第16話 火花散らす青と緑の焔

「……始めっ!」


 掛け声と共に、ミネットが地面を蹴った。

 そのまま地表を滑空し、一気に肉薄してくる。両手に灯した緑の炎はひと振りの槍となって握られていた。


「なっ!」


 予想外の攻めに息を飲む。とっさに炎の盾を展開。半球状に広がった青い炎にミネットの炎の槍が打ちつけられた。推進力と爆発力が掛け合わされた横なぎの一閃に盾が大きく揺れる。


「ちっ、硬いなあ……!」


 攻撃の反動を殺すようにくるくると横回転しながら空中で姿勢を立て直すミネット。


「近接戦って……まじか」


 ミネットの方へ向き直りながら苦々しく歯を食いしばる。アニマの炎を使った戦闘は、飛び道具による中遠距離戦が基本だ。人間の世界でも朱雀脚ずざくきゃくが得意な使い手がその機動力を活かして相手の不意を突く近接技を仕掛けることがあることにはあるが、初手で真正面から近接戦を挑むだなんて戦い方は聞いたことがない。これも蜻蛉燐羽せいれいりんうの飛行能力がなせる業か。


「ほら、ぼーっとしてたら刈り取られるよっ!」


 再び突進してくるミネット。だが二度も同じ手は食らわない。青いアニマの火の粉を放射状に放つ。散弾のような浅く広範囲の攻撃で近距離からミネットを迎え撃った。

 が、ミネットは槍の穂先に灯る炎で円錐形の盾を展開し、強引に突破してくる。くそっ、身軽な上に隙がない!


 背筋に冷たいものが走る。とっさに脚に炎をまとわせ、朱雀脚の推進力で横っ飛びに回避。上手く姿勢を制御できずに体は地面を転がった。

 僕の立っていた場所に炎の槍が突き刺さった。ミネットは地面に刺さった槍を手放して新たな槍を生成すると、体制を崩した僕に容赦なく襲いかかる。


「くそっ」

 かろうじて炎の盾で防御するが、上段から振り下ろされた槍が絶えず小爆発を起こして盾を削ってくる。


「どう? 降参する?」

「……だ、誰がっ!」


 右手を地面に置き、今まで加減していた火力を一気に開放する。自らを中心に青い火柱の渦が巻き上がった。


「おっと」

 すかさずミネットが体を引く。ひとまず攻撃の手を止めることはできた。


「いいじゃん。もっと全力で来なよ。あたしもそろそろあったまってきたっ」


 そう言うや否や、ミネットの姿が消えた。

 僕の周りを高速で飛び回りだしたのだ。直線的に、緩急をつけて、星座を描くような動きで僕をかく乱してくる。これでは攻撃のしようがない。火柱を保ちつつ、自身を護るようにそれを展開させた。


 ミネットの浅い打撃が全方位から襲い来る。火柱で防御しながらそれに反撃を加えようとしたが、エコナの全力を上回る彼女のスピードに全くついて行けない。

 だめだ。完全に相手のペースに飲まれている。パワーで押し切ろうにもこれでは無駄撃ちになってしまう。それに仮にモロに食らわせてしまえば、それこそ致命傷にもなりかねない。


 ひとまず相手のスタミナ切れを待つか。そう考えた時だった。

 頭上から、嫌な気配がする……!


「――防ぎなよ」

 真上から炎の槍を振り上げるミネット。その構えは、振り下ろすというよりは……投げ下ろすような……。


 その一撃は、まるで雷だった。

 穂先に爆発力を込めた槍の投擲とうてき。一瞬で地に落ち、閃緑せんりょくの大爆発を起こした。


「ぐあっ……!」

 防いだ。何とか防ぎはした。だがその衝撃を殺しきることはできなかった。体は宙を舞い、青と緑の火の粉をまとって草むらに倒れ込んだ。


「ま、こんなものかな」

 涼しい顔で地に降り立つミネット。そしてリクトさんに向かって「どうする? 続行?」と尋ねた。


「そうだなあ、ちょっとこれ以上はきつそうだし――」

「待って……ください」


 リクトさんの言葉を遮って、ふらふらと立ち上がる。


「お、立った。やっぱり結構防がれてたかあ」

 ミネットが悔しそうに首を傾げた。


「でもね、やっぱりあんたの覚悟はその程度だよ。まだまだ恐れを克服できていない」

「そんな、ことはっ……!」


 ミネットを睨みつけ、戦う意志を見せる。だが、ミネットは「ちっちっち」と人差し指を振ってみせた。


「死の恐怖もあるけどね。あんたは相手を傷つけることを恐れている」

「……は?」

「戦いにおいて優しさを捨てきれていない。だから後手に回ろうとする」

「……」

「いや、違うね。戦いだけじゃない。あんたって何か、『自分』がない」


 ……何を、こんな時に何を言っているんだ。


「エコナからあんたのことを聞いてもさ、変な奴としか思えないの。さらわれても逆らわない。好きって言われたから受け入れる。危険にさらされているやつを見たら無謀でも助ける。自分のエゴよりも理性、正義、ヒューマニズム。自分が正しいと思ったことのためなら死んでもいいとでも思っているみたい」

「やめろ」

「やめない。この前の仕返し。あたしは自分のエゴに従うよ。その方が楽しく生きられるもの。そしてそういう奴の方が戦場では強いの。あんたに足りないのは、そういう覚悟」

「ちょっと黙れよっ……!」


 頭に血が上った。挑発に乗るな。だが、抑えられない。内側から炎がごうごうと湧きおこる。以前に彼女に抱いたものとはまた別の種類の怒りだ。いや、それは恐怖に対する防衛反応なのかも知れない。自分の正体を暴かれることに対する恐れだ。


「そんな風に、僕を……語るな……!」

「あはっ、いいよ。その目。その表情。そういうのを待ってたの!」


 ミネットは無邪気に笑いながら炎を展開し、槍を構えた。


「ほら、全部出しなよ、その感情。全部あたしにぶつけてよ。きっと楽しいから!」


 煽情的な言葉と共に宙に舞い上がるミネット。

 僕の中で何かが切れた。殺す、とまでは言わない。でも、認めさせたい。ミネットに、この戦いを見ている全てのひと達に、見せてやりたい。何を? 分からない。だがとにかく、今すぐにでも彼女を黙らせてやりたいのだ。


 そのとき、一つの作戦を思いついた。エコナのあの技と同じだ。まずは当てればいい。それも、いくらミネットが高速で飛び回ろうとも関係ないくらいの圧倒的な物量で。

 僕の周囲を取り囲むように大量の蒼い炎を展開する。本物の炎のように何かを燃やすことで状態を維持する必要のないアニマの炎は、まるで大海を泳ぐ鰯の群れのように煌きながら自在に広がり、うねる。これこそが加減なしの火力全開の構えだ。


 そして炎の一部を触手のように伸ばし、ミネットに襲いかかった。


「……っと!」


 直線的な一撃目はやすやすとかわされる。だが構わない。二度、三度と絶え間なく攻撃を重ね、素早く飛び回るミネットを力ずくで捉えにいく。

 攻撃自体は遅い。ミネットは隙を見て炎弾をこちらに放ってきた。しかし周囲に展開させた大量の炎によって容易く防がれる。


「やりにくいなあ……!」

 ミネットが憎たらしげに歯を剥く。


「スピードについて行けないなら、防御を固めて殴ればいい!」


 そうだ。やっていることはさっきと変わらない。ただ加減を取り払って、炎を攻撃にも回すことで相手のペースを乱しているのだ。

 もちろんこの構えは霊力の消耗が激しい。さっきから心臓が異様に大きく脈を打っていて、息も切れ切れだ。ちょっとでも気を緩めると立ちくらみそうになる。だが今の自分にはどうにかコントロールできる。


「負けたくないっ。ここで、君に認めさせるんだ! 僕が、エコナの隣で戦うことを。そのためなら……っ!」

「ふふっ、いいじゃん……!」


 青い炎の手と緑の炎の槍が交差する剣戟の中、僕らの熱は最高潮に達していた。

そしてミネットは再び星座を描くように高速で飛び回り出した。

 それに対して僕は炎を周囲に集め、青色の煙をまとうような格好になる。盾のように硬くバリアを張るのではない。柔軟に、物量に任せた衝撃吸収の構えだ。


 ――恐らく、次の一撃で決まる。僕はそう直感した。彼女の一撃を防げなければ、僕は戦闘不能になるか、リクトさんの審判によって負けが確定するだろう。だが僕にも策があった。上手くいけば、ここで形勢を逆転できる。


 そして、ミネットは僕の死角から電光石火の突きを繰り出した。

 それは密度の低い炎を貫いて守りを突破したかに見えた。が、その直前で青い炎が吹き上がり、一気にミネットの全身を包み込んだのだ。


「捉えたっ!」

「なにっ……!」


 青い炎は一瞬でミネットを拘束し、そのまま絞め上げてしまった。


「ぐうっ……このままじゃ……!」

 うめくミネットの表情に焦りの色が見えた。


「さあ、このまま締め落とすもよし。爆発させるもよし、だよ。降参する?」


 戦いを眺めていた住人たちのどよめきが聞こえた。まさかミネットから一本取るとは思わなかったのだろう。僕だって少しびっくりしている。こんなに上手くいくとは。


「うっ、くっ……やるじゃん」

「誰かさんが焚きつけてくれたおかげでね」


 僕はニヤリと笑みを浮かべてミネットを皮肉る。


「……ふふっ」

「?」


 だが、ミネットの方もまた不敵に微笑んだのだった。



「――起きて、霹靂針かみときばり



 言下に、ミネットを拘束していたアニマの炎が吹き飛ばされる。

 そして、彼女は翡翠の炎と共に檸檬色の電光をまとっていた。


「で、電気……っ?」

 それは、さながら雷雲。燐光のように漂う炎の中でバチバチとほとばしる閃き。彼女のアニマの炎は、電撃という新たな属性を帯びていた。


「もう、手加減しないから」

「……おいおいおい」


 これは、ヤバくないか。


「やああぁーっ!」

 そして雷電の炎を槍として振りかぶり――、



「――そこまで」



 僕とミネットの間にエコナが割って入った。

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