第4話

 表が実に派手なことになっている中、


 アリスさん……。今、助けに行きますからね……。


 人気のない裏口から、リーベがこっそりと入ってきた。


 あまり綺麗ではない台所を抜け、アジトを南北に縦断する廊下に出ると、


「おや、またあったでござるな」

「はい。先ほどぶりです」


 北側の突き当たりにある部屋の前で、ミフユが腕組みをして待ち構えていた。

 彼女の後ろにあるドアの向こうから、リーベはマリアの気を感じた。


 気力十分なことを見抜いた彼女は、楽しげに笑って刀の柄に手をかけ、床を踏みしめて臨戦態勢りんせんたいせいに入る。

 お互いに一歩踏み込めば、それぞれの斬撃が届く距離まで、リーベはやってきた。


「では、いざ尋常に勝負でござる」


 頷いたリーベが剣を構えたのを見ると、彼女は代名詞である、神速の居合い斬りを繰り出す。


「――ッ!」


 その動きを完璧に見切ったリーベは、剣の腹でそれを受け止めた。

 リーベとミフユは、お互いにバックステップで下がり、また間合いが空く。


 ふむ……。やはり拙者の思った通りでござるな。


 リーベの常人離れしたパワーのせいで、ミフユは刀を握る手にしびれを覚えていた。


「……来ないんですか?」


 ピタリと動かなくなった彼女に、警戒を解かないままリーベがそう訊く。


「いやはや。恐れ入ったでござる」


 降参でござる、と言って刀を納めたミフユは、スッと殺気を引っ込めてしまった。


「……はい?」

「いやー、拙者、初手の居合いを見切られると、実に凡庸ぼんような剣士でござってなぁ」


 カッカッカッ、と自虐的に笑ったミフユは、それではさらば、と言って、その場から去って行った。


 何なんだろうあの人……。


 ミフユの適当さ加減に、リーベはしばし呆れていたが、アリス救出には願ったり叶ったりなので、気にせず目の前のドアを開けた。


 アリスがひどい目に遭わされているだろう、と、リーベは予想していたが、


「あら、リーベさん。迎えに来てくれたのね」


 彼女は安楽椅子に腰掛け、優雅に夕食後のティータイムを楽しんでいた。

 部屋の中には暖炉もあり、清潔な床に毛皮の絨毯じゅうたんが敷かれているなど、実に丁重なもてなしを受けていた。


「……はい。帰りましょう、アリスさん」


 元気そうなアリスの様子に、胸をなで下ろしたリーベは、そう言ってその表情をほころばせた。


                    *


「さてと、これで片づいたね」

「だな」


 表で暴れていたポラリスとマリアは、やれやれ、といった様子でそう言う。


「お家帰りたい……」


 50人以上のモヒカン達が、あちらこちらで伸びていた。


「おや、そこに居るのはポラリス殿とそのお師匠様ではござらんか」


 ひょっこりとアジトから出てきたミフユが、ご機嫌な様子でやってきて、そうポラリス達に話しかけた。


「おう。やっぱりお前も絡んでたか。えっと……、『珍走ちんそうのゴザル』だっけ?」

「いや、覚え方が雑でござるよう……」


 芝居がかった動きでつまずいたミフユは、『神速のミフユ』でござる、と訂正ていせいした。


「スマンスマン。お前の名前だけなんか覚えづらくてな」

「えぇ……」


 わざとらしくそう言うポラリスに、そりゃないでござるよー、とミフユは困った顔で笑みを浮かべて言う。


「ところでポラリス殿。1つ手合わせを――」

「断る」


 やったらこの辺り一帯吹き飛んじまうよ、と、ポラリスはやたらスケールのデカい理由で、うずうずしている様子を見せるミフユからの申し出を断った。


「それは残念でござるな」

「おう。ただっ広い荒野とかで会うまで待て」

「気の長い話でござるなー」

「ババアになる前に会えたら良いな」

「うむ。しかし、それもそれでまた乙でござるな」

「達人になってまでお前とやる意味ねえよ」

「かーッ! つれないお人でござるなー」


 格闘家みたいな事を言い合い、仲良さそうにする2人を見て、


「……むぅ。私のポラリスなのにぃ……」


 ゴーレムの肩にいるマリアは若干ねていた。


 そんな彼女をゴーレムがなだめていると、マリアを抱いたリーベの姿が見えた。


「おっ、これで帰れるな」

「やれやれでござるな」


 その姿を見て、ポラリスとミフユがお互いを労っていると、


「やや? 地震でござるか?」


 突然、地面が突然揺れ始め、アジトが真っ二つに割れた。


「まさかコレを使うハメになろうとはな!!」


 それと同時に、ハイテンションな若い男の声が聞こえ、腕組みして仁王立ちする、青い塗装がされたゴツいよろいが地面からせり上がってきた。

 それを見て、転がっていた雑魚達が起き上がり、蜘蛛くもの子を散らすように退避たいひした。


「なっ、何ですかあれ!?」


 慌ててポラリス達の元にやってきたリーベが、驚愕きょうがくの表情でその鎧を見つつ、ポラリス達に訊ねる。


「何かと思えば魔導式自動鎧じゃねーか」

「おお、まだ残っていたでござるかアレ」

「男の子ってああいうの好きだよねー」

「わぁ。強そうねぇ」


 慌てふためくリーベと違って、他の4人はその鎧を面白げにながめていた。


「フハハ! コレをただのロボと思うなよ!」


 胸の辺りにあるコクピットに、心底楽しそうなボスの姿があった。彼は東方地域の将軍っぽい、成金趣味な金色の鎧を着ていた。


「うわー、アイツアレが格好いいと思ってんのかよ」

「根が純真なんでござるよ。彼は」

「うるせええええ! ボスっぽくて格好いいだろ!」


 2人に思い切りあおられて、存在感が薄いマフィアのボスは、ロボの拳を突き上げて激怒した。


 ちなみにこのロボは、魔法石の魔力を動力にしている対ドラゴン用機動兵器だが、動きがいまいち鈍いせいで、肝心のドラゴン相手にはあんまり役に立たなかった。

 その上、経費対効果が悪すぎるため、10年ほど前にジャンルごと廃れてしまっている。


「やー、愉快な事になってきたね」


 ゴーレムに下ろして貰った、ふくれ面のマリアが、ポラリスをミフユから放すように抱き寄せた。


「ほー。相変わらず、お師匠様に愛されてるでござるな。ポラリス殿」

「うっせー! 見せもんじゃねえぞ!」


 ニタニタしているミフユにからかわれ、ポラリスは気恥ずかしそうに怒鳴る。

 だが、振り払おうとはしないため、ミフユは余計に面白がっていた。


「ちったあ慌てろよお前らああああ!」


 そんな甘ったるい物を見せられていたボスが、そうブチ切れて、操縦桿そうじゅうかんのボタンを親指で押した。


「ああああ! ゴーちゃんがー!」


 すると、頭の辺りからビームが出て、ゴーレムのゴーちゃんを吹っ飛ばした。


「だっせえ名前付けてんじゃねえよ!」

「えー、かわいいじゃーん」


 ポラリスは泣きそうな師匠を担ぎ上げると、大急ぎで逃げ始めた。


「ひぃー」


 その後を楽しそうな悲鳴を上げるミフユと、


「うふふ。冒険ってこんな感じなのね!」

呑気のんきなこと言ってる場合じゃないですよぉー!」


 エキサイトしているアリスを抱く、いっぱいいっぱいのリーベが続く。


「ホラホラホラ! 逃げてんじゃねえぞ腰抜け共!」


 すごく楽しそうな声を上げ、ボスはビームを打ちまくる。


 しかし、いかんせん動きが鈍いため、あっさり全員に逃げられてしまった。




 とりあえず5人は、北側の城壁まで逃げ、そこで作戦を練る事にした。


「おー、暴れてるでござるな」


 その上から、暴れるロボを観察していたミフユは、そう言ってから、少し下りたところにいる、ポラリスたちの元にやってきた。

 

 階段の登り口が岩で塞がれていたが、ポラリスによってどけられた。


「ここまで、逃げてきましたけど、何か策は、あるのですか?」


 息切れしているリーベは、全く息の乱れていないポラリス達3人にそう訊く。


「あの自動鎧、強さが半端過ぎんだよな」 

「御意。アレでは、拙者達が街に被害を出してしまうでござるよ」

「はいっ……?」


 しれっと2人がとんでもない事を言って、リーベを絶句させた。


「……あの、初手がどうの、というのは?」

「半分嘘でござるよ。拙者、馬に蹴られて死ぬのはごめんでござるからなぁ」


 意味深なウィンクをしてそう言ったミフユは、心底楽しそうに高笑いする。


「……馬に蹴られて?」

「拙者の地元の言い回しで、恋路こいじ邪魔じゃまする無粋者ぶすいものを――」


 話を思い切り脱線させていると、頭上をロボのミサイルが通過していった。


「アイツどんだけ改造してんだよ……」

「やー、男の子でござるなー」


 それが後ろの山に着弾した轟音ごうおんで、話題がロボ対策へと半ば強制的に戻った。


「とにかく、お2人が無理なら私がやって――」

「まあ待ちなよ。青いのは良いけどさ、もっと命を大事にしなきゃ」


 今にも飛び出さんばかりのリーベを、マリアはそう言って制し、


「ここは私に任せたまえ」

 

 そう続けたマリアは、ポラリスとアイコンタクトを取った。


「お、あれやんのか師匠!」


 マリアの意図を瞬時に察したポラリスは、興奮が抑えきれない、といった様子でそう言った。


「おーし、陣描いてくるぜ!」

「任せた」


 ポラリスは元気よく城壁の上まで昇り、さっきの要領でまた陣を描いていく。


「ポラリス殿すら興奮するとは、どういった術なんでござるか?」


 ミフユも興味津々の様子でマリアに訊くが、見てのお楽しみ、とはぐらかされてしまった。


「ならば拙者も見物させてもらわねば!」


 なおさら興が乗ったミフユはそう言って、ウキウキで階段を駆け上がった。


「あのちょっと皆さん! 出たら危ないですよっ!」


 怖い物知らずな流れ者3人は、そう言うリーベを完全にスルーする。


「せっかくだし、私も見たいわ!」

「アリスさんまで!?」


 彼女らの楽しそうな様子につられ、マリアまで上がってしまった。

 流石に自分だけ隠れているわけにもいかず、リーベも仕方なくアリスへついて行く。


「そこにいたか!」


 ボスは身をさらす5人を暗視装置で発見し、のっしのっしと彼女達の方へ向かってきた。


「ちょ、まだですかポラリスさん!」

 

 アリスの前に立って彼女を守るリーベは、鼻歌を歌いながら陣を描くポラリスを急かす。


「まーまー、焦んなって」


 慌てふためくリーベへ、余裕綽々よゆうしゃくしゃくな様子でポラリスはそう言う。


「できたぞ師匠」

「お疲れー」


 まもなく、やたらややこしい陣を全て描き終わり、ポラリスは師に場所をゆずる。


「はっはっは! 観念したかあ? えぇ?」


 マリアが目を閉じて詠唱を始めた事に気付かず、ボスは調子に乗ってそう叫ぶ。


「せめてもの情けだ、一瞬であの世に送ってやるよ!」


 もうすぐ射程圏内に入る、というところで、ボスは頭の砲身をリーベ達に向ける。


「もう逃げましょうよ!」

「まあだまって見てろって」


 ご機嫌な様子のポラリスは、リーベの提案を一蹴いっしゅうした。その目線は、とてつもなく長いスペルを高速で詠唱し続ける、自らの師に釘付けだった。


 マリアの足元の魔方陣が黄金色に輝き、吹き上がる魔力マナの粒子が、その全身を神々しく照らし始めた。


「『人類史上最高の奇蹟きせき』を生で見る機会なんて、そうねえぞ?」


 妙に饒舌なポラリスの表情は、サーカスを楽しみにする子供の様だった。


「フハハハ! 死ねええええ!」


 ボスがビームを発射しようとした瞬間、


「はあッ!」


 マリアは目を見開いて、右手を前方に伸ばし、気合いの一声を上げた。


 すると、マリアの足元にあるものと同じ陣が、ロボの足元に現れた。


「なっ、なんだぁ!?」


 それが赤色に輝き始めると、突然ロボが動かなくなり、その足元から青色の塗装が急速にくすんでいく。


「これは……。もしや……?」


 ポラリスの師の正体に気がついたミフユは、口を開けたままその光景に見入る。


 機体全体が輝きを失うと、魔方陣が2つとも消え、色つきのちりになって風に吹き散らされてしまった。


「……ふう」


 腕を下ろしたマリアは、再び目を閉じて一つ息を吐く。


「何が……?」


 座った体勢のまま、ひっくり返っているボスと同じく、リーベもあ然としていた。


「おいおい、知らねえのか?」


 そう自慢げに言って振り返ったポラリスは、少し言葉を溜めた後、


「あれが、師匠の編み出した最高の魔法、――『世界干渉』だ」


 興奮冷めやらぬ、といった様子で、師匠が成し遂げた偉業の名を告げた。


 超最上位魔法『世界干渉』は、物体を構成するものに干渉し、全く別の物に変えてしまう、というものだ。

 人類より優れた魔術適正を持つ魔人ですら、それを実現できた者は居ない。


「『世界干渉』……。あれが……」


 ポラリスの言葉を繰り返すリーベは、世界史上、最も偉大な魔術師を畏怖いふの目で見る。


「ポラリスー、疲れたからだっこー」

「子供かよ」


 『大魔導』の名にふさわしい、凜としていた表情が一瞬で崩れ、いつものマリアらしい脱力系の笑顔になった。


「おら、とっとと帰るぞ」


 マリアを軽々と抱きかかえ、リーベ達にそう言ったポラリスは、さっさと階段を降りて行く。


「……帰りましょうか、アリスさん」

「ええ」


 リーベとアリスは笑い合うと、彼女の後に続いた。




 空が白み始めている中、ミフユを除いた4人は市長宅に向かって進んでいた。


 ちなみにミフユは、全員が下まで降りたところで、


「では、拙者はこれで。さらばでござるー」


 と言って、大ジャンプしてどこかへ行ってしまった。


 道中、リーベは覚悟を決めて、思い出した自分の事について、マリアに一切合切いっさいがっさい話した。


「急に凜々りりしくなったと思ったら、そういうことだったのね」


 彼女はその事に恐れるでもなく、にこやかなままで、そうズレた返答をした。


「……怖く、無いんですか?」

「ええ。だってあなたが、とっても優しい人だって知ってるもの」


 どうして怖がる必要があるの? と続けたアリスは、手を伸ばしてそっとリーベの頭を撫でた。


「ありがとう、ございます」


 色々と恐れていた事が全て杞憂きゆうに終わり、リーベはホッとして笑みを浮かべた。


 それは、彼女が生きてきた中で一番のものだった。

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自由の街の大魔導 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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