はあとフル・2話d「インパラさんが通る」

 レイシーは端末の画像をパートナーに投げ渡した。

 無数の青白い樹木のような物体が、黒い背景を前に乱立している。

 まるでレントゲンか、電子顕微鏡で撮った写真といった具合だ。


「褒めて下さい。あなたのパートナーは目が良いんです。それはもう、電子顕微鏡より優秀」

「すごい、すごい。さっさと説明始めたら、もっとスゴイって言ってやる」


 咳払いの後、レイシーは説明を始めた。

「医療用のマイクロマシンです。でも犯罪者連中に悪用されて、今ではご禁制に」

「出所は闇マーケット?」

「でしょうね。金さえ積めば、核汚染された天然クロマグロだって買えますし」


「それで一体、何の病気を治すんだ、こいつは?」

 フウカは問う。

「治すんじゃなくて、緩和させるんです。

認知症を」


 脚を組み直してレイシーは説明を続けた。

「端末経由で脳の機能を補助してくれる……はずだった。でも、さっき言ったように、

マイクロマシンを使って擬似記憶を植え付ける事件が、たて続けに起きてしまった」


 青写真を押しのけるように、横から新聞記事が流れてきた。

 どの記事も、マイクロマシンによる、記憶改ざん事件や、電脳倫理違反の数々を報じるものだった。


 フウカは端末を閉じて、こめかみを指で揉んだ。それから尋ねた。

「擬似記憶はいつまで保つ?」

「せいぜい1日。れい明期のマイクロマシンだから、長持ちはしません」

「なるほど。だから薬に混ぜて、毎日飲ませているのか」

「無視できませんね。やだやだ、ターボババア捕獲作戦が遠のいちゃう」

 と言いながら、レイシーはセラに連絡を入れる。2秒後、 セラとの回線が繋がった。


「お前ら、どうしたんだ?」

 眠そうな声が返ってきた。

 相手の都合を無視してフウカは尋ねた。

「あのシャラって子のことだけど」


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「ごめん。納車を早めたいとか言って」

 フウカは手を合わせて謝った。

 声色はわざと高くして、小首を傾げて顔には微笑。あえて胸元が強調されるように背も曲げる。

(無理のある色仕掛け!)

 レイシーは必死に笑いを堪えた。


 賞金稼ぎコンビはセラを伴って工場を訪れていた。時刻はまもなく午後11時。

 夜分遅くの訪問にツテ老は腹を立てた。


「……あの 、よろしければお茶でも如何でしょうか?」

 場が落ち着いた頃、シャラが提案した。

「ありがとう。頂くとするよ」

 柔和に微笑むセラ。

「手伝うわ」

 フウカが名乗りを上げ、シャラと共に台所へ向かった。


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「今日はありがとう。おかげで助かった」

 台所で湯が沸くのを待つ間、フウカが礼を言った。

「そんな、お礼なんて」

 はにかむシャラに、フウカはさりげなく質問を投げた。

「セラと知り合ってどれ位になるの?」

「……もう三ヶ月になります。お祖父さんが、あの人の車を治すようになってから。

 すごく優しい人ですね、セラさんって」

「お人よしなんだ、あいつは。どうしようもない位」


 シャラはちらりと横目でフウカを見る。

セラの事を話す彼女の横顔は、とても穏やかだった。

「セラさんの事、お好きなんですね」

 と、シャラは言う。

「腐れ縁ってヤツよ。かれこれ10年以上に

なるかもだ」

「あら」

 シャラはクスクス笑いだした。

「何だか妬いちゃいます、そういうの」

「あたしにも羨ましがられることの一つや二つ、こう見えてあるの」

 二人は顔を向かい合わせ、微笑し合った。


「今でも、あいつと初めて会った日のことを覚えているヨ。あの日は、ブージャムがこの世界に現れた時でさ。

 そう、クリスマスの日。あの日、あたしはオーストラリアから帰国したばかりで……。そういや、アンタの出身は……」

「シドニーです。5歳の頃まで住んでました」と、シャラは答えた。


「へえ、同郷だったか。じゃあさ、シドニーのクリスマスは覚えてる? 毎年、嫌んなるぐらい寒い真冬日でさ、町中こんなに雪が積もってさ」

 けたけた笑いながら、フウカは頭の位置まで手を掲げた。

「ええ、そうでしたね。すごい昔の事だけど、とても苦労したことを覚えてます。

 シャラも口に手をあててクスクス笑う。

 二人はしばし、顔を見合わせて笑った。

 すると突然、フウカは真顔に戻った。


「シドニーのクリスマスは夏真っ盛りだぜ」

 シャラは目を見開いて絶句!

「引っかかってくれてありがとう、地理の苦手なおとぼけさん」

 フウカの真剣な表情にシャラは思わず息を呑む。胡乱な態度は影すら残っていない。

 まるで別人である。


 フウカは拳を鳴らした。

「本物が今どこにいるか、そんなのはどうでも良い。大事なのは、テメエが何処のクソ女かってことだ」

「……少しは心配してやったら?今ごろ海の底で、寂しく泣いてるんだからさ!」

 青ざめていたシャラは気を取り直したようだ。逆にフウカを睨み返して挑発した。


 やっぱり死んでた。フウカはすぐに感傷を捨てた。

「セラ。一発目はあんたに譲ってやる」

 すると、静かに台所にセラが入ってきた。


 セラの表情は無に近い。だが、細めた目には冷たくて静かな怒りがこもっていた。

「あら。まさか騙したこと、怒ってる?」

 シャラは不敵に微笑んだ。不利な立場にいるのは間違いなく彼女なのに。

「そんな怖い顔やめて。せっかくの……」

 甘露な声は甲高い銃声でかき消された。

 少女の体がキッチンにぶつかる。衝撃で周りの食器や道具が落ちて割れた。


「誰が減らず口を許した?」

 セラの手には3インチのリボルバー拳銃が握られていた。素早くベルトから抜き、撃ったのだ。

 腹を抱えながらよろめくシャラ。

 おぞましい笑みで口もとが歪んでいる。

 その口で何かを言おうとしたが、セラの早撃ちが発言を許さない。

 たて続けに4発。胸の中心に.357マグナム弾が叩き込まれた。

 トドメの一発が頭部を穿つ。血濡れた側頭部は着弾の衝撃でヘコんでしまった。

 なのに、シャラは笑い続けている。

「この女……」

 これにはフウカもたじろいだ。 セラもこの状況に危機感を覚えた。


 シャラの笑い声が段々と低くなっていく。少女から大人。大人から……老婆へ。

「まさかこいつ!?」

 フウカが声をあげた。同時にシャラの腹が弾ける。腹から黒いオイルをドボドボ流して、中から老婆の顔を貼り付けた機械人形が現れた。


「ターボババア!ここで会うのかよ!?」

 フウカは絶叫した。セラも呆然とする。


 機械は四つん這いになると、ガソリンエンジンのような轟音で吠え始めた。先端の極太タイヤで地面を踏みしめ、急発進!


 逃げ遅れたフウカはターボババアにはねられ、天井まで飛ばされた。

 落ちた先にあった木製テーブルはクッション代わりにもならず、フウカの石頭によって木片と化す。

 さらに彼女は床に激突。石頭を中心に亀裂とクレーターができた。


「フウカ!?」

「あのババア、殺す!ぶっ殺す!」

 落下からジャスト1秒。怒り狂ったフウカは特に怪我もなく、すぐ復活した。

「お前より、ツテ爺さんを心配するべきだった」

 そう言ってセラは工場に走った。


―――――――――――――――――


「遅いですよ、二人とも。ターボババアさんは、とっくに逃げて行きました」

 廃材に腰掛けていたレイシーが、シャッターに開いた穴を指差した。


「車は?」

「爺さんは?」

 フウカとセラは同時に叫ぶ。


「ダッジは、ババアさんが持って行きました。ツテ爺さんは脇に寝かせてます。ショックで気絶しちゃったようで」

 テーブルにの上に横たわるツテ老を見て、セラは安堵した。

「……まずはひと安心ってところか」


「「どこが!?」」

 今度は賞金稼ぎ組が同時に怒鳴った。


「車が盗まれたんですよ!?

 二台持ちの夢が盗まれたんですよ!?

 私のアメリカンドリームを返して!」

 まずはレイシーがセラに食って掛かる。

「アメリカンドリームの意味が違う」

「あたしなんか、ババアにはねられて体じゅう痛いんですけどお!?」

 畳みかけるようにフウカも噛みつく。

「だったら、何でそんなに元気なんだ?」

 セラは二人の怒りを冷静に捌く。それからため息の後、ポケットから車の鍵を出して尋ねた。彼もまた、このまま終わらせる気などなかった。

「ドライバー付きのクルマを格安で調達できるが、どうする?」

 答えはすぐに決まった。


 エンジン始動。

 V型8気筒エンジンが唸る。

 空転する後輪から白煙をあげ、シボレー・インパラは発進した。

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