2-5 ほう、メイド服ですか……

 あんなことを聞いてしまったばっかりに。

 最初のデートプランの『服を買いに行く』というところからして、俺はいまいち乗り切れなくなってしまった。


「どうですか、ヤス。これ可愛いと思いません?」


 自分の身体の前に、商品のワンピースを持ってくる夜美。

 俺は値札に手をやり、嘆息した。


「うわ、一万超えてるし……」


「なんなんですか、もう。別にヤスに払ってなんて言ってません」


「お前が払うわけでもないだろ」


「私が払いますよ。リリィが私にくれたおこづかいを、私の権限で使うだけです」


 先ほどから夜美は自分の立ち位置について、印象操作しようとやっきになっている。


「ちょっと……ちょっとだけ、そのおこづかいの額が多いってだけ。そんなの私がいいとこのお嬢さまだと思えば、別に気にならないでしょう? そういう人たちも、本人にまるで価値はないのに、両親のお金で偉そうな顔してるじゃないですか」


「ちょくちょく辛辣だよな、お前」


「そもそもヤスだって、親からもらったおこづかいで遊んでるでしょうが」


「俺はなあ、グッズを買う金や遊ぶ金は、休日とかに日給バイトして稼いでるんだ」


 夜美は意外そうな顔になってから、目をすっと逸らした。


「……ふんだ、私だって稼ごうと思えばいくらでも稼げますよ。神絵師ですから」


「……どうでもいいけど、その神絵師って言い方やめない? 仮にもお前、悪魔なわけだしさ」



「じゃあ魔絵師ですね!」


 一人、満足そうにふんすと鼻をならす夜美を見て、俺は溜息を吐いた。


「お前、リリィのために何かやってあげてるわけ?」


「家事全般はやってます。つまりは家庭的なんです」


「へえ?」


「あ、そういうこと先に教えといた方がよかったですか? やっぱりヤスも、『女は家を守るもの』とかいう古い固定観念の前では、手も足も出ないアヘアへ系男子ですか?」


 なんだよアヘアへ系男子って。特定の条件で、んほおおおお、とか言うわけ……?


「言わば私は、リリィの家で働くメイドさんなわけですよ! どうです、これなら納得でしょう? 私は彼女の家を守り、その対価として給料を受け取っているわけです。その給料をどう使おうと、私の勝手!」


「メイドさんねえ……?」


「とぼけちゃってえ! こっちはヤスのパソコンに、二次元メイドキャラフォルダがあるの知ってるんですから!」


「そ、そんなもん、誰のパソコンにだってあるわ!」


 俺が正当性を主張する間に、夜美はカバンからタブレットを引っ張り出し、ガシガシとイラストを描いていく。

 ものすごい早さで、画面にメイド服姿の二次キャラができ上がった。夜美が初めて俺の部屋にやってきたとき、咄嗟に描いたあの新キャラだった。


「ほら、これがリリィの家で働く私のイメージです。二次元語で話せば、流石のヤスもわかるでしょう」


「私のイメージって、この新キャラお前がモデルだったの?」


「え? いえ、その……べ、別に誰がモデルとかはいいでしょう……」


 改めて俺はイラストを見た。めちゃくちゃ可愛い。

 それから夜美を見る。


「いやお前、自分を美化し過ぎ(笑)」


「失礼な! こんなもんですよ!」


 顔を真っ赤にして、怒りを露わにする夜美。


「そうかなあ。全然違うと思うけど……」


 そんなことを言いながら、顔面炎上淫魔の横にタブレットを持って行き、彼女と液晶に映し出された麗しき二次元美少女を、もっと注意深く見比べる。


「……あれ?」


 確かに、特徴はとらえているかもしれない――と、そう思った途端、俺は何だか急にまごついてしまった。咄嗟に空気を誤魔化そうとして言い放つ。


「じゃ、じゃあ、いまからメイド服を買いに行くか!」


「……へ?」


「お前、メイド服持ってないだろ。リリィと自分の関係性を、ちゃんと身なりから示せ!」


「ほう、メイド服ですか……」


 すると夜美は目を虚空に向け、ぶつぶつと呟き出す。


「まあ、ヤスはメイド服の女の子好きですもんね……? 確かに盲点でした……普通の服を買うよりも、そっちの方がいいかもしれません……」


「お、おい、どうした夜美……?」


 俺が困惑していると、夜美はすっと瞳を動かしてこちらを見た。


「要するにヤスは、私のご主人さまになりたい……と、そう言っているわけですね?」


「言ってねえよ。お前、頭おかしいんじゃねえか?」


 いや、頭がおかしいのは知ってるんだけどさ。


「まあ、何でも似合う私を、好きにコーディネートしていいと言ったのは私です。自分の発言には、きちんと責任を持とうではありませんか……」


「なんでそこはかとなくドヤ顔なの? いまドヤ顔になれる要素あった? てか、こっちの話聞いてる?」


「ちょうど近くにゴスロリショップがあったはずですから、メイド服っぽいゴスロリドレスを置いているかもしれません。行きましょう」


「メイド服っぽいって、なんだそれ。そんな妥協は許されるのか」


 不服を訴える俺の言葉を聞いて何か感じるものがあったのか、夜美は説明をつけ加える。


「実際、メイドキャラのイラストを描くとき、私は細部にゴスロリファッションを取り入れますから。メイド服は西洋の文化。ゴシックもロリータも西洋の文化。時代も被っていますし、ゴスロリには、メイド服と言い張ればメイド服になるような服がいっぱいあるんですよ」


 夜美は嘘か本当かわからないことを言いながら、俺の服の袖を引っ張って歩き出す。

 しかし二、三歩歩いたところで、ハッと弾かれたように手を離すと、振り返って俺の顔をまじまじと眺めた。

 案の定、それから彼女は顔を真っ赤にし、わたわたと慌て出した。


「わあ、い、いまのは違うんです! つい、咄嗟にやってしまっただけで――」


「いいから、行くならとっとと行こう」


 俺はいまがチャンスとばかりに、目の前で振り回される彼女の手を片方握った。

 一瞬ビクリと大きく身体を震わせた夜美は、ますます顔を真っ赤にして、しかしそれ以上抵抗せずにおとなしくなる。


「あ……うぅ……」


「ほら、行こうぜ」


 俺は夜美の手を引きながら、内心でほくそ笑んでいた。

 よし、まずは手を繋げたな。これで、俺がこいつから解放される日も近いってわけだ。

 ……しかし夜美の手が驚くほど小さくて柔らかかったせいか、壊れ物を扱っているような気持ちになって、ついドギマギしてしまう。

 それから、お互いに手を離すタイミングを言い出せなかったせいか、ゴスロリショップでも俺たちはずっと手を繋いでいた。


「あ、ヤス……これ可愛いんじゃないですか……?」


「ああ、いいんじゃないかな……?」

 会話もどこかぎこちなくなる。

 夜美がおずおずと指差すのは、白い前掛けとフリルがついたワンピースだった。

 確かに、言われてみるとメイド服に見えないこともない。そう思いながら商品タグを見ると、『ゴスロリメイド服風ワンピ』と書かれているから、仕様でメイド服要素はあるらしい。


「えっと……じゃあ、これ試着とかしてきたら……?」


 繋いでいる手を見下ろして俺が言うと、夜美はそこにぎゅっと力を込めてくる。


「も、もうちょっと、見て回ります……もっといいのがあるかも!」


「いいからこれにしとけって」


「……ダメ!」


 そのときには、俺はメイド服を買えなどと言ったことを後悔し始めていた。あと、勢いで手を繋いだことも。

 とにかく、めちゃくちゃやりづらい。まさかこんな墓穴を掘ってしまうとは……。

 そのあと夜美は小一時間ほど俺を引きずり回し、結局、最初に目をつけていたゴスロリワンピースの試着を店員らしき女性に頼んだ。


「可愛い彼女さんですねえ」


 夜美がようやく俺の手を離し、試着室に消えたのを見計らって、その女性店員はひそひそと俺に囁いた。


「はあ、まあ……」


「よければ彼女さんの選ばれたアイテムによく合う小物、紹介しましょうか?」


「いえ、別に……」


 何なの、この店員さん、めっちゃぐいぐい来るんですけど……。


「ほら、こちらのチョーカーとかすごくお勧めですよ!」


「チョーカー? 物は言いようっていうか、それただの首輪ですよね? 絶対に嫌ですよ」


「私にはわかります。彼女さんには被虐趣味がありますから、ちゃんと拘束してあげないと」


 ふざけんな、こんな店二度とくるか。

 そんなやりとりをしていたところ、試着室のカーテンから顔を出した夜美が「ちょっと、ヤス」と声をかけてきた。


「どうかした?」


 手招きされるまま、仕方なく近づく。


「……こっちに入ってください。どんな感じか見て欲しくて」


「普通にお前が出てくればいい話だろ」


「他の人に見られるのは……ちょっと恥ずかしいんです……」


 夜美は相変わらず顔を真っ赤にしながら、ちらちらと何かを気にしているようだった。

 その視線が気になって振り返ると、先ほどの店員さんがこっちを見てニヤついているのがわかった。あれのせいか!

 次第に俺自身もいたたまれなくなってきて、仕方なく夜美のいる側に入った。

 試着室の中は、外から見ていたときほど広く感じず、すぐ近くに夜美の身体があるように思った。急に、周りの気温が高くなった気がする……。

 そばの服かけに、彼女が脱いだ服がかけられている。さっきまで夜美が身につけていたときには何も感じなかったのに、それはいま妙な艶めかしさを放っているように感じた。


「ど、どうです……?」


 ゴスロリワンピ姿の夜美は、おずおずと上目づかいで訊ねてくる。


「よ、よし、これでいい。とにかくもう、早くこの店を出よう……」


「……可愛いってことですか?」


「可愛いよ。可愛いからさ……」


 すると夜美は目を伏し、ますます顔を赤くした。そしてぽつりと、


「……嬉しいです」


 気まずくなって、俺はさっと夜美から目を逸らした。

 しかし、逃げた視線の先にある鏡には、俺と夜美の姿が映っている。

 まざまざと、いま陥っている馬鹿な状況を客観視させられる機会を与えられ、俺は猛烈な焦りを感じた。こんな狭い部屋に二人で入るとか、マジで何やってんだよ……。


「と、とにかく、また着替えてさ。早く出てこいよ。俺は店の外で待ってるから……」

 完全に余裕を失ってしまったそのときの俺にできたのは、逃げるようにして試着室から這い出し、意味深な表情の女性店員を威嚇しながら、店の外に出ることだけだった。

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