、また目にあてる。
「あれが賞金首?」
と、フウカは質問した。
件の賞金首は、無骨な装甲服に身を包み、巨大な重機関銃で武装していた。
賞金首は動かない。
堅牢な鉄仮面で顔を覆い隠し、小さな赤レンズの目で、じっと賞金稼ぎ達を見る。
だが、危険と凶悪を備えた人物であることは、誰の目から見ても明らかだ。
ユミノは苦い顔で言う。
「14ミリ機関銃。通称、ミキサー。普通は、ジープとかに載せて使う。人間が持てる代物じゃない」
「あれって人間ですよね。何者で?」
確認するようにレイシーが尋ねた。
「知らん。突然、装甲服姿で現れて、あそこに立て篭もりやがった。当局すら何者なのか、どう説明すりゃあいいのか分からなくて、困ってる」
と、紫髪の女がフウカ達に説明する。場違いなPVCメイド服を着た始末屋で、
名前はノリン。
「仕方ないから、わたいらは、あの装甲服野郎を赤目って呼んでる」
賞金稼ぎ軍団は渋面をつき合わせた。
「それにしても、あの銃が厄介だ」
と、アフロ髪の賞金稼ぎが言う。
「狙撃は試した?」
フウカはノリンへ質問する。
「グレヲがやった」
「結果は?」
「新鮮な肉ジュース、一丁あがり」
はあぁ。重いため息が流れた。
そこに……。
「ヤツが動いた!」
突然、ユミノが叫んだ。彼は窓から離れ、バイザーのターレットカメラをガシャリと回す。
「伏せろ!」
直後、赤目の弾幕射撃が始まった。瞬く間に、廃屋の上半分が消失した。
間一髪で床に伏せたフウカは、土埃にまみれながら、顔を真っ青にした。
目の前には、ノリンとアフロの他に、4体分の肉ジュースが、まき散らされていた。
ユミノは両手で口を抑えて皆に言った。
「逃げよう」
「「逃げよう」」
そういうことになった。
………………………
寒空の下でも、酒のあるところ、人間は
必ず集まる。平日の昼間だというのに、高架橋下の露店街は混んでいた。
屋台から立ち込める湯気、食べ物のニオイが一帯を包み込む。
殆どの店が粗製された安酒や、違法スレスレの合法薬物求める者達でいっぱいだった。
穴だらけのカーテンで仕切られた露天屋台も、その一つだ。店内では、3人の賞金稼ぎ達による《反省会》が開かれていた。
「……おめぇら。あの後で、よく肉が食えるな?」
ユミノは吐き気をこらえながら、フウカ達に言った。彼は青黒に変色した顔に、深いシワが刻まれている。
胃を空っぽにしても、喉を胃酸で焼いても、まだ足りなかった。
食事の手を止めて、フウカは嘲笑した。
「あたしは健全な肉体と精神を持ってんだ。どこぞのヨーカンジャンキーとは違う」
胸をそらすフウカ。彼女はトマト味のモツ煮を2人前と、串焼き10本たいらげて、更にもう1品、注文する気でいた。
「いよ、健康不良魔法少女」
ビールジョッキ片手に、レイシーがはやし立てる。
「よせよ、レイシー。それ以上言うと、その顔ぶん殴るぞお❤︎」
と、フウカは歪な笑顔をつくる。
「怖い、怖い。ところでユミノ君?」
レイシーは知らん顔で、ユミノに顔を向けた。
「あの廃工場のこと、何かご存知で?」
「いいや。工場がどうした?」
「どうして赤目は、あんな所へ逃げたんでしょう?」
バイオ鯨の竜田揚げを横にどかし、組んだ両手を置く。
「そりゃあ、あすこは763エリアの最奥地。サツだって近寄りたがらねえ。隠れるにはもってこいだろう」
「ですが、リスクも大きい。他所者に害を加える住人もいます。それに、潜伏に最適な場所なら、他にもっとあった」
「そこまで考えてないに、4元賭ける」
フウカが横から口を挟む。
「どっちにしろ、もうあたしらには関係ない。手を引いたから」
そこまで言って、彼女は薄汚いエプロンを巻く店員に、おでんとカストリ酒を頼んだ。
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食事を終え、ユミノと別れた賞金稼ぎコンビは、事務所に一番近い警察署……49分署へ足を運んだ。
裏口に設けられた特別棟に来る客は、賞金稼ぎや調達屋、探偵といった、裏稼業連中ばかりである。
どれだけ危険な場所かは、乱闘が日常茶飯事の一階ロビーや、雑な修繕跡を見れば、一目瞭然だ。
警察組織は遡ること50年前に、第三セクターと化した。
今日現在、海上都市の治安は、大手警備会社と、世界有数の保険会社の金で賄われている。
……それはさておき。
「やっぱり、めぼしい情報はありませんね」
筒型の公衆通信機をとり囲み、フウカとレイシーは赤目のデータを閲覧していた。
「手を引く」と言ったのは嘘。理由はもちろん、賞金の独り占めである。
「しっかし、本当に誰も赤目の素性を知らないとは」
レイシーは公衆通信機からケーブルを抜いた。
もう一端を手首の端末に繋げたまま、入念にウイルスチェック。
警察署をはじめ、殆どの公的機関では、未だに旧型の公衆通信機が置かれている。しかも、セキュリティまで、古き良き旧式である。
「あの工場に立て籠もるまでにやらかしたのは、脱法ヨーカンの取引現場で、機関銃を撃ちまくっただけ。でも、ヨーカンはおろか、現金にすら手を付けず逃走した」
「撃ちたがりの乱射魔とか?」
ロビーの乱闘を眺めながら、2人が悩んでいると、
「何てことだ。今日は厄日だ」
という嘆きと共に、壮年の男が近づいてきた。
男は中肉中背で、灰色髪に灰色の口ひげ、黒ぶちの眼鏡をわし鼻にかけていた。
シャツの上には深緑色のベスト。下は綿のズボンだった。
見た目は典型的なデスクワーカーだが、実態は真逆。その点を、女賞金稼ぎ達はよく知っていた。
「うげえ……オヤジぃ?」
レイシーを盾に、フウカは男と距離を置こうとする。だが、レイシーもフウカを盾にしようと試みて、醜い背後取り合戦となる。
「お前達、赤目から手を引いたと聞いたが?」
と、警部は尋ねる。彼女達の反応には知らん顔だ。
「多分それは、誰かさんの聞き間違いだ。
賞金2万エドル(注・エドルは国際通貨。1エドル=約100円)の賞金首を、簡単に諦められるかっての」
気をとりなおして不敵に笑うフウカ。同時にに、ARで表示された赤目の手配書を指さす。
「同じセリフを10分前にユミノからも聴いた」
微笑みを返す警部。途端にフウカは不機嫌になり、公衆通信機を蹴潰した。
理不尽!
残がいを見ながら警部は静かに言った。
「弁償」
「フウカさぁん!」
涙目のレイシーがフウカを強引に揺する。
「うるせえ!ユミノより先に、クソ機関銃野郎を捕まえる。それでチャラだ!」
レイシーを押し退けて、フウカは警部に詰め寄る。
「あのチビジャンキーに幾らで情報を売った、オヤジ!?」
「それは言えんな。こちらも商売だ。個人情報は……」
フウカは鬼の形相で、通貨素子を警部の胸に押し付けた。
「私のオフィスに来い」
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降り注ぐ砲弾。
舞い降りる敵兵。
建物が燃える。
圧倒的な力による果てしない暴虐。
そして炎は、ささやかな望みや、芽生えた夢も、昨日も明日も呑み込んだ。
今でも、むせるぐらい炎のにおいが、体じゅうにしみついている。
……赤いゴーグルの下で、男の血走った目が見開かれる。
いつの間にか自分は地獄の戦場から、カビ臭い廃工場の中に戻っていた。
あれは夢だったらしい。
フウカ達が「赤目」と呼ぶ賞金首は、深く息を吐いた。
肉体の一部になった装甲服を通して、わずかな風の流れや気温、湿度を感じることができた。
すべてが「これは現実だ」と知らしめてくれる。
だが、赤目は常に自分を疑わずにはいられない。
ひょっとして、まだ夢を見ているのでは?
この静寂が夢で、目が覚めたら、世界はまだ戦争の真っ最中かもしれない。
彼は苦悩していた。
己がぞっとする悪夢と絶望まみれの現実のどちらにいるのか、赤目は判断できなかった。
迷いあぐねて、ようやく赤目は、現実にいると認識した。
それから、装甲服をまとってからの癖で、
ゴーグルのセンサを動かす。脳に直接、ケーブルで繋いでいるから、手で弄る必要がなかった。
生体反応が彼の傍らに一つ。
手を伸ばそうとするが、途中で止めてしまう。
装甲服を着ていると、加減ができない。
人工筋肉と電子戦装備を内蔵したこの服は、命を奪うことに特化し過ぎているのだ。
それでも。それでも。オレは……。
赤目は寝ている子猫に熱い視線を向けた。
さわりたい。
ネコちゃんにさわりたい。
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