第14話 そして、未来の話をしよう
「もし私たちに失望したとしたら、ごめんなさい」
黙り込む僕に、エコナはやや伏し目がちに言った。
「そうじゃ、ないんだ。……聞けてよかった。ありがとう」
するとエコナはくすぐったそうに微笑んだ。
「私たちは望んで地上に受肉して存在しているし、霊体に戻って精霊界と行き来することもできるけれど、人間はあまりに不自由すぎる。おまけに人の一生は楽しむにはあまりに短くて、耐え抜くにはあまりに長い……」
「でも、それじゃあ……エコナは、どうして地上で暮らしているの?」
そう尋ねると、エコナは虚を突かれたような顔をして少しの間思案した。
「そうね……どうしてだろう? 最初は物質界に受肉できるようになったことが面白そうで行ったんだけれど、物質に縛られる生活っていうのも新鮮で楽しかったし、他の妖精たちも気付いたら地上に受肉していて……今はもう物質界と精霊界の境界があいまいになっちゃったからね」
「エコナは、ここで生きていて辛くはない?」
その問いかけに、エコナは遠い目をした。
「精霊界にいても別れや思い通りにならないことはあるよ。でも……十年前、西の平原にあった集落が攻め滅ぼされたときは、心の底から消えてしまいたくなったなあ……」
十中八九、トウノ呪機商会の侵攻だろう。リクトさんの話と照らし合わせるに、恐らくエナに進出して間もないころだ。
「受肉した精霊には肉体の死という概念が発生する。たとえ霊体が死なずとも肉体は消滅する。いちど器を失った霊体が再生するのは簡単なことじゃないから、仲間とは当分お別れになっちゃう。中にはトウノに連れ行かれた仲間もいた……」
リンゴをかじるエコナの手が止まり、若草色の瞳に悲しげな青が差した。
「そうだね……何で百年も飽きずに地上に留まっているんだろう。私にもよく分からないなあ……」
「エコナ……」
ようやく僕は理解した。彼女が時折見せる、怒りと悲しみが入り混じった表情の訳を。
――だから戦うの、私は。
そう言った彼女の横顔の意味を。
ニンフと人間、そして世界、何が味方で誰が敵かなんてこと簡単には断言できない。だがこれだけは言える。僕に居場所を与え、僕を愛してくれると言ってくれたエコナは僕にとって味方だし、僕もエコナの味方でありたい。
そのために、いま僕ができることは……、
「エコナ。僕に修行をつけてください」
「……え?」
エコナが目を丸くして顔を上げた。
「僕はまだまだ弱い。戦いも、心も。でも、エコナが仲間のために戦うのなら、僕がそれを支えられるように鍛えて欲しい」
「でも……ソウには危険な目に遭って欲しくない。あなたはここで幸せに暮らしていればいいの」
「頼むよ。一つくらいこっちの我がまま聞いてくれたっていいでしょ? 僕はエコナの隣に立っていたい。そして、その先で人間とニンフが共存する道を探したいんだ」
「共存……?」
エコナは僅かに目を見開いた。
「うん。もちろん、自分勝手な好奇心と独善だってことくらい分かっている。……それでも」
そう言って僕は頭を下げた。
「――独りには、なりたくないんだ」
「……」
そのときエコナがどんな表情をしていたかは分からない。だが僕の頭の上に置かれた手が、その答えだった――。
僕らは家の裏の竹林へやってきた。ある程度開けた空間があって、エコナは普段そこで訓練をしているらしかった。
「じゃあ、始めるね」
「お願いします」
僕はエコナに向かい合い、手をぐっぱっと握って気持ちを整える。
「まずはソウの今の実力を確認したい。構えて」
「うん」
僕は右手を前にかざし、青いアニマの炎を灯した。
「じゃあ今から私が飛び回るから、できるだけたくさん攻撃を当ててみて」
エコナは背中に四枚の
スピードは加減してくれている。大丈夫だ、捉えられる。
右手からアニマの炎を放つ。短い距離ならコントロールが容易な単発の火炎放射だ。
だがそれは寸の所でかわされた。スピードは上げていない。単に僕の狙いが甘かっただけだ。炎をエコナの逃げた方向へ薙ぎ払うが、それもあっさりと避けられてしまった。
「くっ……」
「ほら、続けてっ」
なら弾速の早い炎弾でどうだ。
手の平に火球を作り、それを一気に放つ。だがそれも当たらない。力任せに複数同時に放つが、一発エコナの炎の盾にかすっただけだった。
「コントロールはいまいち。火力と弾速はまあまあだけど、繊細な制御は苦手かな」
すごい。この数手だけでここまで僕の弱点を見抜いてきた。
「相手に当てるだけなら、攻撃的な熱線や炎弾だけじゃなくて炎自体の柔軟性を活かすことも一つだよ。こんな風にっ」
エコナは防御の炎から攻撃の炎に切り替え、その緑色の火炎を地中に伸ばす木の根のように飛ばしてきた。幾本もの炎の舌が、ときに回り込むような動きで全方位から襲いかかる。
逃げ場もなく、とっさに防御の炎を張り巡らせる。エコナの炎はあっという間に僕を包み込んで絞めつけた。両手を突き出し、球状の盾で抵抗。途中から巻き付いた炎が何度も小爆発を起こしたが、それも耐え切った。
「わあ、防御固いね。この程度じゃビクともしない。霊力自体はかなりのものだから、それを活かしたパワーファイターが向いているみたい」
そう言ってエコナは炎の拘束を解いた。僕もひとまず防御を解いて、基本の構えに戻る。
「確かに都市に住んでいたときも何度かそうアドバイスされた。だから盾は得意だったけれど……」
「けど?」
「加減ができないんだ、炎の。暴走して、相手を傷つけるのが怖くて、いつも抑えていた」
「で、その加減も何も取っ払った結果が、あの一撃ってこと?」
エコナが言っているのは、僕がクロオニを打ち倒したあの捨て身の熱線のこと。
「うん。あんな全開で撃ったのは初めてだったから、自分でも色々驚いている。でも上手く炎の制御ができるようになれば、命中精度も、威力の加減も、あと
すると、エコナは空中で考え込むようにふらふらと漂った後にこう告げた。
「じゃあ、加減しなくていいよ」
「へっ?」
身も蓋もない発言に、僕は素っ頓狂な声を上げた。
「これからソウが戦うにせよ、狩りをするにせよ、相手をいかに速やかに確実に壊すかが重要になってくる。だから全力で大丈夫」
「で、でも力が暴走すると反動がきついし、一気に霊力を使い果たすようなこと繰り返していたら……」
「分かってる。でも使ってみて初めて勝手が分かると思わない? 火力が急に跳ね上がるじゃじゃ馬加減がソウの炎の特性なら、跳ね上がる瞬間を記憶することで制御の仕方も身に付くと思う」
「なるほど……でも、それでエコナに迷惑をかけるかも知れない」
すると、エコナは僕をからかうように微笑みを投げかけてきた。
「ふふっ、私の実力を見くびられちゃ困る」
そう言いながら地上に降り立ち、僕と相対する。
「私が全力で受け止めるし、暴走したらちゃんと止めてあげる。だから安心して?」
なんという暴力的な包容力だろう。照れてしまってまともに彼女の目を見られなかったが、同時に胸の底から湧き上がる温もりも感じた。
「……ありがとう」
「いいえ。じゃあまずは狩りの技法から教えるね」
「……狩り?」
「こら、不満そうな顔しない。私を支えるなら、先に獣を狩ることも覚えること。ちゃんと機械兵器との戦闘にも役立つんだから」
「……りょうかい師匠」
「よし」
エコナは満足げに、聞き分けのいい弟子の頭を撫でようとした。が、その手はふと止まり、彼女の表情がにわかに曇った。
「……?」
「ねえ、加減しなくていいって言ったけど、さすがに前みたいな後先考えないレベルのフルパワーは止めてね」
「ああー、そうだね。あれは本当に反動がきつかったし」
「……うん、それも……そうなんだけど……」
何か煮え切らない様子のエコナ。他に心配なことでもあるのだろうか。
「……あなたの紅い目、あのとき燃えていたから。それが気がかりで」
「燃えていると何か不味いの?」
……いやいや、不味いことしかないだろう。自分で言っておいてあれだが。瞳が文字通りに燃えるなんてこと普通はあり得ない。
「……ごめん、忘れて」
「ちょっと待ってよ。何? 僕の目ついて何か知っているの? やっぱりこの目は……」
「大丈夫だからっ。ソウは何も……何も気にしなくていいの」
エコナの余裕を欠いた様子に、否が応でも冷や汗が浮かぶ。僕はこの目のせいで色々と憂き目に遭ってきた。それは言わば身体的差別というやつだ。両親を失ったことも、霊力のコントロールが効かないのも紅い目のせいだと気味悪がられたこともあった。
ただ、ニンフは瞳の色が変わっているからと言ってどうとも思わないという旨のことをエコナ本人が言っていた。だとすればエコナは何を焦っている? この目には単に紅い以上の意味が隠されているのではないのか。いや、きっと何かがある。しかしエコナはそれを教えてはくれなかったし、聞くべきことではないようにも思えた。
「ソウ、あなたはどうか最後まで私の味方でいてね」
「? ……もちろんだよ」
訳が分からない。
それは僕のセリフだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます