第20話 ここで君と生きていく。それが僕の選んだ契約だった

「どうだっ」


 僕はまだ息を切らしながらエコナからの「参った」を促した。しかし、エコナの反応は飄々ひょうひょうたるものだった。


「……で、どうするの?」

「……え?」


 思わず素の疑問が零れる。


「ここから、どうしてくれるの? どうやって私に参ったって言わせる?」

「なに、言って……」


 その目は、明らかに期待をしている目だった。エコナの頬が紅潮するのに同調して僕の顔も一気に火照っていく。

 若草色の髪は艶っぽく濡れそぼり、チュニックの生地が体に張り付いている。僕はそんな彼女の妖艶な姿から目が離せなくなり、胸の底から甘ったるい熱がこみ上げてくるのを感じた。


「……あ……いや……」


 何か言おうとしても言葉にならず、気が付けば僕はエコナから体を離して河原にへたり込んでしまった。思考は急速に冷めていったのに対し、心はこみ上げる熱っぽさと息苦しさに痺れていた。


 ……何だ、この感情は。理性が吹き飛ぶかと思った。胸の高鳴りが抑えられない。まだ指先が震えている。

 気が付かなかった。僕はこれほどまでにエコナのことを女として見ていたのか。

 そうだ、これは恋だ。


「……ごめん」


 うつむいたまま口を突いて出たのは謝罪の言葉だった。それは彼女を劣情によるものでないにせよ押し倒してしまったことへの、そして彼女の期待に応えてあげられなかった己の情けなさに対してものだった。

 すると、エコナは僕の隣に腰かけて少しだけ体重を預けてきた。静寂が戻り、辺りに川の水音と鳥の声が木霊する。


「ううん、私こそ悪戯が過ぎた。ごめんなさい。ソウから誘われて、こうして二人きりで遊べたことが嬉しくて、ついはしゃいじゃった」


 照れくさそうに苦笑いをするエコナ。僕の胸に純粋な愛おしさがこみ上げてきて、自然と彼女の手を握った。


「ソウ……?」

「誤解のないように言っておくけれど、僕にとってエコナは大切なひとだ。でも、僕はずっと自分の気持ちに向き合おうとしなかった。どうやら『生きようとする勇気に欠けている』らしいんだ。だから命が惜しくなるようなものを作らないようにしていたのかも知れない」

「ど、どうしてそれを……っ」


 かつて自分がこっそりミネットに話した言葉をソウ本人の口から聞いて、エコナは分かりやすく動揺した。


「まあ、いいから。今ようやく理解したんだ。やっぱり僕はエコナと結ばれたいし、この集落でエコナたちと幸せに暮らしたい。だから……まだ死にたくない」


 そう告げると、エコナは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめた。


「よかった……あなたの口からそんな言葉が聞けて」

 僕は何と返したらいいのか分からず、こくりと頷くばかりだった。


「正直、ソウが私を求めてくれるとしても、それはしばらく先になるって思ってた。もともとは私から一方的に押し付けた想いだったし、あなたに迷惑をかけていることも分かっているつもりだったから。すぐに返事が聞けなくても構わないって、そう思っていたの」

「うん」

「だから、ちょっと意外。でも嬉しいよ、すっごく」


 そう言ってエコナは強く抱擁してきた。水に濡れているせいなのか、反って互いの温度をはっきりと感じた。


「エコナにこうして貰えると、安心する」

 緊張が抜けて、僕はもたれ掛かるように頬を彼女の肩に寄せた。


「じゃあ今度からは遠慮なく、たくさん抱きしめてあげる。あなたがどこかへ行ってしまわないように。私があなたにとって羽を休める場所でいられるように」

「ん……ありがとう」

「大好きだよ」


 僕はその言葉に応えるように、彼女の背中に腕を回した。

 互いの気持ちを確かめ合い、共に生きるために試練に立ち向かう覚悟を固めながら、僕らはいつまでも抱き合っていた。それはただただ幸福なひと時であり、彼女の腕の中は間違えようもなく僕の居場所だった。





 やがて帰路に就いた後、びしょ濡れになった僕らを見たミネットやリクトさんにどうしたのか尋ねられたが、僕とエコナは何も言わず、ただ顔を見合わせて笑うだけだった。

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