044 世界は色を取り戻す

「完全に消えるまであと一分くらいはあるかな……。いやー、この何日かはホント楽しかったな。まるで映画みたいでさ。ありがとね、二人とも」

 場違いに明るい声で、過去形で、刹那が言う。

「ほら、やっぱり私だけが目的だったみたいだよ」

 刹那が指を差す先で、ドローンたちはその場から動かずにホバリングしていた。すぐに攻撃しようという意思は感じられない。

「刹那……」

 嘘だろ。

「これでいいんだってば。二人を守れるんだから、AWB冥利に尽きるってもんだよ。パパも褒めてくれるよね、きっと」

 こんな終わり方。

「つばめちゃんも、ありがとね」

 名前を呼ばれ、つばめちゃんはビクッと身体を震わせた。

「正直言うとね、こんな身体になってからずっと、寂しかったし、不安だったんだ。でもつばめちゃんと特捜課の皆がいてくれたから、楽しかったよ。ホントに感謝してる」

 刹那の声も震え出した。

 つばめちゃんは、親父が太鼓判を押すほどの無鉄砲で、何をしでかすかわからないところがある。

 それでも、その時彼女が取った行動は予想外のものだった。

 ハッカーの命とも言うべきパソコンを、ドローンに向かって投げつけたのだ。

「うわあああああ!!」

 聞いたこともない大声を出して、ドローンの群れに突っ込んでいく。

 自殺行為だ。

 ドローンの銃口がつばめちゃんに向く。

「兄ちゃん!!」

 刹那の悲鳴がつばめちゃんの咆哮に重なる。

 わかってる——

 わかったよ。

「刹那!!」

 AWBを抱え上げる。

「うん!」

 刹那の映像が消える。

 ——ふいに、工場の夜景が脳裏をよぎった。親父と刹那と俺の三人で、並んで夜景を眺めている。涙が出るほど羨ましい三人だった。

 俺は金属製の球を振りかぶり、

「ありがとね、兄ちゃん」

 思い切り投げた。

 剛速球がつばめちゃんの頭上を追い抜く。一番手前のドローンへと最短距離で飛んでいく。

 金属同士がぶつかる硬い音。直撃を受けたドローンは吹っ飛び、後ろを飛んでいたドローンを巻き込んで墜落した。

 AWBは、弾道を変えることなく真っ直ぐに飛んでいく。

 遠ざかる。離れていく。

 そのまま狙った通りのコースを通り、蓋を開けていた高炉の中へと吸い込まれるように入っていった。

 音もなく、消えていった。


 高炉は何事もなかったかのように稼働を続けている。

 しかし燃え盛る炎以外の、世界のすべてが停止していた。

 時計の針が止まったように、誰も動かなかった。

 ドローンたちは目的を見失ったように浮遊していたし、つばめちゃんは魂が抜けたようにへたり込んでいた。

 やがてドローンが動きを見せた。

 横一列に隊列を組んだかと思うと、一糸乱れぬ動きで高炉の方へ向かう。

 そしてそのまま、次々と炎の中に飛び込んでいった。まるでレミングの集団自殺のように。

 それはただの証拠隠滅に過ぎなかったのだろうが、その時俺には、AWBの消滅に追悼を捧げる行為のように感じられた。

 つばめちゃんが、声を殺して泣いていた。

 自分の無力さを悔いるような、悲痛に満ちた嗚咽だった。もっと思い切り泣いてもいいのに。

 これで良かったのだとか、こうなる運命だったのだとか、そんな総括をする気にはなれない。

 ただ元に戻っただけだ。

 数日前まで俺は独りだった。妹はとっくの昔に死んでいて、親父も死んだものだと思って暮らしていた。

 巡り巡って、事実その通りになっただけだ。

 何も変わらない。

 子供が現実を知っただけ。夢を見ていたようなものだ。

 でも、夢ではなかった確かな証拠がある。

 これから先、俺が死ぬまでの間、毎日、否応なしに、何度も何度も、これが現実の出来事だったと思い知らされる、確かなものが。

 高炉の奥で燃え盛る鉄の炎は、煌々と眩いオレンジ色の光を放っている。

 0と1で構成されるプログラムと同じように、白と黒だけで構成された無機質な世界から戻ってきたばかりの俺には強すぎるくらい、劇的で美しい光だ。

 ふいにオレンジ色が滲む。

 偽物の目でも涙は出る。二年も経ってようやくそんなことに気付いたのかと思うと逆に笑ってしまいそうになる。

 俺はつばめちゃんに背中を貸すことにした。

 赤間さんが応援を引き連れて迎えに来るまでの間、その小さな背中が泣き止むことはなかった。


***

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