第3話


「……。……はい?」


 そんな突拍子もない事実を聞き、リーベの目が点になった。


「なんで言うのー」

「うるせえ。いい加減、素直に認める事を覚えろババア」

「だって恥ずかしいんだもーん」


 仮にも『大魔導』な訳だしー、と、怒られる子供みたいに正座し、口をすぼめて言い訳するマリア。


「そんなんだから、2人して放浪ほうろうするハメになったんだろうが」


 開き直る彼女に、ポラリスはジト目で説教を始める。その様子は端から見ると、どっちが師匠かまるで分からなかった。


「反省してます……」


 全く……、と言って腕組みをし、鼻を鳴らしたポラリスの目が、一瞬だけ後ろめたそうに細められた。


「……」


 それを見たマリアは、すっくと立ち上がって、ポラリスを正面から抱き寄せた。


「まあそれは一旦置いといて、リーベ君の記憶を戻すよー」


 ポラリスの頭を数回でてから、マリアは間延びした声でリーベにそう告げた。


「今度は大丈夫なんですよね……?」

「う、うん! 九分九厘は上手く行くから!」

「不安煽ってどうすんだ」


 わたわたするマリアの額に、ポラリスは軽くチョップを食らわせた。


「うあー、暴力反対ー」

「いいから早くしろ。ったく……」


 悪態をついた彼女はマリアから離れて、その辺に落ちてる棒きれを拾って来た。


「んもう、せっかちなんだからー」


 じゃあ始めるよ、と言ったマリアの表情が、急に真剣な物へと変わった。


「ポラリスよろしく」

「はいよ」


 そう返事したポラリスが短く詠唱えいしょうすると、棒の先が光り出した。地面に触れさせて動かすと、その光がチョークで書いたようになった。

 リーベを中心に書かれる魔方陣は、かなり難解なもので、彼女にはサッパリ理解出来なかった。


 全て書き終わると、リーベはマリアに目をつぶるように言われた。

 彼女が頷いて目を閉じたのを確認すると、マリアは大きく息を吸い込み、もはや聞き取れないレベルの速度で詠唱した。

 スペルを唱え終わると魔法陣が金色に輝きだし、封じられていたリーベの記憶が解放される。


                    *



 人里離れた森の中、現在と同じ貫頭衣姿のマリアと、上下が一体となったカーキ色の戦闘服姿を来た、過去のリーベがたき火を囲んでいた。


 マリアに抱かれているポラリスは、厚手の布を身体に巻いて眠っていた。2人の地面との間に、妙に真新しい毛皮のカーペットが敷かれている。


『マリア殿。人間は何故、自由のためにどこまでも戦えるのだろうか』


 愛おしげにポラリスを撫でるマリアに、リーベはそう問いかけた。


『って訊かれてもねー。私、人間に感心無いから分かんないんだよね』


 そう答えたマリアは、あはは、と申し訳なさそうに苦笑いする。


『私に訊くより、自分の目で見た方が良いと思うよ』

『それは試したのだが、力不足か、『』の気を隠しきれなくてな』

『あー。君のは特段濃いもんねえ』


 分かるよその気持ち、と言って、マリアは深く頷いた。


 その一部が、人類と敵対する魔人族の上級戦士であるリーベだが、彼女は人間に対して恨みがあるわけでもなく、同胞達の過激な物言いに疑問を抱いていた。


『よし。無駄足にさせるのは申し訳ないし、私が一肌脱ごうじゃないか』


 大船に乗ったつもりでいてくれ、とマリアが胸を張ると、


『んん……。……もう出んのか師匠?』


 その動きのせいで、ポラリスが目を覚まし、寝ぼけまなこで彼女へそう訊く。


『いや。まだだよ』

『そうか……』


 マリアの返事を訊くと、ポラリスはすぐに眠り込んでしまった。


『そんじゃ、善は急げだ。早速始めるよ』

『何をだ?』

『例えるなら、人の皮を被せるって感じの術をかけるの』


 大司教レベルじゃないと、魔人だと分からなくなる、と聞き、


『ならば、是非頼みたい』


 リーベは一切悩むことなく、マリアの提案を受け入れた。


 そっとポラリスをカーペットに下ろしたマリアは、少し離れた所を指さして、リーベにそこで待つ様に言う。

 彼女がそこまで移動すると、マリアは薪を一本拾って、自ら魔方陣を書いていく。


 だがポラリスが描く様にサラサラとは行かず、時々その動きが止まる。


『んじゃ、目閉じて』


 なんとか魔方陣を完成させると、リーベへそう指示を出し、


『『空間移動』も使ってどっかの街に飛ばすから、驚かないでねー』


 そう説明したマリアは、超高速の詠唱を始める。


『ああ。感謝するよ』


 フッ、と楽しげな笑みを浮かべてそう言ったとき、


『……おい師匠。これ、記憶を封印するやつ入ってんぞ』


 マリアの魔力を察知して起きてきたポラリスが、陣の右側を指さしてそう指摘する。


『あっ』


 それを聞いて詠唱を止めたが、リーベの転送はもう始まっていた。


                    *


「……いや、どんな高度な失敗してるんですかっ!?」


 目を開けたリーベは、開口一番、マリアへ詰め寄らんばかりにそう言う。


「アハー……」

「師匠が見栄みえ張ったのが悪いんだよ」


 視線を泳がせているマリアは、口元を引きつらせ、ものすごく気まずそうな顔をする。


「だってー、大好きなポラリス君に尊敬そんけいされたいんだもーん」

「それで他人に迷惑かけてどうすんだポンコツ」

「うう……」

 

 容赦ようしゃないポラリスの言葉が心に突き刺さり、マリアはしゃがみ込んでしょげてしまった。


「いやまあ、結果的には一緒でしたし、そこまで気になさらないでください」

「ありがとね……。本当ごめんなさい……」


 リーベに慰められたマリアは、そう言って深々と頭を下げてわびた。


「じゃ、さっさと行くぞ」


 回れ右をしたポラリスは、ややぶっきらぼうな口振りそう言うと、


「……アピールしなくても尊敬してるっつの」


 誰にも聞こえない様に、耳まで赤くして独りごちた。


「あっ、ちょっと待ってくださいよー」

「ポラリス君置いてかないでー」


 3人はそんなポラリスを先頭にして、マフィアのアジトがある街の北部へと向かった。




「そんじゃ、オレ達がハデに暴れっから、さっさと連れ戻してこい」

「はい。お願いします」


 北部とそれ以外を隔てるゲートをくぐり、アジト近くの森にやってくると、一行は二手に分かれて行動を開始した。


 瞳に強い決意をたぎらせるリーベは、虚空こくうから一振りの片手剣を取り出し、森の中へと消えていった。


 彼女が師弟コンビから十分離れた頃、


「じゃー行こっかポラリス君」


 人間状態になったマリアが、ポラリスの肩に手を置いてそう促す。


「……。……おう」


 だがポラリスの返事は、彼女らしからぬ、歯切れの悪いものだった。


「大丈夫さ。君はもうよ」


 一段と柔らかな笑みを浮かべつつ、そう言ったマリアは、


「私がそばにいるから。ね?」

「ん……」


 不安げな顔をする弟子を胸元に抱き寄せ、その短い髪をかきなでた。


 しばらくして、マリアがポラリスを放すと、その表情にいつも通りの力強さが戻っていた。


「ところで師匠。ゴーレムの魔法陣は書けるか?」

「流石にそれくらいは出来るよー」


 心外だなー、と言って描き始めるマリアだが、その動きは実にぎこちなかった。


「おい、怪しいんじゃねーか……」

「し、慎重にやってるだけだからっ!」


 ポラリスのジト目を背に受けつつ、マリアはなんとか正しい陣を完成させた。

 地面からゴーレムができ始めたのを確認すると、


「そんじゃ、先行ってるぜ」


 アジトの方角を向くポラリスはそう言って、狩りをする野獣の様な目で笑う。


「ほいほい」


 気を付けてねー、と言い、ゴーレムの肩に乗るマリアが、ポラリスに手を振る。


 『身体強化』の術を4重にかけたポラリスは、弾丸の様なスピードで駆けだした。




 ドドド、という、地鳴りの様な低い音が迫ってくるのに、アジトの正門を見張っていた雑魚が気がついた。

「……ん? 何の音だ、これ?」

「地震……、じゃなさ――」

「邪魔」

「レタスッ!」

「アシタバッ!」


 その直後、ポラリスが2人の間を通り抜け、彼らはその風圧で茂みに吹っ飛ばされた。


 かがり火がいくつも並ぶ敷地内に入った所で、ポラリスは砂埃を巻き上げて止まった。

 彼女は近くにあった庭木を引っこ抜き、


「はい、こんばんはッ!」


 やり投げの要領ようりょうでアジトの玄関へと投げつけた。

 矢のように飛んだそれは、ドアをぶち破って、近くに居た雑魚を吹っ飛ばした。


「敵襲だああああ!」


 雑魚の1人がそう叫ぶと、巣を突かれたアリの様に、仲間の雑魚がゾロゾロ出てきた。


「おいおい。ガキたった1人じゃあねーか」


 ナイフの刀身を舐め、ポラリスをそう挑発した雑魚は、


「ポラリスくーん。首尾はどうよー」

「順調そのものだぜ師匠」

「ほえっ……」


 木や塀をなぎ倒して現れた、見上げる程の高さのゴーレムを見て、気を失ってひっくり返った。


「来いよ三下共! 全員まとめてかかってこい!」


 ポラリスが大声で雑魚軍団に叫ぶと、ゴーレムが挑発のジェスチャーをする。


「なんだとゴラァ!」

「野郎ぅ! ぶっ殺してやぁる!」

「構うこたねえ! やっちまえええええ!」


 簡単に乗ってきたモヒカン達は、口々に勇ましい叫び声を上げ、マリアとポラリスの2人の方に突っ込んできた。


「ほげええええ!」

「ウワーッ!」

「お家帰りたい……」


 だが案の定、ポラリスのスピードと、ゴーレムのパワーに全く刃が立たず、簡単に吹っ飛ばされていく。

 割合にタフな雑魚達は、何度も立ち上がって突撃するが、何度やっても結果は同じだった。

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