はあとフル・1話-b魔法少女と呼ばれて


 ブージャムとの戦争は、ついに決着がつかないまま、終わった。

 戦後処理は追いつかず、多くの問題を残したまま、世界は大きく変わっていった。


 まず、時空の裂け目から、大勢のブージャム達が入植してきた。

 今日現在、彼らはヒトの姿に擬態して、こちらの世界で生活を営んでいる。


 同時に人智を越えた技術も流れてきた。

 科学と魔法の境目に立ったような、曖昧だが高度なテクノロジーの数々。

 それらによって、戦後の世界は歪な成長を遂げていった。

 ――と、無味乾燥なニュース番組が歴史の知識をつらつらと語っている。


 そんなテレビを尻目に話し合うフウカと

 レイシー。

 ここは二人の自宅兼事務所だ。

「なんで? 何であたしが、ちんまい仕事をしなくちゃならねぇんだ?」

 不満顔のフウカは机に 両脚を載せながら不平を吐く。


「ゲームセンターのパンチングマシンを壊したから。弁償代、高くつきましたよ?」

 すかさずレイシーが反駁する。

「ねえ、フウカさん。苛々で脳を疲労させる位なら、手配犯のことを調べては?」


「とっくにやってる」

 フウカは端末の画像データを直に指でつまみ、レイシーに向かって投げた。

 端末同士を繋げているからこそできる、ちょっとしたお遊びだ。


「手配犯はバルカ・ニカルバ。

 賞金、1000エドル。

(注・エドルは国際通貨。1エドル=約100円)

 レストランの雇われ店長で犯罪組織の末端構成員。逮捕歴4回。罪状はどれもセコいのばかり。その顔写真見て、密造酒工場を吹き飛ばすタマだと思う?」

「思えません」

 四角い画像データを片 手にレイシーは即答。そして、再び画像に目を戻す。


 のっぽで痩せ型。頬のこけた顔には覇気というものが感じられない。

 背後には黒い線の入った壁。そして、手に持っているのは日付と名前の入った黒板。


「これ、逮捕された時の?」

「罪状が罪状だし、今度の写真は遺影かも」

 フウカはそう言いながら、一番安い宅配ピザを一切れ、箸で突き刺した。


「でも妙ですよねェ。昼間、月まで飛んで行った密造酒工場は、ニカルバが所属していた組織のもの。どうして身内の工場を爆破したんでしょう?」

 レイシーは文字の羅列から目を離して不思議そうに言った。

「仕事が厭になった? あ、分かるわー。

その気持ち」

 とか言いながら、フウカはピザをむしゃむしゃ食べ始めた。


「そいつが働いてる『ザーマ・イン』って和食レストラン。

 海外にまで進出する大企業だけど、裏で悪どい商売にも精を出してる。密造酒の売買はその一つ」

 フウカの箸は2枚目のピザに箸を伸ばした。

「レイシー。この仕事、少し厄介なことになるかもだ」


 -------------------


 夜の国道を一台の小型自動車が疾駆する。

 赤色のフィアット126。

 しかし、中身は燃料電池を搭載した全くの別物。近頃の流行りで、販売されている自動車の殆どが、旧車に似せて作られている。

「次で空振りなら、さすがのあたしでも諦めたくなるわ」

 フウカは運転席に座るレイシーへ言った。

「そもそも飽きっぽい性格でしょう、あなたって人は」

 まっすぐ前を見据えてレイシーは答える。

「そうだったかなァ」

 うんざり顔で、フウカはこの4時間を思い返した。


「シティを西から東へ駆けまわり、ニカルバと同じ組織のチンピラを訪ね回った。どいつもこいつも、歓迎の嵐でもてなしやがる」

 何処へ行っても必ず答えより先に、まず暴力が二人を歓迎したのだ。

それを暴力で返し、おとなしくなった所で質問する。

「バルカ・ニカルバはどこ?」


「――で、組織の連中も居場所を知らないときた。ふざけんな。テメエらの犬だろ?」


 フウカは流れ行く街並みを横目に見やる。

 手前には違法増築が続く荒廃したスラム街。そして、そ のすぐ真後ろで日差しを遮る様にそびえ立つ、洗練された高層ビル群。

 もはや当たり前になってしまった光景だ。


 視線はドアミラーへ移る。

 2台のセダンが、無人輸送トレーラの影に隠れながら、走っていた。

 (尾けられてる。さっきからずっと)

 相手は容易に予測できた。

 組織の構成員だ。


 ヘッドレストに頭を押し付けるフウカ。 

「嫌だなあ」

「何が?」

 ちらり。レイシーがフウカを一瞥する。

「色々。それで、次の目星はついてるの

「ニカルバの手下が、端末を使っているようです。位置情報を手に入れました。そこに向かいます」

 淡々と、レイシーは運転と端末の操作を同時にこなす。それを横目に見るフウカは、

いつも舌を巻くのであった。


 尾行車は距離を保ったまま、フィアットを追いかけ続けた。


 ――――--------------


「……畜生。効かねえ」

 鎮痛剤の瓶を握りしめ、ニカルバはうわ言のように言った。

 賞金首はとある理由から、この隠れ家に逃げ込んでいた。

 ここは組織にも秘密にしている場所だ。

 お陰で追手がやって来る気配もない。


 撃たれた腹の傷も焼いて塞ぎ、出血も止めた。

 どうやら一先ずは生き延びることができたらしい。つまりそれは、これからもう一度、連中に殺されるということだ。


「もう、だめなのか?」

 安モーテルより貧相で汚い部屋に、弱気な声がこだまする。

「糞ぅ。空っぽだ」

 瓶を振っても音はしない。

 ニカルバはソファに横たわり、空瓶を床へ捨てた。

 コロコロ。瓶はカビだらけのマットの上を静かに転がる。

 その様をニカルバはぼんやり目で追った。


 瓶が誰かのブーツにぶつかって止まる。

 最初はどういうことか、ちっとも理解できなかった。

 だから彼は少しの間、瓶とブーツの爪先をじっと凝視してしまう。

「……え?」

 ようやく顔を上げた。


「こんばんわ」

 女が立っていた。

「だ、誰だ!?」

 テーブルの拳銃を握ろうとするニカルバ。

「動かないで!」

 背後から鋭い声で制止される。女の声だ。


 いつの間に?

 どうやって?

 それよりこいつらは何者?

 頭の中で疑問が止めどなく溢れる。


「旦那、どうしたんです!?」

 どかどかと、手下たちが部屋になだれ込んできた。

「誰だ、テメエら!」

 真っ先に部屋に入ってきた男が怒鳴った。

「どうして!? どいつもこいつも同じ質問ばかり。今日は十回も訊かれた!」

 革ジャン女は険しい顔で声をあげた。

 虫の居所が悪いらしい。

「……どうしてでしょうね、フウカさん」

 ニカルバの背後にいた女が小首を傾げた。


「レトロゲームの村人Aじゃねぇんだ。少しはレパートリー増やしてくれたっていいだろ。なぁ、レイシー?」

「でも、予想外の言葉が飛んで来たら、それはそれで調子狂いそう」

 女達は平然と会話を続け、それがニカルバと7名の手下を、大いに怒らせた。


 まずは一番近くのフウカが狙われた。

 相手が腕を振り上げる暇も与えず、逆に彼女は力任せに殴り返した。

 悪漢の両足が床から離れ、身体は宙に浮かぶどころか、後方へ吹き飛ばされる。

 壁にめり込んでも勢いは死なない。やがて壁に人型の穴を開け、強制退室。

 

 一連の光景を見た男達がひるんだ。今度は逆に、フウカが彼らに襲い掛かる。

 ナイフやバットで武装していても関係なし。拳が届けば殴る。足が当たるなら蹴る。手足が間に合わないなら頭突き。怒とうの猛撃に、次々と倒れるニカルバの手下ども。


 やっと暴風圏外へ逃れたニカルバが、目を血走らせて拳銃を構えた。

 狙いはもちろん、フウカ。

 躊躇うことなく引金を引く。


 ――銃声。


 同時に彼の掌から拳銃が弾き飛ばされた。

 レイシーが彼の拳銃を撃ち抜いたのだ。

 ソファから転げ落ちるニカルバ。しかし、意地で銃を拾いに行く。


 手を伸ばした所でレイシーは連射。

 的確にニカルバの銃へ弾をあて、どんどん遠くへ飛ばしてしまう。

「フェアにいきましょう、フェアに」

 レイシーは銀色の自動拳銃を手に言う。


 ……とは言ったものの、肝心の乱闘は既に終わっていた。

 無傷のフウカが、ニカルバの首根っこを掴んでソファに座らせた。

「スッキリしたから教えてやる。あたしらは賞金稼ぎだ」

「組織の殺し屋じゃないだけマシだ」

 そう言うニカルバの顔は真っ青だった。


「その殺し屋さんでしょうか、私達を尾行してたのは?」

 レイシーが首を傾げてると、途端に男共はそろって青ざめた。ニカルバに至っては、もはや黒に近づき、死相になりかけていた。


「 も、もうおしまいだ。殺される」

 カギ鼻を潰された手下が頭を抱える。

「大げさな。ンな事するか。アンタらを殺したら賞金が減るんだぜ?」

 失笑するフウカだったが、彼らの表情を見ている内に悟った。


「なるほど、訳アリか」

 もう一度見回すが、誰も答えようとしない。揃って俯くばかりである。

 二人の賞金稼ぎは何を思ったか、ニカルバの両脇に腰を下ろした。

「ねえ、何があったんですぅ?」

「教えろよぉ?」

 二人は甘ったるい声で囁きながら、ニカルバの傷口を指でほじくり始めた。


 された側は堪ったものではない。赤子のように泣き叫び、手下たちに助けを求める。

 だが、彼らはレイシーの構える拳銃に睨まれ、動けなかった。


 2秒後 。ニカルバは白状した。

「あの工場は近い内にサツが強制捜査をする事になっていた。だから、その前に証拠になるものを消してやったんだ」

 ニカルバは傷を庇うように言葉を続ける。

「でもよ、組織に戻ったら口封じで殺される。そう思った俺は、手下に捕まえてもらう事にした。刑務所なら一先ずシャバよりマシだし、手下に賞金が渡れば、生活費のタシにもなるだろう」


 フウカは小さく舌打ちをした。

「残念。クズなら、もっと殴れたのに」

「残念なのはアンタの動機だ」

 と、レイシーがつっこむ。

「話しを続けてもいいか? とにかく、俺達は一番近い警察署に行った。22分署だ。そしたら……ラデルって巡査部長に撃たれたんだ。警告なしに」

「サツもグルだった、と」

 フウカが口を挟む。ニカルバは頷く。


「まあ犯罪組織ですし。汚職警官の100ダースぐらい、飼い慣らしてるでしょうね」

 レイシーは腕を組んで顔をしかめた。

「どうします、フウカさん?」

「決まってるでしょ、賞金を手に入れる」

「つまり、この人達を警察に届けるッてことですね?」

「当たり前じゃん」

 すると、ニカルバが喚き始めた。

「俺の話しを聞いてたのか!? 奴らはグルで、俺を殺そうとしてんだぞ! あんたは俺に死んでほしいのかよぉ!?」


「レイシー。死体だといくら払われる?」

「損傷具合によります。この状態で殺したら、おそらく定価の6掛けかと」

 口調がマジだ!

 ニカルバは逃げようとするが、フウカに引き戻されてしまう。

「待て。せめて手下だけは見逃せ。いや、見逃してください!」


「断る」

「観念してください」

 そう言うと、彼女達は立ち上がった。

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