『日比月リリィの淫靡なる奇行』(4)淫魔の種類
世のサキュバスは主に、二つの大きなタイプにわけられる。
まず現実世界でも性に奔放で、気に入った男なら誰でも誘惑して咥え込む《リアルビッチ》タイプ。
そして現実世界では自分を抑えつつも、獲物である男に見せた夢の世界では欲望を解放する《ヴァーチャルビッチ》タイプ。
その二つで大別したのち、特定の男を囲い込む【逆ハーレム型】と、不特定多数を対象にする【ワンナイトラブ型】に細分化される。
私はずっとパルムが《リアルビッチタイプ》【逆ハーレム型】だと思っていた。
というのも、これまで彼女は会話の節々で「アタシの奴隷が~」などと発言していたから。これは【逆ハーレム型】のサキュバスによくみられる傾向だ。《リアルビッチタイプ》の方は、強気なパルムの性格からしておそらくそうだろう、という決めつけにすぎなかったけど。
私は赤面して固まるパルムの目の前で、何度か手を振った。
「……もしもーし、聞こえてる?」
「し……」
「うん?」
「処女で悪いか!」
パルムは自棄くそ気味に叫ぶと、また私の胸ぐらを掴んできた。
「別に悪いことなんてないわよ。私もそうだし」
「へ?」
「私、ヴァーチャルの方だから」
「あ、そうなの……? ふーん、そう……」
パルムは急に大人しくなって、私の胸ぐらを解放する。
それから、ちらちらとこちらの顔を覗き込んできた。
「……リリィってリアルタイプだと思ってた」
「お互い、勝手な思い込みを持つのはいけないわね。この際だから胸襟を開いて、語り合いましょ」
ちなみに私がヴァーチャルの方だという情報は、半分は本当だけど、もう半分嘘だ。
男とのリアル交渉はない。
でも、女の子はある。
そしてあんたも、そうなるのよ、パルム。さあ、胸襟を開いた関係になりましょ……。
私は内心で舌なめずりしながら、パルムに向かって微笑みかける。
「でもまさか、パルムもヴァーチャルタイプだったとは思わなかったわ」
「だってママが、初めては大切な殿方のために取っておきなさいっていうから……」
何その可愛い理由。
「夢の中ではどんなプレイをするの?」
「どんなって……」
パルムはもじもじする。
「その……奴隷たちに、ちょっと過激な格好をして見せてやるとかだよ。あとは特別に手をつないでやったりな……」
「はあ?」
「あ! でも、毎回毎回手をつないだりするわけじゃねえからな! そういうのは一月に一度の謝恩会とか、特別なときだけだぞ!」
必死になって言い繕おうとするパルム。いや、私が疑問を抱いたのはそういうことじゃなくて。
「焦らしプレイってこと? でも、結局そのあと行くとこまで行っちゃうんでしょ?」
「行くとこまで行くって?」
「セッ●ス」
「せ……? ……はああああああああああああああああああああ!?」
パルムはきょとんとしたあと、湯気でも出そうなほど真っ赤になる。
「ば、馬鹿かよ、てめえ! アタシはそういうことしてないって言ったじゃん! ちゃんと話聞いてたのかよ!」
「いや、だからそれはリアルの話でしょ? 私はいま夢の中の話をしてるんだけど……」
「そういうことにリアルも夢もねえだろ! だいたい、サキュバスの夢はほとんどリアルと変わんねえし! 私は男とせ……なんてしたことねえ!」
それを聞いて、私は衝撃を受けた。
まさか、パルムは夢の中でも生娘なのか。
「だけど、それじゃどうやって男を欲情させるの?」
「だ、だから、最近は……その……自分で搾欲しなくてよかったし……」
「ああ、そう言えばそうね。夜美の描いたイラストが、あんたのノルマを肩代わりしてくれてたわけだもの。でも、その前まではどうやってたの?」
サキュバスたちに搾欲ノルマが課せられるのは、満十歳を迎えてからすぐ。
夜美がイラストによる搾欲方法を考案したのが五年ほど前なので、そのときすでに、私や夜美の先輩であるパルムの搾欲ノルマは始まっていたはずだ。
「……十歳くらいのころって、周りにいるのもガキだし……ちょっと刺激を与えてやったら、あいつらすぐにそういう気持ちになってたんだもん」
「えっちなことに耐性のない子どもを襲っていたってこと……?」
「言い方がおかしいだろ! そのときは、私も同じくらいの年齢だっつうの!」
パルムは涙目で怒る。
私はもう、頭がくらくらして、彼女に襲い掛かりたくてたまらなくなっていた。
まさかこんな身近に、こんなに可愛い女の子がいたなんて……ああ、でもダメ。私は無理やりというのは好きじゃない。一人だけで得る快楽では、本当の意味での充足感は得られない。
ゆえに、きちんとパルムを私の虜にしなくては。
全てはそれからだ。
「……まあ、ある程度の事情はわかったわ」
「お前、大丈夫かよ? なんか鼻血出てるけど……」
「ティッシュ持ってない?」
私が言うと、パルムは慌ててポケットからハンカチを取りだす。
「ティッシュはないけど、ハンカチなら……」
「拭いて」
「……自分でやれよ」
「お願い、パルム」
嫌そうな顔をしながらも、ハンカチで私の鼻血を拭うパルム。
「ありがと。これ、洗って返すわね」
「……いいよ、別に」
「今日一日ハンカチなしだと不便でしょ? 私のを持って行って」
私は血で汚れたパルムのハンカチをカバンにしまうと、そこから別のハンカチを取りだし、そっと彼女の手に握らせた。
「……ん? なんかおかしくねえか?」
「何が?」
「ハンカチ持ってたら、自分のを使えばよかったろ」
「気が動転してて、すぐに思いつかなかったの」
「そ、そうか。いや、そうだな。誰しも、慌てるとわけわかんなくなるもんな……」
一人でうんうんと頷くパルムを見て、私は目を細めた。
なんと、思いがけずパルムのハンカチを手に入れてしまったではないか。これで、ご飯三杯はいける。
「私、これから学校に行かなきゃいけないんだけど、今日の放課後は時間ある?」
言いながら、私はおもむろに立ち上がった。
「え? それは大丈夫だけど」
「そしたら、またそのときにヤスについて話し合いましょ? いまさらだけど、あんたは夜美と違って、別に男が苦手ってわけじゃないわよね?」
慣れてはいないかもしれないけど。
一応、その言葉は呑み込んでおく。
「うん。つっかかってくる男を催淫していいなりにするとかは、しょっちゅうやってるしな」
「それならよかった。あんたなら、すぐにヤスを落とせるわ」
「ア、アタシは別にあいつのこと、好きってわけじゃねえからな。そこんとこ、ちゃんとわかっとけよ……」
しつこいほど念を押すパルムと別れ、私は学校へ向かった。
心が弾み、足取りは軽い。気を抜くと、鼻歌を歌ってしまいそうになる。
しばらく、楽しい日々になりそうだった。
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