雨の日、俺は君と出会う。

レイ

第1話雨と君

 その日は雨だった。今日は友達と公園で遊ぶ予定だったが雨だということで延期になった。


 家でゴロゴロしてても暇なので、子供ケータイ片手に一階へおりた。


 子供ケータイとは、スマホやガラケーとは違い、必要最低限なことしか出来ない──つまりゲームなどがなく、電話とメールしかできない携帯。


 子供用の携帯。子供ケータイ。


 俺は親に一言告げ、家を出てた。


「いってきます」


 いつものルートで、道を歩く。


 小学生が散歩なんておっさん臭いけど俺は散歩が好きだった。


 ――特に雨の日は。


 傘に当たった雨粒がポツポツと音をたてる。


 アスファルトの上に落ちた雨粒が周りに水粒を撒き散らす。


 友達はみんなして雨は嫌いだと言う。


 なぜ?と聞くと外で遊べなくなるからだという。


 雨でも十分楽しめるのに、とその頃は思っていた。


 道中にある道路脇の自販機で俺はジュースを買った。


 そこは、車通りが多い場所なので気をつけろと親に言われている。


 だが、歩道が広いためひかれる心配はなく、唯一気をつけるとしたら向こう側の歩道へ移動する時。


 横断歩道や歩道橋を使えばいい話だが、ここら辺にはないので小学生の俺はよく左右確認を怠らないように気をつけながら道路を横断していた。


 ガランと音を立て落ちてきた缶を手に取り、開け口に指を引っ掛けプシュという音をたてて缶の口があいた。


 いつものメロンジュース。


 開けた瞬間にメロンの甘い香りが広がった。


 俺はゴクリと生唾を飲むと、缶の飲み口に口をつけ飲もうとした。


「にゃあ……にゃあ……」


 瞬間、足元から聞き覚えのあるなき声が聞こえた。


 鳴き声のする方へ目を向けると黒い子猫がこちらを向いて立っていた。


「……黒猫?」


 俺はその場でしゃがみこみ、小さな黒猫の頭を撫でようとした。


 俺はこの時、親に言われたことを忘れていた。猫は急に手を出すと噛まれるかひっかかれるという言葉を。


 瞬間、小さな黒猫が爪を立てて俺の腕を引っ掻いた。


「──っ!!」


 俺は傘を落としながら手を引っ込め後に二、三歩下がった。


 手を見ると手の甲に川の字を描くように引っかき傷があり、そこから少量だが鮮血が垂れていた。


 俺はさっきいた小さな黒猫の方に目をやるとそこにはもういなく、道路の向こう側へ行っていた。


「はぁ……不幸だ」


 俺は手の甲を逆手でおさえながら呟くと自分が来た道から黒髪で長髪の女の子が息を切らしながらこちらに走ってきた。


 雨だというのに傘をさしていなかった。


 わからないが多分俺と同じ小学生だろうと当時の俺は思った。


 そして、俺の前で止まると肩で息をしながら話しかけてきた。


「はぁ、はぁ、だ、大丈夫ですか!?」


 白いワンピースを着ており、雨で濡れたワンピースが、肌にくっついていた。


 口からは白息を吐き、彼女の白い肌からはうっすらと湯気が立ち上っていた。


「え、あっ、これ?大丈夫だけど」


 俺は引っかき傷がある手の甲をみせ、痛くないよと手を振ってみせる。


「ご、ごめんなさい!うちのオレオが!」


 小学生にしては綺麗な言葉遣いだった。


「あ、あの!オレオ──じゃなくて、黒猫どこに行ったか知りませんか!?」


「え、えっと向こうの道路に行ったけど……」


「ありがとうございます!あ、あと」


 と言って彼女は傷がついている俺の手を取り、こう言った。


「本当にごめんなさい、傷の手当てをしてあげたいんだけど今ちょっと時間が無くて……」


「本当に大丈夫だよ!」


「じゃあ、この傷は借りにしといて下さい」


「借り……?」


「はい!」


 そう言うと彼女は顔を明るくし、笑顔で「借りは絶対返します」と言うと道路を横断しようと道路に飛び出した瞬間――


 ――高速で走ってきたトラックに彼女の小さな体が衝突して


 ──その日以来、俺は雨が嫌いになった。


 〇 〇 〇 〇 〇


 今朝、梅雨入りのニュースをみた。


 一年の中で梅雨がいちばん嫌いだ。


 連続で雨だなんてなんて最悪なんだろう。


 六限の授業が終わったのを知らせるチャイムが鳴った。


「はい!今日はここまで!号令」


「気をつけー、礼!」


「「「ありがとうございましたー」」」


「あー!終わったー!」


「ねぇ!この後カラオケ行かない!?」


「いいね!いこいこ!」


「おい、最新のゲーム情報みたか?」


「お!?なになに?」


 授業という束縛から解放された高校生達はそれぞれが好きなように笑談を交わしていた。


 あの悲惨な事件から約八年経った。当時小三だった俺は高校二年生になっていた。八年経ったが未だに忘れられない。あの目の前で起きた残酷な光景は。


 駄目だ。こんなこと考えてたら気持が滅入る。何か他の事を考えよう。


 そんなことを思いながら一番後ろの窓際の席で窓の外を眺める。


 外は相変わらず俺の大っ嫌いな雨が降っており、ここから見える病院を包んでいた。


 病院か……。


「はい、じゃあ帰るときは気をつけるようにーそれじゃあ木村、号令」


「気を付けー、礼」


「「「さようならー」」」


 気がつくともうHRが終わっていた。俺は机の横に掛けてあるリュックを背負うと早足で教室を出ようとした。


 だが、出ようとした扉の前に何かが立ちふさがって出れなかった。


「やっほー!霧立きちたち!」


「うげっ」


 出た。


「うげって酷くない!?一人で寂しそうだったから喋りかけてあげたのに~」


 そう言ってそいつはむーと口を膨らませる。


「寂しくなんかねーよ!大体、俺は一人が好きだから一人でいるんだよ」


「とか言って、さみしいんでしょ~」


 うぜぇ。


「幼なじみなんだしさ、いつでもさみしい時はこの胸に飛び込んできても良いんだよ?」


「いい加減にしないとそのデカ乳もぐぞ」


「霧立の変態ー!セクハラー!」


 瞬間、クラスに残っていた人が騒がしくなる。


「え?なに?セクハラって」


「もしかして、痴漢?」


「うわぁ……」


 最悪だ。こいつの所為だ。幼なじみで美少女でスポーツ万能で巨乳でクラスの人気者な水原 陽花みずはらひか


 いつも一人でいる俺に絡んできてはちょっかいを出してくる。


「はぁ……俺はもう帰るぞ。おら、そこどきなさい」


「はいはい、冷たいなー霧立はー」


「これがお前の正しい対処法だ」


「なにそれ!酷い!」


「ほんじゃあな」


「うん、じゃあねー」


 水原は笑顔で手を振るが俺は振り返らずに、そのまま廊下を進む。


 俺は階段を早歩きで降り、下駄箱の靴をだし履く。置いてある自分の傘を取ると急ぎ足で正門から出た。


 しばらく歩いたら、速く歩くのをやめて普通の速度で歩く。


 そして、いつものように病院の前を通ろうとした。


 その時、俺はふと病院の方を見た。そこには、雨に打たれて濡れている車椅子の女がいた。


 歳は同い年ぐらいだろうか、病衣を着ており黒い長髪だった。


 その子は空を見ていた。顔に雨粒があたっているにも関わらず。


 そして、その子は視線を感じたのか上を向くのを止めこちらを見た。


 目が合った。


 その子は俺を見ると笑った。何処かで見たことのある笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨の日、俺は君と出会う。 レイ @rey0331

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ