031 少年は探偵と語らう

「アイス買ってきたよ」

「どもです」

 ちょうど公園の裏手にあったコンビニで調達してきたアイスを二つに割り、片方をつばめちゃんに渡す。

 呑気にアイス食べてる場合じゃない気もするが、つばめちゃんが一緒だから大丈夫だろう……なんたる他力本願。

「妙な形のアイスですね」

 受け取ったアイスを不思議そうに見つめる。

「あれ、好きなんじゃないの? ペットの名前にするくらいだから」

 つばめちゃんは顔に疑問符を浮かべ、それを見たAWBが笑って言った。

「兄ちゃん、勘違いしてるよ。パピコの由来って確か、古いコンピュータの名前だったよね?」

 なんと。

 てっきりこの、リーズナブルで友達とシェアもできる超人気ラクトアイスのことかと思っていたのに。

「PC-6001です。なるほど、このアイスも同じ名前だったですか。ではありがたく」

 と、コーヒー味のアイスにかじりつくつばめちゃん。そういえばパピコは連れて来なかったのだろうか。

「夜の公園でアイスをシェアする男女……」

 突然、AWBが思わせぶりな言い方をする。そして、

「あたしちょっとその辺散歩してくるね」とコロコロ転がっていく。

「おい、どこ行くんだよ? 危ないぞ!」

「その辺うろついてるだけだから大丈夫ー!」

 黒い球はすぐに闇に溶けて見えなくなってしまった。

 押しつけがましい気の遣い方だな……恋愛脳め。

「これ、美味しいですね」

 つばめちゃんはアイスに夢中のようだ。

「喜んでもらえて何よりだよ」

 コンビニには珍しくかき氷なんかも売っていたのだが、俺が苦手なのでパスした。色が見えなくなってから、メロンもイチゴもブルーハワイもすべて同じ色に同じ味で、「〇〇味で」と注文するのが馬鹿らしくなってしまったのだ。

「つばめちゃん、さっきはありがとう。俺、もう少しであいつに本当のこと言っちゃうところだった」

「別に私は、真実を伝えることが悪いとは思ってないですよ。ただもう少し慎重に考えてから言うべきではないかと思ったので、つい口を挟んでしまったです」

「さすが探偵、なんでもお見通しだ」

 彼女の登場が一秒でも遅れていたら、俺は口に出してしまっていただろう。それにより生じる責任に見合うだけの確たる決意や覚悟もなしに。

 夜空を見上げる。かろうじて星が一つだけ瞬いていた。

「あいつはこの先、どうなっていくんだろう。好きなハンバーグも食べられない。誰かと恋愛もできない。子供も作れない。皆いずれいなくなって、永遠に独りぼっちだ。それって、もしかして死ぬより残酷なことなんじゃないかな」

 俺の独り言のような問いかけに、つばめちゃんは直接は答えず、こう訊いてきた。

「柊さんはAWBの刹那さんをどう思ってるですか?」

「それは……」

 ちょうどついさっき自問自答していたところだ。

「柊さんは彼女のことを『刹那』と呼ばないですよね。やはり妹としては見れないですか」

 痛いところを突かれる。

 ほとんど無意識レベルで、名前で呼ぶことを避けてしまっていた。

「そうだね。やっぱり同じには見れない。見ちゃいけないと思う。ただ」

「ただ?」

「死んだ刹那とは違うけど、それでも、あいつはやっぱり刹那だよ。あいつにとって俺は兄で……俺にとっては妹だ。もう二度と離れたくない。手を離したくない。そう思うよ」

 胸がすっと楽になるのを感じた。

 ようやく——ようやく、本音を語れた気がして。

 もういい。

 俺の悩みなんて、本当にちっぽけでつまらないことだった。あいつの苦悩や孤独に比べればなんと些細なことか。

 刹那のために何ができるかなんてわからない。誰に聞いても答えはない。

 でもあいつがあいつらしく毎日を生きられるよう、俺にできることを考えよう。

 今は、一緒に生きるくらいのことしか思いつかないけれど。

 とりあえずはそれでいい。

 つばめちゃんが頷いた。

「きっと一緒に生きられるですよ。私もできる限りお手伝いするです」

「うん。ありがとう」

 その時だった。

「ひゅーひゅー」

 俺とつばめちゃんの死角から、明らかに狙っていたであろうタイミングで刹那が登場してきた。

 はい出た、頭の中ピンク色のお花畑人工知能。

「お二人さん、いい雰囲気だったじゃないの」

 ニヤニヤしながら転がってくる。

「お前、『ひゅーひゅー』はもう古語だぞ。あとその顔やめろ腹立つ」

 俺たちをどうしてそういう話に持っていきたがるのか知らないが、満太に見つかったら破壊されるぞ。

「兄ちゃん。さっきの話、あたし決めたよ」

「さっきの話?」

「この先どうするのかって話だよ」

 ああ。そういえば、親父からの伝言がどうのという話で有耶無耶になったのだったっけ。

「あたしさ、自分がきっと世界の役に立てるってことが嬉しいんだ。だからたぶん、大丈夫。生きたいって思う。つばめちゃんだっているしね。ついでに兄ちゃんも。だから大丈夫」

「ついでかよ」

 思わず吹き出してしまう。

 刹那も笑っていた。

「ね、あたし考えたんだけど、二人ともAWBになるってのはどう? あたしがパイオニアとして、市民権を得られるように頑張って人工知的生命体の生きる道を切り拓くからさ。三人で世界平和のために戦おうぜい!」

 刹那はくるくると踊るように舞台の上を回りながら、どこまで本気かわからない口調で歌うように言った。本当にミュージカルでも見ているみたいだ。

「いやあ、それはちょっと……」

「大丈夫! パパにお願いすればなんとかしてくれるってば!」

 そういう問題じゃないんだけどな。

「そうですね」

 つばめちゃんが笑った。

「一緒に戦える日が来るといいですね」

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