はあとフル

碓氷彩風

1話「魔法少女と呼ばれて」

はあとフル・1話-a魔法少女と呼ばれて

 魔法少女

 魔法など不思議な力を使って騒動を巻き

 起こしたり、事件を解決したりする少女。

 こういう類は、掃いて捨てる位ありふれた夢物語にしかいない筈だった。


 しかし、そうでもなかった。

  かつてと呼ばれた娘がいた。

 魔法少女は平和のために、たった一人で強大な敵と戦っていた。



 13年前。人類は歴史上初めて、共通の敵のもとに団結した。

 敵の名はブージャム。

 時空の裂け目から来た異形の侵略者。


 各国の軍隊は多大な犠牲を払いながら、強大な敵と、一進一退の攻防を繰り広げた。

 そして、魔法少女も「人類の味方」として戦った。


「……今日こそ決着をつけるわよ、鉄血将軍ジャバウォック!」

 魔法少女は煌々と燃えるガントレットを装着して、言った。


 中学生そこそこの、上品なお嬢様然とした少女だ。青を基調としたコスチュームを、細身の体に纏っている。

 こんな姿でも、少女は数多くの敵を力業でねじ伏せてきた剛の者だった。


 そして、宿敵を目の前にした彼女は、殺意に満ちた眼を輝かせている。


 対する相手は闘志を燃やす魔法少女と正反対に、ひどく冷めていた。

 それが余計に魔法少女の憤怒を滾らせた。


 黒いマントを羽織り、鉄仮面を着けた女。

 そして、マントの下からとび出しているのは、禍々しい形をした2本の尻尾。


 ジャバウォック。

 魔法少女が最も殺してやりたいと願って止まない敵方の指揮官だ。

 殺意に背中を押され、魔法少女は突撃。

 大きく拳を振りかぶりながら、少女は瞬く間に間合いを詰めた。


 強大かつ凶悪な力を宿したガントレットで、イケ好かない仮面女の顔を叩き潰さんと、魔法少女は全力で拳を振り下ろした。


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「にゃろおぉ!」

 おもちゃのグローブをはめた拳がミットに直撃。パンチングマシンは木っ端微塵に吹き飛んだ。


「……あん?」

 女はグローブをはめた手と、マシンだった鉄くずを交互に見た。

 二十代後半で均整のとれた長身。化粧っ気のない顔立ちは端整だった。


 まつ毛の長さ、つり上が った目じりが、強気な女性というイメージを決定づける。一方で、ばさついた長黒髪が美貌を打ち消すように同居していた。

 更にいえば、くたびれた黒いライダース

ジャケット、洗いざらした細身のジーンズ、頑丈なブーツが彼女の個性を形作っていた。


 ある者は、彼女に日常生活から得難い魅力を感じ取るだろう。

 ある者は、彼女の近寄りがたい雰囲気に圧倒されるかもしれない。

 そしてこの瞬間、彼女を取り囲む大勢の人間が、距離を置いた方がいいと考えていた。


「……あンだよ。つまンねぇ」

 そんな周りからの視線など知らんふり。

 怪力女はグローブを外して、壊れたマシンに向かって放り投げた。


 彼女の名はフウカ。

 かつて、魔法少女と呼ばれた女である。


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「なんて事しやがるんですか、フウカさん」

 ゲームセンターの入口で、フウカはパンツスーツ姿の女に声をかけられた。


 陽に焼けた褐色肌と容貌は、アジア系でもアフリカ系でもない。

 ヨーロッパ系とも違う。あえて言うなら、ユーラシア人だろうか。

 フウカはあれこれ考えようとして止めた。

 短髪で褐色肌の女が、非難眼差しをフウカへと向けているのだ。

 非難の内訳は、幸いにも怒りは皆無。呆れが勝っているようだった。


「行く先々で壊してばかり」

「あんたもでしょ、レイシー?」

 と、フウカはいつものように言い返した。罵詈雑言、非難、難癖……こういうものは、二人にとって日常茶飯事だった。

「まさか。あなたと違って、私は人並みの分別を備えています」

 レイシーは苦笑混じりに言い返した。

「言ってろ」

 フウカは抵抗を止め、おとなしく車へ戻ることにした。


「それで、筐体一つ丸ごと弁償ですか?」

 おもむろにレイシーが尋ねる。フウカは舌打ちを一つする。

「ああ。踏んだり蹴ったりだ」

 頭一つ分背の低いレイシーが、フウカを見上げる。顔が少し青ざめていた。

「店員まで踏んで蹴っちゃったんですか?」

「ンな訳ねぇだろ、バカ!?」

 と、フウカは怒鳴る。


「びっくりした。あなたなら、やりかねないですからねえ」

「あのな、人を野蛮人扱いするんじゃ……」

 その時だ。フウカの言葉をかき消すほどの爆発音が轟いた。


 二人が振り返ると、無数にそびえ立つビル群の隙間から黒煙が見える。周りの通行人達も足を止めて心配そうに眺める。

 しかし、それもほんの二、三分のこと。興味を失った者から順に、目を離して再び歩き始めた。


「何か情報は来るかしら?」

レイシーの視界の端に、薄緑色の画面が現れた。

 情報端末は携帯する時代を経て、今や体の一部になろうとしていた。

 広大化し過ぎたネットの海は暮らしの隅々にまで浸透。今や、情報端末と電子ネットワーク無くして、健康で文化的な最低限の生活を送ることはできない。


 人々は端的にと呼ぶ。そして今日、殆どの市民が、体のどこかに極小の通信機器を貼り付けて生活をしていた。


 この端末がいかにして、今の状態になったのか、その歴史をくどくど話せるほどの知識を、二人は持ち合わせていない。

 だから必要以上のことは考えず、さっさと情報を確認し始めた。


『犯罪組織が所有する密造酒工場で、爆発事故。負傷者多数。容疑者は逃走中の模様』


「ねえ、フウカさん。今日の損失を穴埋めしないと。このままでは私達、明日のご飯にすら有りつけなくなりますよ?」

 レイシーはにんまり笑う。

「ほらほら。せっかく事件が目の前で起きてくれたんです。犯人を捕まえて、賞金をいただくとしましょうよ」


「……懸賞金が出る前に、警察が捕まえるんじゃあないかな?」

 フウカは嫌そうに整えた眉をひそめた。

「それとも、怖い人達が犯人を穴に埋めちゃうとか。でも、いずれにせよ、あなたには働いてもらわなきゃ?」

 レイシーは一歩も退かない。

「ああ、畜生。面倒くせえ」 

 フウカは髪をかきむしった。


 事件からきっかり4時間後。

 民営化された警察は容疑者の名前と顔を

公表した。

 同時に、懸賞金をかけて指名手配する。

 この発表を狙って動き始めるのが、

「賞金稼ぎ」と呼ばれる手合いだ。

 彼らは司法機関や同業者より先に賞金首を探し、捕まえるのを生業している。


 かつて魔法少女と呼ばれた女も、その一人だった。



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