『日比月リリィの淫靡なる奇行』(6)二次元崇拝者の僥倖


「うわあああああああああ! ほ、本当にサバトたそだあああああああ!」


 パルムを目ざとく見つけたヤスのテンションが、一気に跳ね上がる。


「は……え……?」


「すごいぞ、技術革新! ま、俺はいつかこういう時代がくると思ってたけどねえ!」


 ヤスはパルムの周りをぐるぐると回りながら、様々な角度から彼女を観察し始める。

 一方のパルムは、いきなりの展開に頭が追いついていないようだった。

 夢を支配するサキュバスにあるまじき態度で、おろおろしている。もちろん意中の男がそばにいる影響か、顔は真っ赤……。


「リリィは……リリィはどこ……?」


 泣き出しそうな表情できょろきょろと辺りを見渡すパルムと、私の視線が交錯する。


「な、なんでクロがいるの……?」


『安心して、私よ。リリィよ』


 と、書かれた看板を作りだし、パルムに見えるようにして掲げる。


「え……?」


『この姿の方が、ヤスの懐に潜りこみやすいと判断したのよ。私はちゃんと見守っていてあげるから、あんたはあんたのやるべきことをしなさい』


「アタシのやるべきこと……?」


「さ、サバトたそ……ハア、ハア……」


 ヤスは、いまにでもパルムにむしゃぶりつきそうな勢いだった。

 キモい以外の感想が出てこなかったけれども、そのキモい態度を向けられるパルム本人は、ぽーっと上気した顔でヤスを見つめ返している。

 まさに恋は盲目というやつ。


「お、おい、やや、ヤス……!」


 つっかえながら、パルムがなんとか言葉を口にする。


「なんだい、サバトたそ!」


「て、てめえは今日からアタシの奴隷だからな! 幸運に思いやがれ!」


 シンと辺りが静まり返る。

 私は天を仰いだ。

 恋愛は駆け引きとよく言うけれど、ここまで下手くそなやり方は見たことがな――


「サ、サバトたそだああああああああ! 本物だあああああああああ!」


 ――て、ええ!?

 思わず目を剥く。

 なんとヤスは瞳をキラキラと輝かせて、パルムを見つめているではないか。


「お、俺を奴隷にしてくれるのか!? タダで!?」


「え? ああ、うん……」


「ひゃっほう、Sっ娘悪魔サバトたそにかしずくのが俺の長年の夢だったんだ! 蔑んだ目で見てくれ! そして罵詈雑言を投げつけてくれ!」


 ずいとヤスに言い寄られ、目を白黒させるパルム。


「ちょ、ちょっと……」


「ああ、ひざまずいた方がいい!? 望みのシチュエーションを言ってよ、サバトたそ!」


「そ、そしたら、もうちょっと離れて……」


 パルムは真っ赤にした顔を背けながら、弱々しくヤスの身体を押した。

 それから助けを求めるようにして、私の方に視線を投げかけてくる。「……これからどうすればいいの?」とでも言いたげな表情。


『あんたの好きなようにするのよ。ヤスはいま、完全にあんたの虜みたいだから』


 看板を掲げる。


「アタシの虜……ヤスが……?」


「ああ、萌える! 二次元の神は俺の敬虔な態度を、ずっと見ていてくださったのだ! 俺は二次元の探究者! いまこそ、この胸の奥にある愛の対価を受け取る日が来た!」


「そ、そしたら……お、おい、ヤス!」


「なんだい、サバトたそ!」


 返事をするヤスの目は、いまや血走り、狂気の光で爛々と輝いている。

 催淫によって完全なる魅了が完了した人間が、ときどきこういう目をすることがある。けれども問題は、いま現在、誰もヤスを催淫などしていないということ。

 ――こいつ、誰の力も借りずにこの領域までたどり着いたというの!?

 正気では不可能……まさに狂気の沙汰だ。


「ほ、ほら、アタシと手をつなぐんだ……」


 パルムはおずおずしながら、ヤスに向かって手を伸ばす。

 ヤスは流れる動きでその場に片足をつき、お姫さまの手を取る騎士のような態度で、恭しくその手を握った。

 絵になると言えば絵になるシチュエーションだけれども、片方の精神性が完全にイってしまっているところに問題があるような気がした。

 とはいえ、パルムはまた嬉しそうにピクピクと頬をひくつかせていたので、あえて野暮な突っ込みを入れるのはやめておく。


「では、ヤス。きょうはサバトとあそびにいってくるのです」


 私はさりげなく二人に近づき、クロ先輩の口調を真似して語りかけた。


「まさかデートイベントか! 俺、ついに人生で初めて女の子とデートするのか!」


 ウオオ、と雄たけびを上げるヤス。

 いや、あんた、この前夜美とデートに行っていたでしょ。

まさかこのトーヘンボクの中では、あれはデート扱いになっていないのだろうか。なんという鈍感さ。なんという甲斐性のなさ。

 私がムカムカしながらそんなことを考えていると、パルムが空いている方の手で私の服の袖を掴む。


「ダメ……一緒に来て……」


「え?」


「だって、無理だもん……二人っきりとか無理……」


 ――死ぬ! 萌え死ぬ!

 身体を飛び出してどこかにいきそうになっていた意識を、必死の思いでつなぎ止める。

 何という破壊力! 何という愛くるしさ!

 普段ツンツンしている正統派ツンデレキャラのデレには凄まじいパワーがある。

 これぞギャップの魔法。

 私の中で、いまのパルム株はすでにストップ高に達している。そして上り詰めた限界点を、人は絶頂と呼ぶ。

 ――達する! 達する!

 ヤスを排除して二人でホテルに直行したくなったけれども、そこは私も理性的なサキュバス。

 胸中に渦巻く興奮を抑え、にっこりと笑って提案した。


「そしたら、さんにんであそびにいくのです。ヤスもそれでいいです?」


「ま、まさかスケアクロウちゃんまで!? 俺は何という果報者なのだ! もう今日、死んでもいい!」


 じゃあ死ね!

 苦しそうに胸をかきむしるヤスを見て、私はそう思った。

 こいつさえいなければ、私はパルムとめくるめく快楽の園へと堕ちることができるのに。

 しかしこいつがいなければ、私の願望が叶わないのも事実。

 本当にこの世というものは、矛盾と二律背反に溢れ返っている。


「両手に花とはこのことだなあ……うへへ」


「へ、変なことしたらぶっ飛ばすからな……」


「それはむしろ本望というもの! もちろん俺は紳士なので、サバトたその嫌がることなんてしないけど!」


「ふんっ、馬鹿なやつめ……てめえがその気なら、今日はアタシの気が済むまでこき使ってやる……奴隷は奴隷らしく、ご主人さまの命令に絶対服従だからな……」


 ヤスに手を引かれながら、たどたどしく言うパルムを見て、私は自分の目じりが下がるのを感じた。

 夜美もそうだけど、恋をする女の子というのはどうしてこんなに可愛いの……?

 そうとも、ヤスのことでイライラしていても仕方がない。

 せっかくこの場にいることができるのだから、頭を切り替え、いまはパルムの可愛い姿を脳裏に焼きつけるのに全力を尽くすべき。

 そうして私はその日、パルムとヤスの二人と一緒に、二次元崇拝者の夢の世界で楽しく(?)過ごすことになった。

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