第22話 這い寄る黒い影
じゃれ合いもそこそこに、僕らは機械兵器がうろつく危険なエリアに差し掛かった。
敵の霊力反応を感知したヒノアの合図で、僕らはなるべく気配を消して霧の中に目を凝らした。
すると、前方からトビバチらしきものの青い羽が見えてくる。呪術性のものは何かと光るので、こうした深い霧の中でも見つけられるのは助かる。
「敵複数。こちらから奇襲します」
ヒノアの指示に頷き、僕ら前衛の三人は前に出る。そして視認できた二体のトビバチに向けて先制攻撃を仕掛けた。
「はあっ!」
僕と青い炎の矢とミネットの緑の炎の矢がそれぞれトビバチを撃ち落とし、エコナは僕らの背後を警戒する。熊蜂の姿を模した黒い機械兵器の沈黙を確認し、まだいるであろう敵の姿を探り、例のムカデ型機械兵器の出現にも備える。
やがて仲間から敵襲の信号を受け取ったクロオニが現れた。ダム湖遺跡での戦いと同じパターンだ。あの時の恐怖が僕の脳裏を掠める。だが、本当に掠めただけだった。
「落ち着いて撃破。三方から囲んで」
「分かった!」
「行くよ!」
エコナの指示に僕とミネットは左右に散る。そのとき背後から勇壮な笛の音が響き、それに応じるかのように霊力が湧いてきた。ヒノアさんの呪術補助か。ありがたい。
そして今度は僕がクロオニのそれにも劣らない青き熱線を放つ。狙いはコアを内包する胸部。その一撃はクロオニを右腕ごと吹き飛ばした。
「相変わらず火力やべーな、ソウ」
「これで、とどめっ!」
崩れ落ちるクロオニに向かって飛び上がり、貫通力の高い炎の矢を引き絞るエコナ。
しかし、
「増援、来ますっ!」
ヒノアさんが叫ぶと同時、エコナは攻撃の手を止めて上空へ舞い上がった。そしてさっきまでエコナがいた地点を青い炎の弾道が切り裂いた。
攻撃の飛来した方を見遣ると、クロオニが一体、トビバチが三体、霧と木々の向こうから出現したのだ。
「クロオニがもう一体……!」
思わず歯を食いしばる。一体目のクロオニもまだ倒しきれていない。この場合どうすればいいのだ。
「いったん退いて態勢を整える! ヒノア、脱走経路を! ミネット、
エコナが声を張り上げると、ミネットはぎりぎりと金属の軋む音を立てながら体勢を立て直そうするクロオニの前に躍り出て翠玉色の炎を練った。
「――起きて、
ミネットが自らの魂に由来するアニマの炎の名を呼んだ。
「あれは、あの時の……!」
そして彼女の展開する炎に
「っ……!」
眩しさのために目を覆っていた腕をどかして見ると、クロオニは金属製の胸部を切り裂かれて燃える
そんなことを思っている間にも、視界を取り戻した増援たちが彼女を攻撃しようとしていた。
「させるかっ!」
僕はとっさに炎を地面に流し、蒼炎の地吹雪がクロオニたちを襲った。炎はそのまま機械兵器を取り囲むようにして拘束し、身動きを封じる。
「ありがとう。そのまま抑えてて!」
そしてミネットは覚醒した炎を薄く広範囲に展開。それを機械兵器の方へ振りまく。
すると霧状に広がった緑の燐光の中で無数の電光が瞬き、鳴り響くさざめきと共に辺りは大量の花火に包まれた。それは、今が戦闘中であることを忘れるほどの美しさだった。
「何だ、これは……」
「これで奴らは当分動けない。退くよ」
「う、うん」
「皆、こっち!」
ヒノアが後方で手を振っていた。彼女の誘導に従って僕らは戦線を離脱した。
たどり着いたのは森の中にぽつんと建つ廃墟の四階建てマンションだった。鉄筋コンクリート製の茶色の壁はひび割れ、ツタに覆われ、ガラスの多くも無惨に割れている。駐車場のアスファルトも雑草のせいでボロボロだし、どこに道路が続いていたのかも判然としない。その代わりと言っては何だが、可愛らしい小川がそばを流れていた。
「ここでいったん休もうか」
ヒノアさんはそう言って廃マンションのエントランス内へ案内する。瓦礫やガラスが散らばってはいるが、身を隠すには丁度よい。
「ミネット、大丈夫?」
エコナがミネットの身を案じると、彼女は「うん、平気」と気丈に笑ってみせ、ベルトに提げた竹の水筒に口を付けた。中身は霊力回復用の
「まだ真打が現れていないし、残りは覚醒なしで倒さないとね」
「ミネットのは特に消耗が激しいからね」
なるほど。強力な切り札には相応の代償、か。
「よりによって電気の覚醒。あれじゃ機械兵器の装甲も意味を為さないな。さっきの技もコンピューターや電波を狂わせる効果があった訳だ」
僕が独り言ちると、ミネットとヒノアさんは頭上に「?」を浮かべてこちらを見た。長命で物知りなエコナだけは僕の言っていることが理解できたようだった。
「え、どういう意味? それに、こんぴゅ……何だっけ」
「あー、まあ要するに相性がいいってことだよ。まさに機械兵器を倒すために得たような力だ」
「機械兵器を、倒すために得た……」
「そう。機械兵器殺し、機械兵器特攻だ」
「ふおおおぉ……」
自尊心をくすぐられる謳い文句に瞳を輝かせるミネット。実際、覚醒というものは使用者のステータスや因果の流れを読み取り最も適した能力を発現させてくれる。もちろん習得は容易ではないし、反動も無視できないが、使いこなせば間違いないく心強い奥義となってくれるのだ。
「ああ、いいなあ覚醒。僕も早く習得して……」
壁際にもたれかかって座っていた体を起こし、何の気なしにエントランスの奥を見に行こうとした。その時だった。
目の前に真っ黒な人影が立っていたのだ。
「は……?」
影だ。輪郭があるだけの人型の闇だ。
背筋に冷たいものが走る。冷や汗が吹き出し、本能が警鐘を鳴らした。あれは
「ゴースト……!」
僕に続いてそれの存在に気付いたヒノアさんが弾かれたように立ち上がり、僕の腕を引く。エコナとミネットも気が付いて息を飲んだ。
「ソウ君。ここを離れましょう。あれを刺激しては駄目……」
だがそのとき、ゴーストと呼ばれた人影の顔面から真っ赤な口が開き、辺りに黒い
「タチサレ……ココカラ……タチサレ……ボクノ……イエ……」
次の瞬間、子供の金切り声をさらに甲高くしたような高音が鳴り響いて耳をつんざく。辺りを闇が包み込み、気持ち悪い浮遊感が襲った。
「ソウっ!」
エコナが僕の名を叫び、手を伸ばす。
「エコナ! くっ……」
僕もそれに応じて手を取ろうとするが、互いの指は無情にも宙を掻いた。動揺に揺れるエコナの瞳だけが、濃くなってゆく闇の中に彩られていた。
僕はとっさに彼女を安心させてあげなければと思い、ヒノアさんの小柄な体を片手で抱き寄せ、庇う格好を取りながら気丈にエコナを見つめ返した。
――大丈夫。
言葉にはならなかったが、何とかそれだけを伝えようとした。何も大丈夫ではないし、今から僕は死ぬのかも知れない。でも何とかするから。どうか、伝わってくれ。
僕らはこんなところで終わるわけにはいかない。そうだろう?
……そして瞬く間、夜の海に投げ込まれたような感覚。かと思えば、体は地面の感触を取り戻し、視界も元に戻る。だがそこはさっきまでいた廃マンションではなく、水晶と霧の森のど真ん中だった。
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