第二章 駄目サキュバスと妄想デートプラン

2-1 お前のような遺伝的欠陥生物に恋人がいるわけなかろうもん!

「お前、どういうつもりだよ……?」


 一限目が終わり、俺は廊下に連れ出した馬鹿サキュバスに歯ぎしりしながら詰め寄った。


「ステイ、ステイ……それ以上の接近はお互いのためになりませんよ?」


 夜美は真っ赤なドヤ顔という妙な表情ジャンルを生み出しつつ、両手を前につき出して壁を作る。


「余裕があんのかねえのか、はっきりしろよ!」


「ふっふ、いま全ての主導権は私が握っています。それ以上近づいたらショック死して、ヤスが悪者扱いされるかもしれませんねえ……」


 それってどうなの? 自分の生命を人質にして交渉するって……。


「いいから説明をしろ、説明を! なんでここにいる!」


「私は諦めない、と言ったじゃないですか」


「いや、言ってたけど」


「あなたに近づくためなら、学校に入学することなんてわけはありません。あまりサキュバスの組織力を甘く見ないことですね。サキュバスの牙は、現代社会に深く食い込んでいます。それはもう――マンモスばりの長い牙がね!」


 だから、なんで絶滅した動物でたとえようとするんだよ。いまいちすごさが伝わってこないんだって。


「なんで俺の通ってる学校がわかったとか……そういうのはもういいか」


「あ、わかってくれました?」


「でも、さっきのはなんなんだよ? なあにが恋人同士だ!」


「そ、それは、だから、ヤスが逃げられないように、するようにですよ!」


 ますます顔を真っ赤にすると、夜美はめちゃくちゃどもりながら居直った。


「これでもう、周りは私たちがつき合ってるアベックだと思います……そう、既成事実! 既成事実です!」


「アベックて。せめてカップルとか言えないのか」


 そんな死語を現代社会で使おうとするんじゃねえ。それもほぼ絶滅してるからな。


「恋人は恋人! 言い方なんてどうでもいいんです! これでヤスは私のそばにいて、私が男性恐怖症を克服するのを手伝わざるを得なくなったわけです……」


「いや、やらねえよ。そんなこと」


「まったく、自分の頭脳が恐ろしい……って、え?」


 目を白黒させる夜美。


「いま、なんて……? やらないって聞こえたんですけど……」


「そりゃ、そう言ったからな」


「どういう神経してるんですか……? え、ちょ……引くわ……」


「こっちはてめえの神経を疑ってるとこだ!」


「ひょっとして……まさかですけど……もう恋人がいるとかですか?」


「当たり前だろ」


 俺が言うと、夜美はショックを受けたようだった。


「う、嘘を吐けえ! お前のような遺伝的欠陥生物に恋人がいるわけなかろうもん!」


「失礼なことを言うな!」


「どうせ二次元キャラとかだあ!」


「そうだよ? サバトたそ可愛いすぎ問題」


 夜美は強烈なパンチをもらったかのようによろめいた。何とか体勢を立て直したとき、彼女は無の表情を浮かべていた。目を瞑って胸に手を当て、ぶつぶつと……、


「私は優しくなれる……私は優しくなれる……」


「何を言ってんだよ。とにかくクラスのみんなに誤解されたままじゃ敵わん。ちゃんと説明しておかないと」


「わあ、待ってください! 別にいいじゃないですか、三次元の恋人が一人や二人増えても、男の甲斐性というものでしょう!」


それ、女側が言う台詞じゃなくね……?


「とにかく、悪いけど他をあたってくれ。俺は三次元にかかわっているほど暇じゃないんで」


「私はヤスじゃないと駄目なんですよお! 誰も本当の恋人になってなんて言ってません! そういう練習をするためのシチュエーションってだけですから!」


「知らなーい。俺、関係なーい」


「わ、私を傷物にしたくせに! ベッドに押し倒して!」


 夜美が叫ぶと、廊下を歩いている他の生徒が、ビクッと震えて俺たちの方を見た。

 それで、ぶわりと総毛立つ。


「……お、おい、誤解を招くようなことを言うな! 大体、あれはお前が勝手に部屋に入り込んできたんじゃねえか!」


「部屋にいたらベッドに連れ込んでいいんですか!? 自分の匂いでマーキングしてもいいんですか!? 私は汚されました! もうお嫁に行けませんよ!」


「わ、わかった! わかったから、もうちょっと声を抑えろ……!」


 周りの目を気にして、夜美の口を押さえようとすると、


「――触るなあ! 男風情があ!」


 男性恐怖症のサキュバスは猛獣のような勢いで暴れ、俺から距離を取る。

 お前はいったいどうしたいんだよ、マジで……。

 何を言い出すかわからない頭のおかしい女を前にして、俺が戸惑っていると。


「……もちろん、ヤス。あなたにもメリットはありますから」


 顔を真っ赤にした夜美は、コホンとせき払いしたのち、あからさまな冷静さを装ってそんなことを言い出す。


「……メリット?」


「この一週間、私はイラストをネットにアップしませんでしたよね?」


 その言葉を聞いて、途端に俺は青ざめた。


「う、うぅ……!!」


 攻守交代と言わんばかりのドヤ顔になると、夜美は後ろで手を組んで、ゆっくりと俺の周りを回り出す。


「……『【悲報】人気○イッター絵師さん、断筆宣言のあと失踪wwwwww』……ひどい記事を作るまとめサイトがあったものです……」


「だ、誰も本気にしていない……コメ欄を見ろ……ヨミはすぐ復帰するって……」


「私はこのまま正式に引退してもいいんですよ?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「……しかしこの一週間、私もイラストを描いていなかったわけではありません。描き溜めていただけです」


「ふざけるなよ、貴様! さっさとアップしろ!」


「あれ、そんな態度でいいんですかね?」


 夜美はピタリと立ち止まり、俺の顔をまじまじと見上げた。


「……サバトたそのぐちょ濡れイラストも、スケアクロウちゃんのお色気イラストも、さらにはあなたの部屋で考案した新キャラのお披露目イラストも、日の目を浴びずに消去されることだってあるわけです。かわいそうに、彼女たちはデータに過ぎない……」


「くそっ……三次元の肉塊風情が……」


「何か言いましたか、ヤス?」


 俺は直立不動の姿勢を取り、声高に叫んだ。


「いえ、何も言っていません!」


「くっくっく……ここまで説明すれば、あなたが取るべき行動はわかりますね?」


「この悪魔め……!!」


「むはは! そう、私は悪魔なのです!」


 淫魔は勝ち誇った顔でそう言うと――しかし、すぐにまた真っ赤になる。


「じゃ、じゃあ、いいですね? はい、もう決まりました……私は今日からあなたの恋人ですから……でも、もちろん、本気じゃありませんからね? そういうふりをするんです……そうやって男の人に慣れるんですから……」


「慣れるだけだったら、別に恋人役じゃなくてもいいだろ……」


「大は小を兼ねるんです! い、一番、刺激の強いのを経験した方が、絶対いいに決まってます!」


 夜美は必死な様子で言い募ってくる。


「理屈はわからないでもないけど……恋人かあ……。あ、だったらさ、『イラスト描いてよ、ハニー』って言ったらその場で描いてくれるわけ?」


「描きますとも。私はヤスのハニーなわけですから」


 ああ、それだったらいいかもしれない。こいつは、イラストのおまけ程度に考えればいいわけだ。グリコの玩具。パック寿司のガリ。


「あとこの一週間書き溜めていたイラストも、全部見せてあげますよ。恋人に隠し事はなしですからね。先ほどメリットと言ったのはこのことです。すごいっしょ?」


「なるほど。ドヤ顔は果てしなくウザいけど、なるほど」


 ただ、ねえ?

 恋人役とか言われても、俺自身女の子とつき合った経験はない。せいぜい、ギャルゲやソシャゲでのシミュレーションくらいだ。そんな俺に、こいつが満足するような恋人役など務まるだろうか?

 やはり俺が、うーんと悩んでいるそのとき。


「あ、夜美! もう目当ての子と接触してるのね!」


 どこかで聞いたことがあるような声が、背後から響いた。

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