『日比月リリィの淫靡なる奇行』(13)詭弁と状況打破


 そして、ところかわって私の家。

 目の前には仏頂面の夜美と、どこか気まずそうな表情のパルムがいる。

 私はずっと、どうすればこの窮地を脱することができるだろうと考えていた。

 そもそも、この二人を会わせるのだけは避けなければならない事態だったのだ。

 私が二人の間で、コウモリのように飛び回っていたことが知られてしまうから。


「夜美、その……悪かったな。いままでお前のこと、馬鹿にしてて」


 パルムの第一声がそれだった。

 先ほど言っていたことを忠実に守ろうというのだろう。彼女は夜美に向かって、ぺこっと頭を下げた。


「……そんなことはどうでもいいんです。私が先輩と話し合いたいのは、過去のことではありません」


 しかし夜美の方は喧嘩腰。


「……単刀直入に聞きますけど、先輩はヤスのことをどう思ってるんですか?」


「え?」


「え、じゃありません! ヤスにちょっかいをかけてること、知ってるんですからね!」


 そう言ってから、現像された写真をテーブルの上にバンと叩きつける。

 私が昨日こそこそと隠れて撮っていたやつだ。

 それを見たパルムは、すぐに顔を赤くして狼狽えた。


「な、なんでてめえがこんなもん持ってやがるんだ……」


「ふ、私には独自の組織力があります。こんな情報を集めるくらい、どうってことないんです」


 私の名前を出さなかったのは、夜美が少しでも自分を大きく見せようとする精一杯の見栄だろう。しかし私としては、ここで名前を出されなくて命拾いしたわけだけれど。


「ほら、ちゃんと答えるんですよ! ヤスは私のものだって先輩も知ってるでしょう! なに勝手に手を出してるんです!」


 そんな夜美の態度に巻き込まれるようにして、パルムも苛立ちを露わにした。眉を吊り上げてから、ずいと身を乗りだす。


「あいつは別に、お前のものなんかじゃねえだろっ!」


「いいえ、身も心も私のものです! 夢の中で、ヤスが私に何をしたか知ってますか!? 好きだ好きだって連呼して、最後にはバスタオル一枚の私を、ぎゅって、こう……」


 言いながら、自分の身体に腕を回す夜美。


「へ、へへん、夢の中であいつを誘惑するくらい、アタシにだって経験済みだぜ! あいつは夢の中で、アタシの手を握ったら放さないんだからな! 『好き、萌える、愛してる』それくらいの言葉は、聞き飽きたくらい聞いたし?」


 それは夢の中で、ヤスがパルムのことを愛しの「サバトたそ」だと思い込んでいるからだったけれども、いまは話がややこしくなりそうだったので発言しないことにした。


「嘘を吐かないでください! ヤスは私にしかそういう気持ちになりません!」


「それこそ嘘だ! てめえはアタシよりちょっと前に、あいつと会ったってだけだろ! そんなことくらいで勘違いするんじゃねえぞ!」


「私は先輩のためを思って言ってるんですよ!」


 夜美がそう言うと、パルムが目を丸くする。


「……アタシのため? 何がアタシのためだってんだ?」


「先輩は、ヤスのことなんて好きじゃないでしょう? 私に意地悪したいだけで、好きでも何でもない人と恋人になろうとするなんて、明らかに間違ってますから」


「……え」


「先輩にも、きっといつかふさわしい人が現れますから。ね、だからヤスのことは諦めて、しばらく自分磨きに徹したらどうです? なんだったら、私がお手伝いしてあげてもいいですから……」


 そこはかとなく上から目線の夜美。言わずもがなのドヤ顔である。


「アタシがあいつのこと好きじゃないなんて、誰が決めた!」


 しかしパルムは、顔を真っ赤にして答えた。

 それを聞いて、今度は夜美が目を丸くする。


「……え」


「ふん、あてが外れたみてえだな! アタシはちゃんとあいつのことが好きでしたあ!」


「そ、そうやって意地を張るのはいけないことです! ヤスのどこがいいんですか! ヤスはただの二次萌えクソ野郎なんですよ!」


「そう思うなら、てめえが手を引けばいいだろ! あいつはアタシと幸せになるからさ。ヤスのいいところは、ちゃんとわかってる……」


「何を馬鹿なあ! 先輩はヤスの上っ面しか知らないでしょう! 私は全部知ってますから! ヤスの恥ずかしい秘密や、後ろ暗い過去を全て把握した上で受け入れてあげてるんですから! 先輩が私と同じようなことできるはずありません!」


「何だよ、あいつの秘密って!」


「ふふん、それは教えられませんね!」


 多分、そんなことは夜美も知らないのだろうと思った。でまかせを言って、少しでも優位に立とうという狙いなのだろう。


「おい、リリィ!」


 そのときパルムが勢いよくこちらを向いて、私は思わず背筋を伸ばしてしまう。


「は、はひ!」


「お前からも言ってやれよ! アタシと一緒にいたヤスは、夜美と一緒にいるときよりも楽しそうにしてたって! お前さっきそう言ってたよな!」


「……さっきそう言った?」


 すると、夜美が怪訝そうな目で私を見る。

 私はぶわりと冷や汗が吹きだすのを感じながら、場を取り繕うのに必死になった。


「ご、誤解があるのよ……大きな誤解が……」


「誤解? どんな誤解があるっていうんです?」


「誤解なんてあるもんかよ! リリィは、ヤスがアタシに夢中だとも言ったんだ!」


「……リリィ?」


 夜美の視線が痛い。


「え、おかしくないですか? 昨日は私に、ヤスがパルム先輩に取られそうって言って、告白の練習をさせましたよね? 無理やり。私がしたいわけでもないのに」


「それは……」


「告白?」


 夜美の言葉を聞き、今度はパルムが眉をひそめる。


「なんだよそれ? お前、アタシにもヤスに告白しろって言ったよな」


「先輩にも? どういうことです?」


「さあ……」


 胡乱げな様子で顔を見合わせる二人。

 それから二人は、ほとんど同時に私の方を向いた。


「……二人とも、よく聞いて。こうなってしまった以上、私も全てを話すしかないわ」


 私は観念した気になった。そして――



「……私は色欲さまの奴隷よ。全ては、あの方のためにしたことなのよ」



 ――詭弁を並べ立てることにした。保身をはかるためである。


「色欲さまのため? それがなんで、私たち両方に告白させることに繋がるんです?」


「ヤスの中に、得も言えぬ欲望を生じさせるためよ! ヤスは普段から生身の女の子に欲求を抱かないっていう極めて特異な状態なのよ? あいつの心の奥底に隠された三次元欲求は、まさに上質な天然資源ッ……!!」


「は、はあ……」


「それを噴出させるためには、一筋縄ではいかないと思ったわ! そして私は考えたの! ヤスの心の奥底にある天然資源を掘り起こすためには、最高級のサキュバスの波状攻撃が必要だってね! もうわかるでしょう? こんなに可愛い二人のサキュバスから同時に告白されれば、流石のトーヘンボクでも揺らぐに違いない――私がそう考えたことを、いったい誰が咎められるかしら? そう、全ては色欲さまのため!」


 適当にいま思いついたことを口にしているだけだったけれども、言ってるうちに、私も何となく自分の弁に説得力があるような気がしてきた。

 ヤスの奥底に眠る三次元欲求を引き起こせば、それは夜美がこの間受勲にいたったあの色欲逆十字勲章ものの功績になるのではないか、と。


「さ、最高級のサキュバスって……」


 私の言葉を受け、パルムが頬を染めてもじもじする。


「そう! 最高級のサキュバス! パルムは可愛いし、なおかつ真に穢れなきヴァーチャルでも処女なわけだから、まさしくその条件にあてはまるわ!」


 私はパルムをビシリと指差し、それっぽいポーズを決める。


「わ、私は!? 私はどの辺が最高級ですかっ!」


 今度は夜美が私に詰め寄ってくる。


「――以下同文よ!」


「ずるい! なんか先輩だけ褒めてもらったみたいじゃないですか!」


 私は、騒ぐ夜美をやんわりと引きはがす。


「これでわかった? いま説明したのが、私が二人の間で巧みに動いていた理由よ。でも、いい? 私が二人に言ってきたことは、どのみちあんたたちが誰かと恋愛するってことになったら、結局のところ避けて通れないことなのよ。私はそれぞれの立場から、二人の背中を押してあげていただけ。違う?」


 二枚舌とか、コウモリとか、そういう印象の悪い言葉は避けて説得を続ける。こういうのは、イメージが大事なのである。


「パルム。あんたは私と一緒にいて、ヤスのことをたくさん知れたんじゃない? あいつがどんな性格かってことも、あいつが何を好きかってことも。それに夢にも一緒に行ったわよね? ペンタブまで手に入れることができたわ。たった一人で、ここまでの成果を上げることができたかしら?」


「そ、それは……」


「私はもちろん色欲さま第一主義で動いていたけど、それがパルムの幸福につながると思ったからこそやっていたのよ。ねえ、わかって……」


 ぎゅっと手を握って熱っぽく見つめると、パルムは気まずそうに目を逸らした。


「お、お前にはもちろん感謝してるよ。当然だろ……」


 その言葉を聞いてから、私は今度、夜美に詰め寄った。


「……私が夜美の幸せをずっと考えてることくらい、夜美はわかってくれるでしょ?」


 まず生活場所の提供。

 日頃の搾欲(イラスト描き)の手伝い。

 ヤスのことで毎日のように助言。

 挙げれば枚挙にいとまがないけれども、それを言葉に出してしまうほど私も野暮ではない。そしていま、夜美にもその言外の圧力は伝わったようだった。


「も、もちろん、リリィは私の友だちです……ずっと昔からの……ねえ?」


「だったら、私が夜美に悪意ある行動を取るわけないってわかるわよね……?」


 私が甘えるように言うと、夜美は難しそうな顔になって頬を染める。


「ま、まあ、それはその……一応……」


 そもそも私は今回の件でも、ずっと夜美のためを思って動いていたのだ。

 そうとも、パルムがあまりにも純粋で、可愛いすぎたのが悪い。もう少し罪悪感を覚えない相手なら、こちらも初志貫徹できていたものを……。

 つまり何を言いたいかというと、私は悪くない。


「ああ、そうよ。何が悪かったかって言うと……タイミングが悪かったんだわ。私は人事を尽くしただけ。でも、その先にある運命まではどうにもならない……」


 言いながら、私は二人に背を向けて距離を取り、そこでゆっくりと振り向いた。


「……それに結局のところ、決めるのはヤスだし。どっちにも見込みがあると思うけど、最終的にどっちを選び取るかはヤスによるのよ」


 さりげなく責任を転嫁させる。

 すると夜美とパルムはお互いをちらりと見てから、どちらからともなくバチバチと視線の火花を散らした。

 険悪な雰囲気の二人の間に、私はやんわりと割って入った。あたかも、関係のない第三者的態度で。


「待って、きちんと話し合いましょ? ヤスのために二人が喧嘩なんてしたら、ヤスが悲しむわ」


 そうして私は、なんやかんやで自分の罪をうやむやにすることに成功したのだった。

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