はあとフル・2話b「インパラさんが通る」
端末に送られた賞金首のデータに、セラは顔をしかめた。
そして、閉ざしていた口を開けて真っ先に出た言葉が……
「バカだろう、お前」
で、あった。
「レイシーだけじゃない。コレを追う賞金稼ぎ共の気が知れない。さらに言うと、こんなのに金を出す奴は、よっぽど頭がおかしい」
「ひどい!」
レイシーは眉を吊り上げて叫んだ。
お尋ね者……通称、ターボババア
本名……不明
顔写真…… No image
旧式自動車不法所持と違法改造。
その他、危険運転と車輌襲撃、器物損壊など罪状多数。
賞金……電子金塊×300
「だから言ったろ。止めろって。じゃ、おやすみ」
フウカは膝枕の上で目を瞑った。
「一攫千金のチャンスを逃せと仰るので!?」
しかし、ここで勢いよくレイシーが腰を上げた。その拍子に、膝枕されていたフウカが転げ落ちてしまった。
「大丈夫?」
セラはテーブルの下を覗き込む。
「ごめんなさい」
フウカを抱き起こしながら、レイシーは済まなそうに謝った。
「レイシー。こいつはな、都市伝説の妖怪みたいなモノなんだ」
「都市伝説?」
レイシーは首を傾げた。
「これを見ろ」
彼女達と端末同士を接続。古めかしいインターネットサイトを見せてやった。
口裂け女、白いワニ、死体洗いのアルバイト、カブトムシの電池交換……内容はともかく数だけは豊富だった。
「如何にも空想好きの中学生が、ダチ連中に聞かせるような話だなぁ」
フウカがアクセスを切ろうとする。そこにレイシーに待ったをかけた。
「まあまあ。存在を疑うのなら、これを見てくださいよ」
今度はレイシーが動画を二人に見せた。
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唐突に始まった映像は、走行中の車内から撮られたモノのようだった。
映像は粗くて上下左右にブレっ放し。おまけに汚い雑音だらけ。
しかし、何が映っているかは、おおよそ見当がついた。
間もなく、複数人の悲鳴や驚愕の声がギンギンと、視聴する3人の脳を揺らす。
そして、車外から喧しい走行音が聞こえたかと思うと、突然、大きな揺れが撮影者達の車を襲う。
何かがぶつかったらしい。
悲鳴が一際大きくなった。
カメラは右を向く。撮影者も我を失ったように絶叫した。
窓の外には、車と並走する老婆がいた。
暗いので顔しか見えないが、乗り物に乗っているようには見えなかった。
老婆は真っ赤な目を爛々と輝かせて、こちらを見ていた。
老婆は機械のような爆音を発しながら、車にぴったり並走していた。
老婆が窓に急速接近した所で、映像はやはり 唐突に終わった。
「Z級ホラー映画にしては出来が良いわ」
ぽつりと言葉を発するフウカ。まだ信じていないらしい。
「まさか、都市伝説を騙って悪さする悪党がいるとは。どうかしてる」
反対にセラは認めたらしい。
「さっきは悪かった」
「お気になさらず。さて、撮影者の乗った車は、高速道路上で大破炎上していました。
生存者なし。唯一残っていたのが、公共クラウドに保存された、この映像のみ」
レイシーは仕入れたデータの雲を、次々と周りに浮かべた。
「それにしても、賞金が電子金塊とはねえ。大金だよ」
フウカは雲を一つ取り、お手玉を始めた。
「犠牲者の中に金持ちの息子がいたんです。それで、激怒した親が敵討といわんばかりに高額の賞金を懸けた、と」
説明を終えたレイシーは、そのままセラに顔を向けた。
「敵討ちが目的なら、金払いを心配する必要はなさそうだ。話に乗ろう、ガソリン車を仕入れてやる」
やっとセラは重い腰を上げた。
かつて魔法少女と苦楽を共にした少年は、今では裏稼業ご用達の調達屋。それも、金さえ払えば悪魔だって仕入れてくると評判の男になっていた。
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フウカとレイシーの住む都市は、巨大メガフロート上にある。
増加の一途を辿る凶悪犯罪、人命度外視の都市機能、違法増築に対する危険性に目を背けてしまえば、ここは住みよい都市だ。
都市成立までの歴史に目を瞑れば、ここは最先端技術に支えられた理想郷である。
……以上の投書を掲載した新聞がクシャクシャに丸められ、道端に捨てられている。
それを円筒型の掃除ロボットが迅速に回収。ごくありふれた日常の風景だった。
「あらよっと!」
掃除ロボットの上を、鼻のデカい大陸系の男が料理を持ったまま飛び越えていった。
昼下りの駅前広場ではいつも、大陸系の鼻デカ、デブ、チビの三人兄弟がキッチンカーで軽食販売をしている。
レイシーはここで料理を頼む度に、
(あの人達、どこかで見たことがあるような……ないような?)
と、疑問を抱いていた。
レイシーの疑問をよそにフウカは尋ねた。
「そろそろ、ガソリン車に拘る理由を教えろよな?」
移動販売車前に設けられたテーブル席で、二人は注文の品を待っていた。
レイシーはマグカップを置いて答える。三人組に対する疑問は、一先ず投げ捨てた。
「クラッキング対策です。公式発表にはないのですが、ターボババアはおそらく被害者の車輌AIを乗っ取った可能性があるんです。
そこで、そもそも制御システムを搭載していない、旧式ガソリン車の出番です。これなら、クラッキングされずに追跡を……」
「そこまで。難しい話になりそうだから。とにかく今度の仕事は、ローテク頼みってことだろ?」
そう言って、フウカは横を見た。ちょうど、鼻のデカい男が頼んだ食事を運んで来たのだ。
レイシーにはコーヒーのお代わり。
フウカの目の前に置かれたのは、山盛りの包子、春巻。茶は大瓶でやって来た。
「少しは真面目に聞いてください。いつもこうなんだから」
「あたしはむしろ、小難しいことに頭を使う気がしれねぇやい」
フウカは包子を手に取った。
「そうやって頭使わなさ過ぎるから、セラ君とも結婚できないんですよお?」
包子がフウカの手の中で砕け散った。
「そのリアクション……。ほほお、よっぽど、プロポーズを断られたのが堪えてると」
と、レイシーはニタニタ笑った。
「馬鹿野郎、そんなんじゃあねぇ!」
相棒から受け取ったおしぼりで手を拭きながら、フウカは吠えた。
秘密を共有する魔法少女と少年。
そんな二人が親密な仲になるのは、現代的おとぎ話によくある展開である。
しかし残念な事に、この二人、十年以上も「恋人未満」から進展がなかった。
何も無かった訳では無い。かつて、フウカから切り出した事もあったのだ。
書類一式握りしめ、殴り込み同然に押し掛けて、叫んだ。
――ケッコンしろ。
結果は言わずもがな、失敗である。
フウカは上手くいくと絶対的確信を持っていたらしく、玉砕後はしばらく床に伏せた。
以降、進展の兆しは遥か銀河の彼方にまで遠ざかってしまったのだった。
「あっちが悪いんだよ! いつまでもいつまでも、その気があるように振舞って!」
フウカは悪態つきながら、春巻きを口に押し込める。
「卑怯も良い所だっつーの。さっさと、自分から来やがれってんだ。くそっ!」
咀嚼後、茶を一飲み。更に悪態 。
「そんなフウカさんに朗報。セラ君が別な女の子と仲よくしてるって噂ですのよ」
意趣返しも兼ねてレイシーは言った。
「なにそれ? 冗談にしちゃあ良く出来てるわ。傑作だ!」
フウカは鼻で笑った後、急に真顔になる。
「……セラの野郎。ぶっ殺す」
「やっぱり。そう言うと思った!」
きゃっきゃと、レイシーは両手を叩いて喜びだした。
「あたしの知らない所で女のケツを追いかけてるのか!?」
フウカの発する圧は尋常ではなかった。
しかし、こんなもので気圧されるレイシーではない。
「あらやだ。専ら噂ですのよ。お宅の奥様ったら、ご亭主が留守なのをいい事に、浮気なんかしちゃったりー」
いつの間にかレイシーの服がパンツスーツから割烹着に変わっていた。
しかも、髪型まで昭和風ときた。
「誰が亭主だ、誰が旦那だ。つーか、なんで演技の為にわざわざ服装まで変える!?」
「はいはい。つっこみご苦労様です。そんなんじゃあ、いつまでも、セラ君の恋バナを
聴けませんよ?」
フウカが瞬き一つしている内に、レイシーの服装は元通りになった。
「クソ……あとで覚えてろ」
フウカは顎をしゃくって続きを促した。
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