はあとフル・2終「インパラさんが通る」
「あのターボババアもブージャムなの?」
フウカは通話アプリで相棒へ質問した。
「確かに奴はブージャムでした。でも寄生型なんて、私の部下に は一人もいなかった筈」
「寄生型?」
フウカは車外へ顔を向けた。
ブージャムの元将校レイシーは、黄緑色のオートバイを駆って並走する。
「機械にくっ付いて、自分の身体を変えてしまう種族のことを、そう呼ぶんです。寄生している間は、機械の特性をそっくりそのままコピーしてしまう」
「なるほど」
二連式散弾銃に弾を込めながら、フウカは相づちを打った。
レイシーはそっと自分の体をあらためた。彼女もターボババアと同じブージャムだ。
体の大半は、この世界でいう無機物で構成されている。
「……機械はいつか故障する。だから整備が必要になる」
その昔、鉄血将軍と呼ばれたブージャムは、呟くように言った。
「それでツテ爺さんを利用したのか。寄生した機械を整備させる為に」
相棒の異変は敢えて無視。これが最良の選択だと理解するのに、かなり骨が折れた。
レイシーは心配されることを人一倍嫌う。
フウカはそれに気付かず、干渉しすぎて殺されかけた事もあった。
「すまない。迷惑かけてしまった」
今まで黙っていたセラが口を開いた。
「やめろよ。そういう反省は全部終わった後にやれっての」
不機嫌に答えるフウカ。
「翻訳すると『どうか自分を責めないで。あたしは何も怒っていないわ、ダーリン』との事です」
レイシーはすぐに調子を取り戻していた。
「口裂け女にしてやろうか!?」
窓に顔を貼りつけてフウカは怒鳴った。
「きゃあ。こわーい!」
レイシーは車線を変え、ぐんぐん速度を上げていく。あっという間にバイクは前方彼方へと消えていった。
「人がせっかく気を遣ってやったのに」
「……いつも賑やかで良いよな、お前ら」
口元を綻ばせて、セラは微笑する。
「なぁにカッコつけてやがんだ。テメエも覚悟しとけよ?言いたいことが山ほどあるんだから!」
「分かった。精いっぱい怖がっておく」
―――――――――――――――
レイシーと別れ、インパラは高速道路へと入った。緑色の看板には『西20番区画』の電子文字。
「あの女、高速道路を逆走しながら西へ向かってる。避け損ねたタンクローリーが横転。事故のせいで、もうじき全面通行止めだ」
セラは端末で得た情報を話す。
「このまま走れば、逆走するターボババアと鉢合わせできる」
「どうか糞ババアがトイレ休憩なんてしていませんように」
「チャンスは一度。当ててくれよ?」
セラは横目でフウカを見た。
「上手くいくかな。射撃、自信ないんだ」
ワザとらしくフウカ はおどける。
「頼むぞ」
「ガタイが良くなっても心配症は昔のまま」
笑いながらフウカは助手席の窓を開けた。
強風が窓から飛び込み、ばたばたとフウカの長黒髪をはためかせた。
彼女は窓枠に座って箱乗りの体勢を作った。屋根に肘を置き、散弾銃を構えた。
ここでレイシーから連絡が入る。
彼女は全体を俯瞰できる位置を維持しながら、ババアを追跡していた。
「接触まで、あと1分!」
「予定より早い」
セラの舌打ちは風の中へ溶けていった。
緩いカーブに差し掛かる
コーナー出口には、見える筈のないヘッドライトの輝き。
盗まれたダッジ・チャージャーだ。
皺くちゃ顔のババアが、うつ伏せになってボンネットにくっついていた。
四肢をエンジンフードに突き刺して、車を操っているのだ。
「廃車確定。さらば、二台持ちの夢」
セラが感想を言う。レイシーが嘆いたのは言うまでもない。
一方でフウカは引き金に指をかけ、射撃態勢に入った。
「奴の横を抜ける」
セラはギアを一段階上げ、アクセルを底まで踏む。
インパラ、加速開始。
フウカは振り落とされないように足を踏ん張りながら、その時をじっと待った。
タ ーボババアも奇声を上げながら直進。
両者がすれ違う。けたたましいエンジン音に混じって発砲音が轟いた。
ダッジ・チャージャーは路面からタイヤを浮かせ、真横にぶっ飛んだ。
ガードレールをつき破り、反対車線へ転がっていく。ゴロゴロ転がる内に車体は歪みに歪んで、部品も殆ど外れ落ちていく。
「よっしゃ!」
屋根を叩いてフウカは喜んだ。
だが、ターボババアは相変わらず、ボンネットにくっついたままだ。車も生きている。
「追え、セラ!」
「任せろ」
急ブレーキ。ハンドルを切って Uターン。
ターボババアの穿った穴を通って反対車線に移る。
ターボババアは既に再発進。フウカは二丁の短機関銃に持ち替えて乱射する。
それも弾切れになると、新しい銃に持ち替えて撃ちまくった。
ダッジの車体は、みるみる内に穴だらけになる。なのに、止まる気配はない。
ババアはマフラーから炎をあげながら、前にいたセダンに追突、頭上へ打ち上げた。
衝撃でセダンはグルグル回転。後方のインパラ目掛けて落下!
フウカは慌てて首を引っ込めて、セラに向けて叫ぶ。
「ブレーキ!」
だが、セラは敢えてアクセルを底まで踏む。インパラは弾丸めいて加速。バウンドするセダンの下を、ギリギリですり抜けた。
「お返ししてやろう。レイシー?」
フウカは開けっ放しのチャンネルで、相棒に呼びかけた。
「ばっちグーです」
能天気な声が戻ってきた。
「妙な返事しちゃって。ポカやったら承知
しないからね」
「はあい」
バイクから降りたレイシー。
瞬く間に彼女の顔から笑顔が消えた。
ガソリン車特有の咆哮と共に、車2台分のヘッドライトが近づいてくる。
一つはインパラ、もう一つがダッジ。
片方は
「笑えない冗談だわ」
レイシーの声はとてつもなく冷たかった。
この私がスナークの味方をしている。
この私が同胞に刃を向ける。
どうしてくれるんだ、フウカ?
あなたに出会って滅茶苦茶になった。
あなたのせいでこうなってしまった。
「責任とりなさいよね?」
褐色肌の女は、迫り来るライトの光に照らされても、微動だにしない。
ターボババアは大口を開けてレイシーに肉薄突撃。真正面からぶつかりに行く。
衝突まで残り2メートルのところで、ババアの動きが止まった。
突如地面から現れた大量の鉄杭が、車もろともババアの体を串刺しにしたのだ。
全ての鉄杭は鉄血将軍と呼ばれた女、ジャバウォックを起点に生えてた。
「遅い。まったく遅い」
機械の体を揺らして悲鳴をあげるターボババア。
女将軍はもう一撃加えようと手を挙げた。
「そこまで」
フウカが割って入ってきた。
「頭を冷やせ、相棒」
面倒くさそうにフウカは言った。続けて、女将軍の額に デコピン一発。
女将軍は大きく仰け反り、そのまま力なく座り込んでしまった。
「痛い。すんごく痛い」
額を抑えながら、女将軍……レイシーは涙声で言う。
「大げさじゃない?」
フウカの中では手加減したつもりだった。
「脳みそ揺れた!意識も失いかけた!私を殺す気!?」
レイシー、激怒。
それもその筈。元魔法少女の手加減はちっとも手加減になっていなかったのだから。
怒る相棒を前にしても、フウカはヘラヘラ笑うばかり。
「でもさ、頭は冷えただろう?」
レイシーは文句を言おうとして、やめた。
(くだらない。バカバカしい)
二人が話している間にセラも車から降りた。
「終わったのか?」
ドアを閉めながら尋ねる。試しにフウカはターボババアの頭を軽く叩いた。
反応なし。
「終わった」
サムズアップと笑顔で応えた。
―――――――――――――――――――
「賞金は何に使おうかなぁ。旅行とか、買い物とか、美味い酒……」
相棒を伴い、フウカは指を折りながらセラのもとに歩いて行く。
「その前に、滞納していた事務所の家賃支払いが先」
ぴしゃりとレイシーが言う。
ジャバウォックから賞金稼ぎの助手に戻ったらしい。
「大体、あなたは後先考えずにお金を使ってばかり。そろそろ浪費癖を直す努力を……」
セラは車のボンネットに腰掛けて、友人達を眺める。
並んで歩く二人の女達。すっかり見慣れた光景は、どれだけ年月を経ても変わらない。
微笑ましいと思う反面、セラは微かに不安を抱いていた。
終わりはいつかやって来る。
当たり前が永遠に続く筈もない。
大事なものですら変化は必ずやって来る。
その時、彼女たちはどうする?
セラの黙考は甲高い金属音によって中断された。ターボババアがまた動き出したのだ。
V8エンジンを身体にはり付けながら、ターボババアはボンネットから抜け落ちた。
彼女は腹のエンジンを回して走り出す。
大馬力を得たババアは猛々しく吠え狂い、フウカ達に迫った。
フウカとレイシーは突進を回避。ババアは狙いをセラに切り替えて、襲いかかる。
「逃げろ、セラ!」
声を張り上げるフウカ。
セラは逃げない。リボルバーを両手で構えて狙いを定める。
BLAM!!
発射された弾丸はターボババアの前輪に命中。タイヤが乾いた破裂音と共に破裂。
セラの横を通り過ぎ、アスファルトを切りつけながら暗闇を走り抜ける。
やがてガードレールに衝突。衝撃でターボババアの体は空中に浮き上がる。
そして、機械めいた悲鳴と共に爆発した。
あ然とする女二人にセラは向き直った。
「賞金首が死んでしまったら、懸賞金の額が減るんだっけ?」
バツの悪そうな顔で尋ねた。
「い、今のは不可抗力で……」
「罰として埋め合わせを要求する!」
レイシーの言葉を遮って、フウカが声をあげた。
セラはフウカをじっと見て、口もとを軽く綻ばせた。
(了)
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