はあとフル・2話c「インパラさんが通る」

 その日の夜。

 セラからガソリン車が手に入ったと、

メッセージが届いた。


「今、郊外の整備工場で細かい調整をしている。それが終わり次第、お前達に渡す。

まずはこれから手付金を払う。残りは車の試験走行をして、満足したら払ってくれ」

 若い調達屋は愛車を運転しながら言った。


 それから少し間を置いて、彼は尋ねた。

「あのさ、レイシー?」

「はい?」

 助手席のレイシーを横目で見る。

「ずっと殺意の篭った視線を注がれている」

「むこう二ヶ月、背中に気をつけて下さい。というか、今も要警戒です」

 それから愉しげにレイシーは笑った。


「やい、筋肉ダルマ」

 後部座席を占有するフウカが急に声をかけて来た。

 あえて運転席に両足をあて、いつでもセラを蹴飛ばせるように準備まで整えている。

 そして、吠えた。

「この車はガソリン車だろ。なんでこれをあ たしらに渡さねェ!?」

「これは私物だ」


 3人が乗っているのはガソリン自動車だ。

 1967年に作られたシボレー・インパラ。

 ガンメタリックの巨大なボディにV型8気筒エンジンを載せた、美国アメリカの怪物。


「けっ!なーにが私物だ、なーにが!」

「このように、何を言っても突っかかります」

「ですよねぇ」

 バックミラーを覗きながら、セラはため息を吐いた。


 無駄話を交わす内に車はどんどん街を離れ、やがて寂れた田舎に辿りついた。 

「やっと到着ですか」

 ニヤニヤ笑いながら、レイシーは建物を見上げた。

「いやはや。楽しいドライブでしたねェ」

 心の底から痴話喧嘩を愉しんでいた。

「……あのさ、ここ?」

 フウカが不機嫌まじりに尋ねた。

整備工場は古い倉庫のような外観をしていた。壁も屋根も赤さびや傷、汚れまみれ。

 周囲には廃車だの機材だのが、うず高く積み上げられている。

「本当に営業してるンのか?」

「中を見たら疑問も解ける」

 先導するセラについて、建物の中へ。


 朽ち果てた外観とは反対に、屋内は至って普通の工場だった。

「やっと来たかい」

 目つきの悪い老人と、ジャッキから下ろされたばかりの車が三人を出迎えた。

「この人がツテ爺さん。俺の車も面倒を見てくれてるんだ」

「おい、セラ。まさかこの嬢ちゃんらが賞金稼ぎだってぇのけ?」

 ツテ老の顔が曇る。無理もない。レイシーは口をへの字に曲げた。


 賞金稼ぎに対する世間の目は冷たい。

 モラルは最悪、二次被害は当たり前。トラブルなら日常茶飯事。そんな連中ばかりなのだから。

 

「一応、無害だから安心して」

 間に入ったセラの言葉に、いの一番に反応したのはフウカだった。

「そうだよ。害は全て、どっかの筋肉ダルマに注いでやっから」

「そうそう。いちばん害を注ぐ人が言うんですから、間違いない。だから、おじいさんは安心して私達に車を渡せばいいんです」

 悪ノリするレイシー。

「……セラ。本当に渡していいのか?」

 早くもツテは不審を抱き始めたようだ。


 老人の不安など御構いなし。女二人は車に興味を向け始めた。

「ダッジ!68年型のダッジ・チャージャーですよ、 フウカさん!」

 レイシーが目を輝かせてはしゃぐ。

 車体は黒色、ボンネットにはドクロマークがあしらわれていた。


「そいつの事が分かるとは、驚きだ。少しだけ見直した」

 ツテの顔が綻ぶ。しかし、すぐにまた顔色が悪くなり、眉間に深いシワを作った。

 オイルにまみれた手で胸を抑え、体を曲げる。病を患っているのが明白だ。

「大丈夫かい、爺さん?」

 心配するフウカに老人は答えた。

「気にするな、嬢ちゃん。遅かれ早かれくたばる身なんだよ、オレは」

 よろよろと体を動かして、ツテは折りたたみ椅子に座った。


「でもな、くたばるまで車いじりをするつもりでいるんだ。だからな、そんなジジイが、仕事終わりのビールが飲めるよう、さっさと金を払ってくれ」

「もちろんです。しかし、今どき現金で取引とはね。車から降ろしてきますわぁ」

 支払い担当のレイシーが外へ出た。


 直後に出入口とは反対側のドアが開く。

 メガネをかけた少女が、マグカップと紙袋を持って入ってきた。

「セラさん、こんにちは」

「うん。久しぶり、シャラ。元気だった?」

 穏やかな口調でセラが挨拶した。

(なるほど、こいつが……)

 フウカはまじまじとシャラを見た。


 ……同業者の間でも噂になってるんです。

 セラ君が20歳にも満たない女の子と親しげに会話しているのを見たって。

 車で一緒に出かけたことだって何度もあるとかナントカ。


 これが、レイシーの披露した件の噂話だ。

「フウカ。この子はシャラ。ツテ爺さんの親せきだよ」

「ええ、どうも……こんにちは」

 フウカはにこやかに挨拶する。シャラもこれといって怪しまず、丁寧に頭を下げた。


「それでどうしたんだ、シャラ?」

「どうしたって……忘れちゃ困ります、おじいさん。お薬の時間ですよ?」

 シャラは紙袋から粉末状の薬を取り出し、それをカップのぬるま湯に溶かした。


「おう。この薬がやたら甘いのが救いだよ。

苦かったら飲むのをサボって、寿命を縮ませてたかもしれねぇや。ありがとう」

 ツテはカップを受け取り、ごくごく薬の溶けた湯を飲んだ。


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「何してんだろうなぁ、あたし」

 帰宅後、2時間以上に渡って端末と睨めっこしていたフウカが、突然ぼやき始めた。


「覗いても?」

 と、レイシーが声をかける。

 無反応。

 これは「勝手にしろ」と同義なのである。

 レイシーは長い時間とと誤解による闘争を経て、ようやくこれを学んだ。

 硝煙と血生臭い愛情たっぷりの日々を懐かしみながら、通信回線をつなげた。


 フウカは都市の住民データを閲覧していた。一介の賞金稼ぎが行政の持つ膨大な個人情報を覗けるはずがない。

 不正アクセスである。

「シャラさんの住民データ?とうとう、フウカさんも恋狂いのストーカーに成り下がりやがったんですね。ますます楽しくなってきました!」

「勝手に楽しんでやがれ。ああ……ほんと、ムカつく」

 接続を切り、フウカはテーブルに置いていた缶ビールを一気に飲み干した。


「嫉妬は怖いですねぇ」

 と、レイシーは苦笑しながら肩を竦める。

 レイシーは自宅にいる間は、いつも1サイズ大きめの部屋着を着ている。

 そのせいで、上着は始終だらしなくダボつき、ズボンの裾もすり切れていた。

(ズボンだけ新しいのを買ってやろうかな?)

 フウカはちらりと考えた。


 だが、親切心はすぐに、激しい腹立たしさで塗りつぶされてしまう。

「念のため言うけど、アンタにじゃなく、自分に腹立つんだ、無性に。そうだよ、これじゃあ只のストーカーだ!馬鹿馬鹿しい!」

 そう言って、ぐしゃりと缶を握りつぶす。


 彼女の手から落ちた缶は、もはや紙切れのように平べったくなっていた。

 レイシーはあらためて、複製した市民データを開いた。

「しかし……付け入る隙が無いくらい、な市民ですね、シャラさんって。

 オーストラリア、シドニー生まれの帰国子女。裕福で家族仲良好、専門学校の成績まで優良。あーあ、こういう華の青春、送りたかったなぁ」

 ソファに寝そべりながら、レイシーはぼやくように言った。

「クソっ!もう辞めだ、辞め!こいつも捨てちまえ!」

 フウカはポケットから包紙を取り出して、テーブルに投げ捨てた。


「それは何じゃらほい?」

 包紙を指で摘むレイシー。彼女は瞳孔を調整して、薬の粒子を調べ始めた。

 機械生命体のブージャムだからこそできる芸当だ。

「あのツテってジジイが飲んでた薬だよ。一つ拝借してきた」

「何でまた、そんなこと?」

「下剤にすり替えて、シャラに赤っ恥かかせようと思って」

「フウカさん、まさかの陰湿根暗属性?」

「喧嘩売ってんのか?」


 それからフウカは、シャラが定期的に薬を飲ませていることも、レイシーに話した。

「甘い薬だって。メリー・ポピンズが聞いたらスプーンを持ったまま卒倒しちまう」

 けたけた笑うフウカと反対に、レイシーは包紙を持ったまま、顔を強張らせた。


「ヘイ……レイシー?」

 レイシーの異変に気付いたフウカは、思わず身を乗り出す。

「まさか、ヤバいやつ?」

 レイシーもフウカに顔を近づけた。

「激ヤバです」

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