『日比月リリィの淫靡なる奇行』(3)淡い恋心と邪悪な陰謀
「……どういうこと?」
少し離れた公園まで行くと、私はパルムを問い詰めた。
「……何が?」
パルムは素知らぬ様子でぷいとそっぽを向く。しかし、まだ顔は赤い。
私はえらく嗜虐的な気持ちになった。
そんな可愛い反応をして、スルーしてもらえると思ってるの……?
「いまのあんたみたいな顔をしている子、私はたくさん知ってるけど」
「は、はあ?」
「うっとりして、とろんとした顔してる子。恋をしている子が、あんたみたいな顔をするわ」
「ば、馬っ鹿じゃねえか! いきなり何を言いだしやがる!」
パルムはわたわたと慌てふためきながら、そんなことを言う。
「ふーん、なるほど。ヤスのことが好きになっちゃったんでしょう?」
「――なあ!?」
「そう言えば、あんたはヤスに恥をかかされたこの間の一件のあと、『始末できないなら、あいつをサキュバムート家に加えるしかない』とか何とか言ってた気がするわね……」
パルムはますます顔を赤くして、パクパクと口を動かす。しかし、そこから言葉は出てこない。
ちなみにパルムがヤスに恥をかかされた一件というのは、簡単に説明するとこういうことだ。
① パルムがいつものように、夜美をいびりにきた。
② そこにいたヤスが、愛しの夜美を守るため、その行為を咎めようとした。
③ パルムは、鬱陶しいヤスにサキュバスの催淫の力を使って、自分の虜にしようとした。
④ しかし二次元(と、いまでは夜美)にしか興味のないヤスに、催淫の力は効かなかった。
⑤ そんな異常者と遭遇したのは初めてだったので、パルムは大混乱のまま撃退された。
「まあでも、気持ちはわからないでもないわ。刺激的だったのよね? 自分の意のままにならない男なんて、初めてだったから……」
「ち、違う! 違うから! てめえ、リリィ! か、勝手な憶測でものを言うんじゃねえ!」
パルムは泣きそうになりながら、必死に言葉を紡ぐ。
「ははーん、さては昨日お母さんと一緒に私たちのところに来たのは、ヤスのことでちょっと探りを入れようとしたってわけね? あんたって、本当に素直じゃないわね」
「だ、だから……」
「ごめんね、昨日はまったく別の会話になっちゃって。先に教えといてくれたら、そういう方向に進めることもできたんだけど」
「うわああああああん、ママに言いつけてやるううううう!」
ついにパルムは泣きだし、くるりと背を向けて逃げようとした。
もちろん、こんなところで獲物を逃がすわけにはいかない。
私はパルムを背後から抱きしめると、優しいトーンで囁いた。
「……ああ、ごめんね、パルム。ちょっと言い方を間違えちゃったわ……私なら、きっとパルムの力になれるって、そう言いたかっただけなの」
「ひっく……ううううう……」
「とりあえず落ち着いて。ね? 私たち、すごく仲良くやっていけると思うの。昨日の敵は今日の友って言うでしょ?」
「嘘……嘘だもん、そんなこと……」
「嘘じゃないわ……話を聞いて? きっとそうしたら、きっといまのあんたと私の利害が一致してるってわかるはずだから……」
私はそれからパルムが泣きじゃくる間、ずっと彼女の感触を楽しんでいた。
サキュバスということもあり、パルムの見た目は非常に可愛らしい。ちょっと生意気なところもあるけれど、私にとってはそれも加点対象。
今回の一件は、ことによれば好機だ。
パルムが自ら私の手の内に飛び込んできたのを利用し、なんとかしてものにしなければならない……と、そこまで考えたところで、私は夜美のことを思いだす。
ああ、いけない。昨夜、誓ったばかりなのに。
どんなことになっても……たとえどんなに可愛い子が現れても、私の一番は夜美……。
……そして、私はすぐにその答えを導きだす。
つまり、二番目以降に好きになればいいのだ、と。
たった一人を好きでいなければならないという道理はないわけだし。
パルムは可愛いし、私は自分の気持ちを押さえ続けることに美徳を見いだせない。
うん、やっぱりそうだ。
パルムを落とそう。
大丈夫、すでにその道筋は見えている。
※
しばらく抱き締めていると、パルムがぐいと私の身体を押した。
「……放せよ」
「大丈夫? もう落ち着いた?」
パルムは情けないところを見られて恥ずかしいのか、依然として顔を真っ赤にしている。
「……お前、今日のことを他のやつに話したらコロすからな」
「どのこと? パルムがヤスのことを好きになっちゃってこと? それとも、パルムが私の胸の中で十分近く泣いてたこと?」
「だ、だからアタシはあんなやつのことなんて好きになってねえし! 泣いてもねえし!」
パルムは両手で顔を覆い、この世の終わりとばかりに喚き散らす。
「それは流石に無理があるのでは……」
「いいから誓え! 絶対に話さないって!」
涙目で私の胸ぐらを掴んでくるパルム。
私はやんわりと彼女の手を振りほどいた。
「……大丈夫よ。私は絶対話したりしない。言ったでしょ? 私といまのパルムの利害は一致してるって」
「……どういうことだよ?」
「とりあえず、座って話しましょ」
私は公園にあるベンチを指差した。
パルムが渋々ベンチに座ったのを見て、そのすぐ隣に腰を下ろす。
「……お、おい、何か近くねえか」
さっきまで私の腕の中にいたくせに、いまさらそんなことを言う?
しかし、いまはそんなくだらない挑発でパルムを怒らせても仕方がない。
「秘密話になるから。大声で話すのもいやじゃない」
「そ、そりゃそうだけどさ……」
私が声をひそめて言うと、パルムも雰囲気に呑まれて私に顔を近づけてくる。
至近距離から、彼女のまつ毛の長さまで見ることができた。
ああ、素敵。この子ったら、なんて可愛いのかしら……。
「私が夜美を大事にしてるの、パルムも知ってるでしょ?」
内心を悟られぬよう、私は冷たさすら感じさせるトーンでそう切りだした。
「え? ああ、まあそれは……うん。お前ら、一緒に暮らしてるくらいだし」
「夜美は純粋で危なっかしいから、誰かが見ていてあげないといけないの。いまはその役目を、私が買って出ているってわけ」
「うん」
「そんな夜美に、恋人なんて早すぎるわ。もうわかるでしょ? 私にとってヤスは邪魔なの。誰かがあいつを籠絡して夜美の目の前から消し去ってくれるなら、それに越したことはないんだけどね?」
ピシャリと語気を強めて言うと、パルムは合点がいったという顔をする。
「ああ、利害が一致ってそういう……」
「そういうことよ。あんたがヤスのことを好きで、あいつにアプローチしたいっていうなら、私に止める理由なんてない。むしろ、応援したいくらいだわ」
「アタシはあいつのこと、別に好きでもなんでねえけどな」
「ヤスについて、知っていることを全て話すわ。協力するんだから、当然のことだけど」
私がそう言うと、パルムは「……ふんっ」と鼻を鳴らして目を逸らす。しかし非常にわかりやすいことに、頬が嬉しそうにピクピクと動いていた。
ちなみに、私は夜美とヤスの関係を邪魔しようなどとは、露ほども思っていない。むしろその逆で、煮え切らない二人の背中を押せればいいと考えている。
要するにこのパルムには、二人のために働いてもらおうという狙いだ。
ヤスにちょっかいを出してくる女の子がいれば、流石の夜美でも危機感を覚えるはず。そして、一歩前に踏みだそうとするに違いない。
二人は、パルムという外からの刺激で結びつきを強め、関係をより発展させるのである。
その一方で、ヤスにふられたパルムはきっと落ち込むだろう……でも大丈夫。
ちゃんと私がアフターケアしてあげる。
失恋して弱っている心につけこ……いや、失恋を通して、彼女は大きく成長するのだ。
よりすばらしい世界があることを知るためには、一度いまの常識を徹底的に破壊しなければならないのだから……。
「どう? 私と組む気になった?」
私は素知らぬ振りをして、パルムにそう質問した。
「……ま、夜美のやつがあのヤスを気に入ってるのは一目瞭然だし? アタシに恥をかかせた罰として、あの男を奪うってのはいい考えかもな! アタシは別にヤスのことなんてどうでもいいけど」
「パルムが本気を出せば、ヤスなんてイチコロよ」
「――そう?」
そっけない態度を取っていたくせに、私が褒めた途端にパルムは瞳を輝かせる。
……こんな可愛い生物が地球上に存在していていいの?
「実はね、ヤスはずっとパルムにぞっこんだったんだから。どういうことかわかる?」
「アタシにあいつが……?」
そう言って、またパルムは頬を朱に染める。
「夜美があんたをモデルにしたキャラのイラストを描いてたでしょ? その子、『サバト』って名前をつけられたキャラだったんだけど」
「うん」
「ヤスはその子を『サバトたそ』って呼んで、溺愛してたわ」
「たそって何?」
「可愛いキャラにつける敬称よ。それくらい、サバトたそはヤスの心を鷲掴みにしていたってことね」
「私をモデルにしたキャラを見て、あいつはその……そういう気持ちになってたってこと?」
「そうね。あんたが色欲さまに献上した搾欲ノルマの中には、きっとヤスの欲望も含まれていたと思うわ」
すると、パルムはもじもじし始める。
「……全然知らなかった。知らず知らずのうちに、アタシはあいつを誘惑してたのか……」
「ヤスの頭の中では、もうきっとサバトたそとあいつはくんずほぐれつの大変な事態になっているでしょうね。ま、健全な男なら、そんな妄想くらい普通のことだし」
「は、はあ!?」
「どうしたの? 大きな声出して」
「だって、その……お前が変なこと言うから……」
変なこと?
私は眉を寄せ、じろじろとパルムを見つめた。
彼女は相も変わらず顔を真っ赤にしたまま、身を小さくしている。
これはどういうことだろう? まるで、ウブな少女のような反応ではないか。たまに夜美をからかうとき、彼女はこういう反応を返すときがある。
しかし、パルムは夜美と違って一般的なサキュバスなのだ。こんな猥談と呼ぶのもおこがましいレベルの話には、慣れっこのはずだろう。
そのとき私は、パルムがあの母親の手厚い保護のもと、温室で育ってきたことを思いだした。
「パルム、まさかあんた……」
「……へ?」
「処女?」
私がそう言うと、ピシリとパルムの時間が止まったような気がした。
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