はあとフル3話・「装甲服を脱がさないで」
はあとフル3話a「装甲服を脱がさないで」
目が覚めた途端、頭痛と吐き気が同時に遅いかかってきた。
おまけに喉奥が熱くて痛い。
獣のような唸り声をあげながら、フウカは体を起こした。
二日酔いだ。
内側から脳みそが叩かれている。
外からは冷たい空気が刺す。
「寒い」
身につけているのは下着一枚だけ。
どうやら寝間着を着ることなく、そのままベッドに潜ったようだ。
記憶がない。
それより、気持ち悪い。
ごろりと転がって、フウカはベッドから落ちた。
それから床を這って部屋から出て行った。
2分後。この世のものとは思えない音を聞いて、レイシーは目を覚ました。
彼女から見て右側、パートナーの寝床が空っぽだ。
また、怪獣の咆哮が聞こえてきた。音の発信源は、トイレだ。
寝返りを打ってレイシーはドアを見る。
何故か二つもある寝室のドア。そして、今は右側のドアだけが開けっ放しになっていた。
「フウカさん……朝からやめて下さいよ」
ベッドから降りてレイシーはため息一つ。
それからガウンを羽織って、褐色の体を朝の冷気から守る。
床にはクシャクシャに潰れた空き缶の山。
昨日は二人揃って深酒をしてしまった。寝室には、その爪痕が至る所に見られた。
この調子だと、リビングはもっと酷いことになっている筈だ。
緑色の目を細めて、レイシーも寝室から出た。
この海上都市の片隅で、2人の女は憂鬱な朝を迎えた。
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朝食の席で不機嫌顔のフウカは、徐に首の裏へ手をあてた。
首には《端末》と呼ばれる、人工皮ふ製の情報通信端末が貼ってある。
パソコン、携帯電話、そのほか今日までに発明された便利な通信機器が、コンタクトレンズより薄いフイルムに集約されている。
「端末の調子でも悪いんですか?」
フォークを片手にレイシーが尋ねた。
「違和感がある」
端末の不調に悩むフウカ。さらに彼女を苦しめるのは、公営放送の無味乾燥なニュースだった。
小学校から押収された、時価50万円相当の違法駄菓子。
凶悪高齢ドライバー軍団による湾岸線逆走レース。
国内の格差とか貧困にまつわるリポートの次は、ストレートニュース。
トップバッターは、高級アイスを不味そうに食べる動物園のゴリラ。
マカロニサラダを口いっぱいに頬張りながら、フウカはテレビのチャンネルを変えた。
画面が変わる。フウカの表情も、不機嫌顔から呆れ顔に変わった。
蠱惑的なバーチャルアイドルが、際どい衣装を身につけ、人間に近いデジタル音声で、気象情報を伝えているのだ。
「朝のニュースも手段を選ばなくなったんですねぇ」
レイシーもテレビに顔を向ける。一方で彼女の手は適度に焦げたベーコンを、正確な大きさに切り分けた。
「最近どころじゃねぇよ。ずっと昔から、視聴率の為なら何でもする。それより……」
フウカは訊ねた。
「さっきメッセージが来てただろう?」
「ユミノ君から、仕事の協力依頼です。取り分はまあまあ。コーヒーのお代わりは?」
「ちょうだい。でもなあ、あのチビと手を組むのはなぁ……」
たわいもない会話を続ける2人は、賞金稼ぎで生計を立てている。
懸賞金の掛かった犯罪者を追いかけ、捕まえるのが仕事だ。
おたずね者、生死問わず。
生け捕りは絶対では無くなった。
「背に腹は変えられませんわ、お姉さま?
これもフリーランスのサガですの」
と、レイシーは若々しい声を作って言う。
「なぁにが、お姉さまだ。アンタの方がずっと歳上だろうに」
フウカはコーヒーをひと息に飲み干した。
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赤錆まみれの高層住宅街を通り過ぎて、女賞金稼ぎ達は不穏極まる区画に入りこんだ。
至る所に違法増築された家屋や、商店が建ち並ぶ。幌屋根の下で開かれる怪しい店には、明らかに違法な商品ばかり置かれている。
それを当たり前のように買う住人達の姿も見られた。
旧世代のサイボーグ義肢をはめた子どもと電子端末を直に頭に埋めた老婆が、を珍しそうにフウカ達を見る。
革ジャケットにスリムジーンズ姿のフウカと、パンツスーツを着こなすレイシー。彼女らは良くも悪くも、周囲から浮いていた。
「この763(ナムサン)エリアに最後に来たの、いつだったか覚えてる?」
歩きながらフウカは尋ねる。
「まだ二週間前。そんな昔でもありません。ケチな窃盗犯が、このゴミ溜めに迷い込んだんですよ」
レイシーは警戒を悟られない様、飄々と答えた。
居住区画763エリアは、メガフロートの中でも特に危険な「魔窟」だ。
治安の悪さは世界屈指。かつては、リオやデトロイト、サンクトペテルブルクでさえ、裸足で逃げだすと言われた時代もあった。
それはさておき……。
フウカ達の行く先を、ガレキを積んだだけのバリケードが塞いだ。
そして、立て看板が一つ刺さっている。
『キケン!命は大事!すぐ引き返せ!』
二人は呆けた顔を見合わせた。
「ここだ」
「ここですね」
二人は躊躇いなくバリケードを越えた。
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入り組んだ路地を抜けると、そこは戦場だった。
だだっ広い更地を中心に、激しい銃撃戦が繰り広げられている。
二人は身を低くして、集合場所へ向かった。
指定されたのは屋根のない小さな廃屋。その影に粗末な陣地が作られていた。
電子マップを睨む背の小さい男に、フウカは声をかけた。
「一体なんだ、この騒ぎは?」
男はバイザーに取り付けられた、ターレット式カメラを、クルクル回す。
それからバイザーを押し上げて、フウカを睨んだ。
彼はユミノ。フウカ達の同業者だ。
「なんでフウカまで来た?」
ユミノは開口一番、憎まれ口を叩く。
「レイシーに助っ人を頼んだんだ、俺は」
「器量良しだけご所望なら、あたしは帰るぜ、ユミノ」
眉間にシワを寄せ、フウカは言葉を返す。
「はいはい、そこまで。恨み辛みは賞金首にぶつけて」
と、レイシーが仲裁に入った。
「今日はとことんツキが悪い。仕事にミソは付く、金は出て行く、手間が増える。おまけに、世界一嫌な女に、頭を下げることになった!」
ぶつぶつ不平を言いながら、賞金首のユミノは黒色の羊かんを咀嚼した。
ただの羊かんではない。俗に脱法ヨーカンと呼ばれる違法甘味だ。
脱法ヨーカンには、疲労回復に大変イイとされる各種栄養素と、高純度の違法添加薬物が練りこまれている。
たった一本で、エナジードリンク1ダース分の栄養が肉体の疲労を和らげ、違法薬物に匹敵する多幸感をもたらす。
その一方で、極上の甘さと添加薬物によって、中毒症状に陥る者も少なくない。
重ねていうが、これは甘味である。
老舗和菓子店の歴史的努力と、新鋭の医薬品メーカーの最新技術による、究極の悪魔合体。極悪にして至高の……甘味!
「ええ、ええ。そりゃあご災難でしたわね。そのまま、不幸にも中毒死になっちまえ、ヨーカンジャンキー」
と、フウカは嫌悪を隠さず言った。
「そんなことより、ユミノ君以外にも知った顔が大勢いるんだけど」
陣地には知り合いの賞金稼ぎ達がいた。皆、なんだか疲れているようにも見えた。
レイシーはどんより暗い空を仰ぐ。
「嫌な予感がしてきた」
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