はあとフル・1話-c魔法少女と呼ばれて


 シティ22番区・警察署。

 

 3時間後。レイシーの運転するミニバンが、地下駐車場に入ってきた。

 入口に一番近い場所に駐車。

 間もなく2人の警官が車に近づいてきた。


「ニカルバを引き渡す。レイシー、そいつらにIDを見せてやって」

 そう言って、フウカはニカルバを荷台からひきずり降ろした。

 賞金首は頭のてっぺんからつま先まで、クラフトテープで簀巻きにされていた。

「生け捕りにはできませんでした」

「……いや、いい」


 巡査がナイフでテープを切り裂く。

 切れ目からニカルバの顔が現れた。皮ふが冷たく固くなっている。死人の顔だ。

「ラデル巡査部長。確かに、ニカルバです」

巡査が横のもう一人に言った。

(こいつが、ラデルか)

 フウカとレイシーは顔を見合わせた。


「そうか。ご苦労」

 ラデルは拳銃を抜き、レイシーの頭に突きつけた。比喩でも何でもなく、人間離れした速さであった。


「フウカさん。ブ ージャムですよ、この人」

 と、レイシーが呟く。そして、言われる前に自分から銃を投げ捨てた。

「よく分かったな?」

 ラデルはにやりと笑った。

「スナークには見分けがつくはずない。そんな慢心をしちゃってる手合いですね」


 人類は異界からの侵略者をブージャムと呼んだ。それとは反対に、ブージャム側は人類をスナークと呼んでいる。


 それはともかく……。


 賞金稼ぎ達が身動きを封じられる中、続々と駐車場に車が入ってきた。先導していたのは、二人を尾行していたセダンだ。


「飼い主様もご到着。バゥワゥ!」

 フウカは犬の鳴きマネをして、背後で銃を構える巡査を挑発。巡査は仏頂面を崩さず、押し黙り続けた。


「ご苦労、巡査部長」

 固太りした男が車から降りてきた。

 鈍色のスーツに刈り上げた短髪、四角い顔で目はゴマ粒のように小さかった。


 彼に続いてぞろぞろと、犯罪組織の構成員たちが2人を取り囲む。

 数える気も失せる程の人数に、二人の賞金稼ぎは閉口した。


「……それよりも。ザーマ・インの社長自らお出ましだとさ」

 と、フウカはせせら笑った。

「よっぽど暇なんでしょう」

 レイシーもつられて笑ってしまう。


「聞こえているぞ、お前達。我々の事務所や倉庫を片っ端から襲っている女共がいると聞いて驚いたが……」

 社長はフウカを見て嘲笑し返した。

「その一人が大昔、魔法少女だのとちやほやされていた少女だったとはな!」

 途端に、フウカの表情が凍り、目から光が消えた。


 あ、怒った。レイシーはほくそ笑んだ。

「あれから何年経ったかは忘れた。しかし、時間とは面白い。英雄が賞金稼ぎ? ごみ処理屋にまで落ちぶれているとは。傑作だ!」


 はぐれ者集団。社会のゴミ処理係。無頼の親戚。これが、世間から見た賞金稼ぎ達へのイメージだ。

 よって、社長のように蔑む風潮が根強い。


「わたしの部下には、ブージャムが何十人といる。そこの巡査部長も従軍していた。皆、魔法少女に手痛い目に遭わされたのだ。今日は積りに積もった恨みを晴らせるワケか」

 両手を広げる社長。その姿はまるで、超巨大マグロ解体ショーに挑む板前のようだ。


「……もう終わり?」

 不意にフウカが口走った。

「 言いたいことは言った? だったらさ……その顔一発、殴らせろ」

 フウカは銃を向けられているにも拘らず、拳を鳴らした。


「貴様!」

 巡査はフウカの頭に拳銃を押し当てた。

「何だ?」

 素早く巡査へ体を向け、素早く銃を持つ手を握った。

 そして、力を込める。巡査の絶叫と共に、手の骨と金属の砕ける音が、駐車場じゅうに響く。

砕けた拳銃の部品が下へ落ちた。

 驚がくしながらも銃やバット、ナイフを手にする構成員達。


「あたしはね昔のことを思い出すのが大嫌いだ。思い出させるクソ野郎はもっと嫌いだ。特に馬鹿にしてくる奴は……ぶちのめす」

 フウカは巡査を片手で投げた。巡査は包囲陣の一角に投げ込まれ、彼にぶつかった構成員が何人か転んでしまう。

 これを合図に、レイシーも動く。

 簀巻きに仕込んだ装置を、奥歯のスイッチで起動。簀巻きから勢いよく灰色の煙が吹きだした。


「死体が!?」 

 と、ラデル。

「偽者です!」

 レイシーはわざわざ丁寧に答えた。

「残念。ニカルバは私らの仲間が、別の所轄に連れて行きました。ここに応援が来るのも、時間の問題ですよ」

 レイシーの声が響き渡った。


 それにフウカの罵詈雑言と、暴虐による憐れな犠牲者の悲鳴が混ざる。

 組織の構成員達は煙に戸惑いながら、賞金稼ぎ達を探す。


 ――これだから、スナークは!

 ラデルは擬態を解いた。その瞬間、両目の周りで銅線がうごめき、表面に浮き出る。

 肉体も緑色の稲光 を発しながら、機械仕掛けのものに変質していく。

 光は煙幕を切り裂き、駐車してあった車も次々と破壊しながら、唐突に消えていった。

 そしてラデルは、青い機械人形のような姿になっていた。


「他の奴らも擬態を解け。手加減するな!」

 頭に刺さった巨大なボルトを手でクルクル締めながら、ラデルは叫んだ。

 ブージャムの構成員が次々と本来の姿に戻る中、賞金稼ぎの片割れは尚も暴れていた。


 人間でも異形でもお構いなし。敵であれば問答無用でねじ伏せる。

 既に人間が6人、ブージャム2人が、彼女の拳で再起不能にされていた。

「化物か、あいつ……」

 困惑するラデルだが、レイシーを見つけると、そちらへ狙いを変えた。


 4発たて続けに連射。弾丸は彼の体内から発生した電気を纏っていた。

 弾はグニャリとカーブを描きながら、隠れようとしたレイシーを追尾。

 全弾、頭部に命中。細い四肢を広げ、彼女の体は宙に舞う。


「どうだ。これがブージャムの……」

 ラデルは絶句する。

 突如、レイシーの体が黒い霧になって消えたのだ。


「奴もブージャムか!?」

 声をあげたのは、刺々しい巻貝を被った別のブージャム。直後に彼はフウカの膝蹴りで貝殻を割られてしまった。


 一方、ラデルは黒い霧を目にした途端に、戦意を失っていた。

 黒霧には心当たりがあった。

「まさか、あんたは!」

 四散した霧は一カ所に集まり、人の形へと戻る。だが、その姿は……。


「そうだ。間違えるものか。あんたは……

俺が所属していた第2装甲軍団の……」

 悍ましいフェイスガード。黒紫色のボディスーツ。そして、禍々しい形をした2本の

尻尾。

「鉄血将軍ジャバウォックだあぁッ!」

 頭のボルトを高速回転させながら、ラデルは絶叫した。

 

 かつて、魔法少女と凄惨な戦いを繰り広げたブージャムの指揮官、鉄血将軍。

 それがレイシーと名乗る女の正体だった。


「どうして、あんたがここに?」

 ブージャムたちが竦んでいると、後方にいた構成員が、車から機関銃を撃った。

 狙いはレイシー。

 ……否、ジャバウォック。


 雨嵐の如く襲い掛かる大量の12ミリ弾。

 それを彼女は2本の尻尾で薙ぎ払い、防いでしまう。

 危険を察知したフウカは、破いた車のドアで銃弾から身を護る。ドアには跳弾や破片が降り注いだ。


 尻尾を振りながら、レイシーは車へ肉薄。無慈悲に尻尾で叩き潰した。


 それから元将軍は部下だったラデル達に体を向ける。

「同類も見抜けないような間抜けは、私の部下ではない」

 左右から尻尾がしなって襲い掛かる。そして、瞬く間にラデルの体が3頭分にされた。

 続けざまに2体。降伏の言葉も無視して、バラバラにしてしまう。


「私達はその程度で死なない。そうだな?」

 冷徹に、ブージャムだった部品の数々に問いかける。

「は……はいぃ。つ、繋ぎ直します、閣下」

 元ラデルの破片は、泣きながら返した。


 阿鼻叫喚の地獄絵図を背に、社長は全速力で駐車場の出口へ向かう。

 その頭上をミニバンが回転しながら通過。

 がしゃりと落ちて転がり、すっぽり出口を塞いでしまう。

 ぶるぶる震えながら振り返ると、フウカが仁王立ちしていた。

 彼女がミニバンを投げたのだ。

 

 額から流れる血で顔を真っ赤に塗らし、両目に宿すのは轟々と燃え盛る殺意の炎。


 これが、あの清楚可憐だった魔法少女!?

 社長はわなわなと座り込んだ。

「固そうな体だな、てめえ。殴らせろ」

「いやだああぁぁぁぁぁッ!!」


 ……

 …………

 ……………


 ――その後。

 マトモな警官隊が駆け付けた頃には、騒動はあらかた片付いていた。


 彼らは社長を探すのに特に苦労した。顔写真と、発見された時の顔があまりにも違い過ぎ ていたのだ。それだけ彼は、フウカの鉄拳を浴びたという事だ。


 2人組と親しい警部が、彼女らにお灸を据えている間、何十台もの救急車が往復する。

 駐車場の車は殆どが大破して、使い物にならなくなっていた。


 挙句の果てに建物自体が騒動によって倒壊寸前に陥っていることが判明した。

「暴れたのは駐車場だけなのに?」

 レイシーは警部に尋ねた。

「フウカ。力任せに壁や柱も殴ったな?」

「たぶん」

「その時に出来た亀裂が、建物全体に及んでいる。いい加減な馬鹿力だ!」


 更に警部は、がみがみと女二人に説教を続ける。怖いもの知らずで通す彼女達だが、どうしても叶わない存在がいた。


「あの、警部さん。あのですね……賞金は〜?」

 説教の間を縫って、レイシーが訊く。


「不服だが払われるそうだ。ニカルバの逮捕。それに、犯罪組織の頭目まで現行犯で捕まえたからな」

「「やった!」」

 フウカとレイシーは仲よく抱き合った。

「ただし、今回の被害額を差し引いた上での支払いとなる!」

 したり顔の警部は、端末で報酬の額を提示。一瞬で賞金稼ぎ達の喜びが潰えた。

「これ、ゲームセンターの弁償代と同額だ」

 と、フウカ。

「あの……パンチングマシーン?」

 と、レイシー。

「うん。パンチングマシーン」


 フウカは床に大の字に倒れた。そして、泣き叫んだ。

「こんなの有りかよおおおおぉぉッ!!?」




 かつて魔法少女と呼ばれた女、フウカ。

 侵略者を率いた元女将軍、レイシー。 


 敵同士だった二人が肩を並べて追うのは、賞金のかかった犯罪者。


 お尋ねもの生死問わず。

 ふたりは賞金稼ぎ。


(了)


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