第3話 アルフレッド・ウォルフォードは信頼に応える

「アルフレッド」

 オフィスの片隅にあるデスクで仕事をしていた男に、アーサーは声を掛けた。

「アーサーさん、何か用でしょうか?」

 アルフレッドと呼ばれた若い男は、礼儀正しくアーサーに返事をする。

「あぁ、ちょっと頼みたいことがあってな。急ぎの案件はあるか?」

「いえ、特には」

「なら丁度良い。ここでは何だ、場所を変えよう」

 そう言って、アーサーはアルフレッドをオフィスの外へと連れ出した。捜査官たちの小さな休憩スペースへとアルフレッドを連れ出したアーサーは、早速本題に入った。

「ついさっき、私に長官から直々の捜査命令が下った。怪盗……いや、盗人アルバトロスの逮捕だ。早急にチームを立ち上げ、捜査に当たれとのことで、私は君を補佐係として任命したい」

 突然そう告げられたアルフレッドは目を丸くし驚いた。が、すぐに柔らかな笑顔になると「アーサーさんの頼みなら、是非」と二つ返事で快諾した。その返事に、アーサーも安堵の息をついた。

「助かるよ。アルフレッドほどの腕があれば、この件もすぐに片付くだろう」

「いえいえ、僕は裏方ですから。アーサーさんをはじめ、上に立つ方々がいて初めて力を発揮できるんですよ。頼りにしてます」

 謙遜しながらも、自身の能力に対して揺るぎない自信を持つアルフレッドの答えに、アーサーは満足したように頷いた。

 彼の2つ下の後輩であるアルフレッド・ウォルフォードも、また優秀なBOI捜査官だった。ボストン・カレッジを首席で卒業した彼は、単純な学力以外に比類無き能力を持っていた。

 ジュニアハイスクールの時代から、アルフレッドは父が趣味としていたスクラップブックの作成に興味を持ち、父とは違う観点を持ってその作成に没頭していった。ボストンで起こるあらゆる事件を、あらゆる機関の報道を元に多角的に捜査し、舞台、登場人物、発端、動機、結末……それらを1つのストーリーとして事件をまとめあげる。その趣味は、次第に現在の彼が持つプロファイリング技術へと昇華していく。

 1918年、ボストンで起こった連続強盗殺人事件。終戦直後、短期的に訪れた不景気真っ只中のアメリカを震撼させたその事件を解決へと導いたのは、アルフレッドだった。たまたま事件が起こったのが、彼が住んでいたボストンだったこと、カレッジへの進学を控え十分に捜査を行うことが出来る時間があったこと、犯行現場が彼の住んでいた家に近かったこと、そして開花し出していたプロファイリング技術……様々な偶然に彼の能力が合わさり、迷宮入りと思われていた事件はいとも容易く解決へと至った。

 その才能を見出される事となったアルフレッドは、カレッジでも順調に成績を伸ばし、卒業後にBOIへとスカウトされ、そこでアーサーの右腕としてその能力を遺憾無く発揮していた。

「では早速だが、明日の朝にでも最初のミーティングを開きたい。現状なら、1日あれば調べてまとめあげられるだろう?」

 そう尋ねるアーサーに、アルフレッドは余裕の笑みを見せながら答えた。

「半日でまとめて、昼過ぎにはアーサーさんの元に捜査ファイルと関連資料を持って行きますよ」

 後輩の頼もしい返事に、アーサーは「では頼んだよ」と短く答えると、その他のメンバーを揃える為にその場を後にした。


 ※


 アルフレッドにとって、たった1件しか起こっていない事件を調べるのは容易なことだった。いや、たとえアルフレッドでなくとも今の状況であれば起こった事件をまとめあげることは、このBOIに属している人間であれば誰でも可能だろう。

 アルフレッドは、デスクの上に並べたいくつかの資料を見ながら思案していた。数十社の新聞と、報道されたラジオのレコード記録、被害者のプロフィール、そしてニューヨーク市警の行った初動捜査の調書。たったこれだけの資料を前にして、アルフレッドはどうしたものかと深く考え込んでいた。

 それもそのはずで、アルフレッドの持つプロファイリング技術は、情報が多ければ多いほど真価を発揮する。事件現場を見た訳でも、被害者に直接話を聞いた訳でもないアルフレッドは、僅かな資料を前にして自分の納得する捜査ファイルを作れずにいた。

 そして彼もまた、アーサーと同じ疑問に至る。

 なぜこれほどまでに早い段階で、わざわざ捜査チームを立ち上げ無ければならないのか。確かに、被害者のマーティン・マクスウェルが元軍の関係者であることや、盗まれた物が高価な絵画だったという所から、今後の犯行を警戒するのは理解できた。だが、それはこじつけに過ぎない。正直な所、現状なら警察に任せておけば良い案件だ。それを、数段階すっ飛ばしていきなりBOIへと上げられた訳だから、なにか裏があるに違いないと考えるのは至極当然の考えだろう。

 だが、その理由に至る為の資料もまた少ない。悩んだ結果、アルフレッドは今回に限って自身の推測を一切書かずに、起こった出来事だけを丁寧にまとめ上げた。ファイルをまとめあげながら、アルフレッドは事件はまだ始まったばかりだと、直感的に理解していた。


 ※


 翌朝、第1回目のミーティングが開かれた。局内でも信頼のあるアーサーの声掛けにより15名の捜査員が集まり、5人1組のチームを組んで操作へと当たることとなった。が、やはり議題に上ったのは既にアーサーもアルフレッドも疑問に思っていた「なぜこの段階で」と言った話で、結論から言うと、捜査自体は周辺住民への聞き込みとアルバトロスの次の犯行を待つこととなった。

 ミーティングが終わり、会議室からメンバーが立ち去ったあとに残された2人は、肩の荷が降りきらないまま疲れ気味に話していた。

「まぁ、大方こうなるのではないかと思っていたが……もどかしいものだな。我々は結局、後手に回るしか無い」

「こればかりはしょうがないですよ、アーサーさん。なにせ手掛かりが少なすぎます。シャーロック・ホームズでもなければ解決しようがないですよ」

「そうだな……だが、ワトスン役の私からすれば、アルフレッド。君なら現状でも何らかの推理を披露できるんじゃないかな?」

 少々意地悪だったかもしれない。アーサーは冗談で投げかけた言葉をすぐに訂正しようとしたが、アルフレッドは冗談だと分かっていながらも、両手でホームズハンドを形作り薄らと笑いを浮かべながら話し出した。

「そうですね……彼の犯行は何らかのポリシーに基づいた物だと考えています。それは予告状を出した事や、家財を一切傷つけなかったことから容易に見て取れます。一度そうしたのですから、次も同じ様な形で犯行にあたる……とは考えていますかね」

 話し終えたアルフレッドはぱっと両手を離すと、アーサーの方を少し照れくさそうに見上げながら続けた。

「とまぁ……アブダクションには程遠いですが、僕の見解はこんなところです」

「……君は本当に底が知れないな、アルフレッド」

 アルフレッドの帽子の鍔を指先で押し込みながら、アーサーはやれやれと言った風に笑顔を浮かべていた。彼ほど心強い味方もそういないだろう。帽子を戻したアルフレッドもまた、アーサーの笑顔に表情が和らぐ。しかし、すぐに2人は表情を引き締めると、まだ見ぬ大怪盗の逮捕を胸に誓って、会議室を後にした。

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