2話「インパラさんが通る」

はあとフル・2話a「インパラさんが通る」

 異界の侵略者「ブージャム」との戦争は、膠着状態のまま年月だけが過ぎていた。

 時空の裂け目からやって来た、異形の侵略者達との戦いは終わる気配がない。

 いつしか戦争は、ありふれた日常の一部になろうとしていた。


 そんな中、突如現れた魔法少女。

 驚異的な力を持つブージャムを血祭りに

あげるうら若き少女に、人々はちょっぴり

希望を見出したのだった。


 そして、今日も……。

「そこまでよ!」

 青い装束に身を包んだ魔法少女が片膝をついて降り立つ。

 着地の衝撃で、アスファルトの路面には

巨大なクレーターが出来上がった。


 無骨なガントレットと獣じみた殺気のせいで、彼女の清楚かつ儚げな雰囲気はすべて消し飛んでいた。

 敵意に満ちた目で、魔法少女は浮遊砲台を睨みあげる。砲台の上には異形の敵が立っていた。


 二本の禍々しい尻尾を生やして、鉄仮面で顔を隠した女性。

 ジャバウォック。

 鉄血将軍の異名をもつ敵の将校だ。

 

 魔法少女はガントレットをはめた手で将軍を指差した。

「人質をとるなんて卑怯なマネなんかして。鉄血将軍の異名が廃るのではなくて?」

 続けて彼女の視線は将軍から、別の人物へ移った。

「もう大丈夫よ……セラ君!」


 そう。鉄血将軍は禍々しい尻尾で少年を拘束していた。

 色白で華奢、しかも美少女と見間違えるほどの容姿。

 だが、彼は男だ。


「いま、あたしが助けてあげるから!」

 セラと呼ばれた少年は、恐怖で口を開く事さえできないのだろう。声を殺し、ずっとしくしく静かに泣くばかりだった。


 魔法少女は更に地面を破壊しながら跳躍。浮遊砲台へ一直線に翔ぶ。

 ここで浮遊砲台が上昇開始。迫る魔法少女をつき放しにかかった。

「ま、待ちなさい!」

 魔法少女は手を伸ばす。

 しかし、差が開いていくばかり。

 それでも、魔法少女フウカは諦めない。

 手を伸ばしつづけた。


 届かない。

 離れていく。

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 ……酒が!


「ああ、待ってぇ!」

 フウカは取り上げられたジンを取り戻さんと、両手をバタバタ振り回す。

「まだ飲むぅ!」


 十年以上前、魔法少女として活動していたフウカ。彼女は今年、ついに二十代後半の最奥地へ到達した。

 三十路突入まで、あとわずか。


 人より恵まれていた筈の素材には翳りがみえ、すっかり酒に酔って乱れる姿は、もはや別人である。

 しかし、身体はまだ均整がとれており、

大きな崩壊を免れていた。

 容貌は若さを生け贄に、成長の美を手に入れたと思えば、プラスになっているかもしれない。

 ばさついた黒い長髪も、整えてやれば元の美しさを取り戻すだろう。


 しかし、慈愛と勇気を備えた魔法少女の心は、たとえ奇跡が起きても、戻って来ない。これは確定事項である。

 ――と、ジンを取り上げた青年はフウカを見下ろしながら黙考した。


 一方でフウカはまだ食い下がる。

「のーまーせーろー」

「いいや、これでおしまいだ」

 青年の精悍な顔には、確固たる決意が表れていた。

「ぶー」

 頰を膨らませてフウカは青年を睨み上げる。上背のある体には、余すところなく鍛えられた筋肉が備わっていた。

「酒を返しやがれ、セラ!」

「断る」

 セラはグラスと酒瓶を持って、さらにフウカから離れた。

「水は?」

「馬鹿にすんな。水くらい、自分で!」

 フウカは不機嫌に突っぱねた。そして、覚束ない足取りで台所へ向かった。

 間もなく、ドバドバと、水がシンクを叩く音が聞こえてきた。ようやくセラは、小棚に酒瓶を置いた。


 訳あって戦いに巻き込まれた少年も、昔の面影を感じさせないほど大人になっていた。しかし、元魔法少女との関係はこうして今も残っている。


 物思いにふける彼の意識は、首筋の端末によって呼び戻された。

 流れるような動作で、音声通話画面が視界の中に飛び込む。 

 人工皮ふ製の超小型端末は、身体に直に貼りつけることで、情報通信を文字通り「人体の一部」のように扱うことが出来るのだ。


「お迎えでごんすー」

 のんびりした女の声が聞こえてきた。

 続けて、通知が届く。来客者有り。

「今、ロックを……え、勝手に外した?」

 セラは舌打ちして来客を待つことにした。


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「友達の家にクラッキングを仕掛けるとは。大した女だよ」

 まもなくして、褐色肌の女が部屋に入った。短髪を手で撫であげて、女は言う。

「フウカさんを迎えにきました。どうせ、ここにいるんでしょう?」


 何も連絡していないのに。

 セラは驚きを押し殺して言葉を返した。

「あの、レイシー。その前に言いたいことがある。ここは俺の家だ」

「ええ。さようです」

 レイシーは引き締まった細い腰に手を当て、頷く。

 身にまとった薄でのパンツスーツが、形の良い曲線をよく強調している。

 意図的に無視して、セラは言葉を続けた。

「つまり、玄関の鍵は主人が開けるんだ。勝手に人様の家の電子施錠に侵入するなんて、常識外にも程がある。おわかり?」


「それより、酒のおかわりは!?」

 台所からフウカが大声で尋ねる。

「「ない!」」

 セラとレイシーは即答した。


 ――――――――――――――――――――


 フウカとレイシーは賞金稼ぎ。

 懸賞金のかかった指名手配犯を追いかけ、捕まえるのが仕事だ。


 この業界にはワケありな連中ばかりいる。

 例えば、フウカは元魔法少女。

 レイシーは人間に擬態したブージャムだ。

 本名をジャバウォック。通称、鉄血将軍。

 侵略軍の一端を率いて、魔法少女と激闘を繰り広げた女。


 かつて本気で殺しあった敵同士が、今では賞金稼ぎとしてコンビを組んでいる。



「それにしても困った人。これじゃあ今日は仕事になりませんね」

 レイシーは眉をひそめて言った。

「なあ、相棒。忘れちゃ困るよ、ウチは週休5日制だ」

 相棒に膝枕されながら、フウカは文句をとばす。

「忘れるも何も、そんな話は初耳です。時にセラ君?」

「うん?」

 突然話の矛先を向けられ、セラはやや反応に遅れた。

「急ぎ、ガソリン車を用意してもらうことは可能ですか?」

 セラは唸り、丸太めいた太い腕を組んだ。

「難しい注文だな。できないことはないが、それでも時間が必要だぞ」


 ガソリンエンジン搭載の自動車は、とうの昔に製造中止となった。

 今の車は燃料電池で動く。更に言えば、端末を介した半自動運転が主流だ。


 ガソリン車は博物館の展示品になるほどの骨とう品になったのだ。そんなものを、レイシーは所望している。


「どうして、そんなものを?」

「今度の仕事には必要だとか何とか。 言って聞かないのよ、うちの相棒ったら」

 寝返りをうちながら、フウカは気怠げな態度で教えた。


「この様子だと、フウカさんは何も言わなかったんですね」

 一人で納得するレイシー。

 セラもようやく合点がいったらしく、フウカを黙って睨んだ。

「悪ィ。忘れてた」


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