第6-2話 混沌は緩やかに街を飲み込む〜BOIにて〜

 ライオネル・トランスフィールドからの通報があったのは3月21日の朝方だった。出勤したばかりのアーサーにタイミングよく電話が取り次がれ、アーサーはアルバトロスの新たな標的がライオネルだと知ることとなる。

 すぐさまアルバトロス捜査チームのメンバーが全員招集され、会議が執り行われた。チームの発足から2ヶ月たち、ようやく訪れたチャンスの到来だった。

 1月10日に起こった、第1の事件。被害者マーティン・マクスウェルの屋敷から『絵画』が。続く30日にジェレミー・ウィッカムの家から『美術品』が、2月18日にパトリック・プレスコットの家から『絵画』が盗み出された。そのいずれに関しても、被害者たちは事件が起こった後に通報をしてきた為、警察はおろか、BOIでさえ未だに犯人像に至ってすらいなかった。それどころか、アーサーたち捜査チームのメンバー全員にでさえ伏せられている情報――例えば盗まれた品物や、現場の詳細な情報など――が多すぎて、捜査は全くと言っていいほど進展していなかった。そんな彼らの元に飛び込んできたライオネルからの通報は、千載一遇のチャンスだった。

「聞いてのとおり、アルバトロスの新たな犯行予告が判明した。今夜0時、ライオネル・トランスフィールド氏の自宅から氏の持つ秘宝ミッドナイト・ブルーサファイアを盗み出す予告だ。これまで散々コケにされた分、今日そのフラストレーションをここにぶつけて欲しい。必ず捕らえるぞ!」

 アーサーが激を飛ばし、それに応えて会議室内のメンバーが声を張り上げる。チームの雰囲気は最高だとアーサーは感じた。

 その後、アーサーを筆頭にアルフレッドや他のメンバーの意見を汲み取りつつ、今夜の警備には警官500人、BOI特殊部隊100人の600人体制で臨むことが決まり、メンバーはそれぞれの段取りに奔走する事となり、指揮を執るアーサーと、補佐を務めるアルフレッドの2人は、一足先にライオネル邸へと向かった。

「いよいよですね」

 車に乗り込むと、アルフレッドは期待を込めた声でアーサーに声をかけた。アーサーもアルフレッドの言葉に力強く頷く。

「あぁ、もうこんなチャンスは無いつもりで全力を尽くすさ」

 アルフレッドはその言葉に頷く。……不安が滲み出すような、そんな表情をしていたことにアーサーは気が付かなかった。


 ※


 ライオネル邸に辿り着いた2人は、執事の男に応接間へと案内された。絢爛豪華な装飾の施された応接間には、世界各国の調度品や絵画が飾られ、彼がいかに貿易業で成功したのかを伺わせる。

「わざわざ来てもらってすまなかったな」

 そんな応接間にある、これまた豪華なソファに腰掛けるライオネルは、口ではそう言っているものの高圧的な態度で2人のことを出迎えた。

「聞いているとおり、例の盗人から盗みの予告が届いた。君たちBOIには全力を尽くし、宝石を死守してもらいたい。頼みはこれだけだ」

 アーサーは、ライオネルの言葉に力強い眼差しで頷いた。

「お任せ下さい。既にニューヨーク市警の協力を取り付け、今回は600人体制で警備に当たらせて頂きます。ネズミ1匹ですら通らせはしません」

「ハッ!これは頼もしい。期待しているよ」

 アーサーの言葉にも、ライオネルはどこか信用していない様な態度を取り続けた。その様子が気に触らないと言えば嘘になったが、アーサーもライオネルの名はよく知っていた。アーサーはライオネルの機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選びながら話を続けた。

「それで、事前に連絡していた通り屋敷の見取り図と、アルバトロスが狙っているという例の宝石を拝見させて頂けるでしょうか」

「あぁ、それか。おいポラード」

 ポラードと呼ばれた執事は、ライオネルの呼び掛けに素早く反応し、応接間の隅にある小さなデスクの上に置かれていた見取り図と小さな箱をアーサー達のもとへ持ってきた。

「これが見取り図だ。そして、こっちが……」

 ライオネルは10インチ程の箱の蓋を開ける。そこに姿を現したのは、照明を受けて美しく煌めく、とてつもなく大きなブラック・サファイアだった。

「これが……ミッドナイト・ブルーサファイア」

 思わず、2人が息を呑む音が聞こえる。ライオネルは2人の反応を満足気な表情で見ると、一瞬だけ、2人に気付かれない程だが焦りのような表情を見せ、慌てたように箱の蓋を閉じた。

「そうだ。これは警備が来るまで私が保管する。見取り図は好きにしろ」

 ぶっきらぼうにそう言うと、ポラードを再び呼び寄せ宝石の入った箱を下げさせた。

「あんな大きな宝石、どこで手に入れたのですか?」

 至極当然なアルフレッドの疑問が、ライオネルにあびせられる。

「それが捜査に関係あるのかね?」

「犯人の動機に繋がる可能性があります。ぜひお聞かせ願いたい」

 アルフレッドがまっすぐライオネルを見つめる。目をそらす事が出来なかったライオネルは、たじろぎながらも質問に答えるしかなかった。

「……知り合いの貿易商から、数年前にな。買い取ったんだ」

「貿易商、という事は外国人でしょうか?数年前と言えば終戦直後ですから……連合国側の?」

「あぁ……ルーマニア人のな。ブカレストまで行った時、その男に紹介してもらった宝石商から買い付けたのだ」

 アルフレッドは納得した様に頷いた。

「分かりました。ありがとうございます、捜査の参考にさせて頂きますね」

「捜査もいいが、今夜の事を最優先にしてくれたまえよ」

「もちろんです」

 そう言うと、アルフレッドは立ち上がる。

「アーサーさん、早速見取り図を持ち帰って隊長のブラウンさんと今夜の作戦を練りましょう」

「あ、あぁ」

 普段の彼にはあまり無い、少々強引な行動に驚きながらも、アーサーとしても現在これ以上ライオネルに聞きたいことがないため、アルフレッドの言う通り2人は屋敷をあとにした。

 帰りがけの車の中で、アルフレッドは終始何か考え事をしているようだった。恐らく、さっきの短い問答の中で何かを掴みかけているのだろう。そう考えたアーサーは、彼を集中させるために言葉をかけることなくBOI本部まで車を走らせた。

 本部に戻るなり、アルフレッドはライオネルから受け取っていた見取り図をアーサーに手渡した。

「アーサーさん。僕は少し調べたいことがあるので、ブラウンさんとの打ち合わせはお任せしてもよろしいですか?」

「あぁ、もちろん。なにか分かりそうなんだな?」

 その問に、アルフレッドが頷く。

「当然現行犯逮捕が理想だが、この事件はアルバトロス以外にも明らかに裏に何かある。そこの所を明らかにしなければ、収拾もつかないだろう。任せたぞ」

 そう言われるとアルフレッドは勢いよく頷き、資料室へと向かって駆け出していった。


 BOI特殊部隊隊長のブラウンとアーサーの打ち合わせは、滞りなく進んだ。屋敷の見取り図から、2階の中央付近にある小部屋――窓もなく、入り口もひとつしかない――に宝石を置き、そこを取り囲むように人員を配置する。先程はライオネルの手前、ネズミ1匹通さないなどと言ってしまったが、次第にアーサーの中でその考えは間違っていなかったと確信に変わっていった。

 宝石を守る為、メトロポリタン美術館で普段展示品を飾っている展示台を借り受けることもでき、強化ガラスでできたケースを特殊な鍵を使用することで、宝石自体の守りも完璧となった。

 あとは時が来るのを待つだけだ。アーサーは、まだ見ぬ大怪盗アルバトロスの姿を思い浮かべながら、浅い眠りについた。

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