第2話 アーサー・ウィンズレッドは運命の戸を開く

 FBI、その前身である1908年に組織されたBOIは、この時代に置いても強力な治安部隊であった。

 1924年。後にBOI、FBIを通して史上最も長く長官を務めることとなる伝説の男、J・エドガー・フーヴァーの登場によってより一層厳しく組織改革が行われた事もあり、BOIは犯罪者には当然の事、フーヴァーのみが内容を知るといういくつもの国家機密が記されたフーヴァーファイルの存在によって、国家にさえ恐れられた。

 そんなBOI捜査官の1人であるこの男は、今朝長官によって呼び出されたばかりだった。

「失礼します」

 緊張した面持ちでフーヴァーの執務室へと立ち入った男の名は、アーサー・ウィンズレット。27歳。4年前、ハーバード・カレッジを首席で卒業した彼は、入局後も優秀な捜査官として、若くありながらも優れた成績を残していた。

 そんな彼がフーヴァーに呼び出された。長官に呼び出されるなんてことは、早々あることではない。故に、彼の顔には緊張した表情が現れていた。

「来たか、アーサー。まぁそう固くなるな、別に首を飛ばそうってんじゃあない。1つ、直々にお前に命じたい事があっただけだ」

 対してフーヴァーは冷静そのもの。それもそのはず、この男は全てを知っていた……既に、全てを知っていたのだ。

「アルバトロス、と言う名を知っているな?」

 アーサーは息を呑んだ。彼もまた理解した。フーヴァーが何を命じようとしているかを。

「……先日、ニューヨークに表れた正体不明の怪盗……そう聞いております」

「怪盗?怪盗などと言うな。奴はれっきとした犯罪者だ、盗人だ!その様な犯罪行為を正当化するような言葉は二度と使うなよ」

 アーサーはその迫力に気圧され、生唾を飲み込んで頭を下げた。

「…っ、失礼しました」

「…まあいい。要件はたったひとつだ。ヤツを捕まえろ。人員はお前に任せる。金も、好きに使って良い。ヤツを野放しにして置くな。早急に、ヤツを捕まえろ」

 念を押すフーヴァーの言葉、表情からは何か鬼気迫る物を感じた。何か、重大な秘密に迫ろうとしている者を裁かなければならない、使命感に似たもの。

 それは、フーヴァーファイルに記録されている国家機密レベルの物なのか。はたまた、彼の個人的な確執なのか……後者は考えづらい、とアーサーは考えながらも、長官の鬼気迫る様相については何も聞けなかった。

「了解しました。早急にチームを立ち上げ、全力で捜査に当たります」

 フーヴァーもまた、アーサーの従順な態度に満足気な笑みを浮かべ、引き出しから取り出した捜査資料をアーサーに投げ渡すと、彼に退室を命じた。

「期待しているよ、アーサー・ウィンズレット」

「……必ずや、その期待に答えて見せます」

 アーサーは一言だけそう答えると、足早に執務室を後にした。


 ※


 BOIのオフィスを移動しながら、アーサーは思案した。先程のフーヴァーの様子がおかしかった事も気になるが、同じくらい今回の事件に対する初動の速さが気になった。

 アルバトロスの起こした事件は、未だたったの1つ。あれから1週間も経っていない。加えて、アルバトロスは家主が寝静まった夜中にこっそりと侵入し、家も住人も、何一つ傷つけることなく盗み出して見せた。

 その結果の理由の1つとして、最初の被害者となったマーティン・マクスウェルが犯行当日の朝に届いた予告状を破り捨ててしまい、警察に連絡すらせず、一切の警戒をしなかったから……というのもあるかも知れないが。

 余計な思考をしていたことに気が付き、アーサーは思わず立ち止まる。事件のあらすじしか知らない彼が深い考察をするのは、まだ早い。まずは十分な捜査が必要だ。そう考えたアーサーは、視線をまっすぐ前に向け、余計な考えを振り払ってある人物の元へと向かった。

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