023 少年は再会する
妹を評して“向日葵のよう”だなんて言う兄のことを、気味が悪いと思うだろうか。
そうかもしれない。
だが言い訳をさせてもらえるなら、あの頃の俺にとって、それは出来の良すぎる妹を揶揄するための表現に過ぎなかったのだ。
いつだって悩みの一つもなさそうに笑っていたあいつは、いつも馬鹿のひとつ覚えみたいに太陽の方を向いている夏の向日葵にそっくりだった。
と、そういう意味だ。
ただの嫉妬だ。
あの頃は思ってもみなかったのだ。
白い太陽を見る度に願うことになるなんて。
そんな風に疎んでいた向日葵を、もう一度だけでいいからと。
***
意識を取り戻すと、オフィスのソファに寝かされていた。
傍には、気絶した俺を気遣い付き添ってくれていたつばめちゃん……はおらず、残念ながら満太と倉井さんだけだった。
「だからやめとけって言ったのにさ」
俺が目を覚ましたのに気付いた満太が、目線をパソコンに置いたまま言ってきた。
身体を起こす。倉井さんが「大丈夫かい?」と心配そうに声をかけてくれる。
「大丈夫です、すみません」
妙に頭が冴えていた。
立ち上がって再び扉に向かおうとすると、満太が「ちょい待ち」と自分のパソコンを指し示した。
「中の様子、こっからでも見れるよ」
後ろから画面を覗くと、確かに室内の様子がモニターされていた。
真上からと斜め上四方から、五つのカメラの映像だ。赤間さんと籠目さん、そしてつばめちゃんがAWBと何か喋っているようだった。
満太がスピーカーをオンにすると、会話の内容が聞こえてきた。
『じゃあ、つばめちゃんが兄ちゃん連れて来てくれたの?』
『礼には及びません。サイバー探偵は粋なので』
『サイダーキャンディはキビナゴで?』
『そうゆうとこ兄妹ですね』
『あ、そういえばあの子は? あの喋るトカゲくん。パピヨンだっけ』
『トカゲでなくレオパのパピコです。彼は国家権力の手にかかり非業の死を遂げました』
『ええっ!?』
『つばめちゃん、その言い方は誤解を与えるよ』
『なんです籠目さん。私は本当のことを言っただけですが』
『いや、だってパピコはただの人工知能だから元々生きてはいないだろう』
『籠目さん、それあたしも傷つくってば』
和やかに談笑している。とても人工知能と人間とは思えない、自然で、ごく普通の親しい人間同士の会話だった。
「お前さ、疑ってたんだろ。最初から否定してたんだろ、どうせ偽物だって」
満太はパソコンをぱたんと閉じ、見透かしたように言った。
その通りだった。
「本物か偽物かなんて俺だってわからないけどさ。でもつばめちゃんがお前をここに連れて来たのは、AWBと会わせるためなんだろ?」
「戸隠さん」
倉井さんにたしなめるように言われると、「ケビンだってば」と満太は立ち上がり、ブリーフィングルームの方へと向かう。途中で立ち止まり、
「つばめちゃんの気持ちを無駄にすんなよな」
そう言い残して部屋に入っていった。
倉井さんがやれやれと溜息をつき、
「気にしないでください。これは他人が口出しできる問題じゃないのですし。まったく、僕より年上のくせに子供なんだよな、戸隠さんは」
さらっと衝撃的なことを言いながらフォローしてくれる。
「いや、彼の言う通りです」
そんな子供の満太にすら見透かされ、叱咤されてしまった。
「扉は開いてるよ。前に立てば開く」
倉井さんの言葉を受け、扉に向かう。
その通り。扉を開けるために必要なのは、扉の前に立つことだ。
「あっ兄ちゃん! ……大丈夫?」
先ほどよりいくらかトーンダウンした刹那の声。
「ああ。さっきは悪い。久々にお前に会えたのが嬉しすぎて気絶しちまった」
「何それキモっ」「キモですね」
「ちょっと待て」
女子二人が冷たい視線を送ってくる。メンタル的には普通に会話しただけでも褒めてほしいくらいなんだけど。
改めてAWBを観察する。
地面に置かれた球体は、AWBのハードウェアであると同時に、映像の投影機と、自律移動するための車輪の役割を果たしているようだ。土星の輪から空中に投影されている映像は立体的で、生身とまではいかないがかなりリアルに再現されている。
プログラムというには確かに、あまりにも人間に近い。
特に、表情、声の抑揚、仕草。記憶の中の刹那にそっくりだ。
いや……刹那そのものだ。
真っ直ぐに俺を見つめる刹那と目が合い、つい逸らしてしまう。
「それにしてもこの部屋、うちそっくりだな。驚いた」
そう誤魔化すように言うと、
「色んな景色に変えられるんだよ。海辺とか、世界遺産とか、宇宙空間とか。でも一番落ち着くのはやっぱり我が家なんだよねー」
「我が家……」
やはり本物なのか。俺と同じ部屋で暮らし、同じ記憶を共有している、俺の妹の。
「兄ちゃん、二年ぶりだってのにあんまり身長伸びてないね」
「うるせーよ! お前もだろ!」
「当たり前じゃん、こっちは歳も取ってないんだから。永遠の14歳だよ」
なんだか馬鹿らしくなってくる。
つばめちゃんが不安そうに俺の様子を窺っていることに気付き、大丈夫、と手でジェスチャーを送る。
「それにしても、刹那とつばめちゃんが知り合いだったとはね。どこで知り合ったの?」
つばめちゃんに質問を振る。
考えられるのは学校の同級生だろうか。かなりの偶然ということになるけど、年齢的にも妥当なセンではなかろうか。だとするとつばめちゃんの年齢も自ずと決まってくるが。
「それは……」「ヒミツ!」
つばめちゃんが答えようとすると、刹那が割り込んできた。
「なんでだよ。それくらい教えてくれたっていいだろ」
「ダメだってば。女同士の秘密は国家機密よりも重いんだから」
「それお前が言うとシャレにならないぞ」
なんだよ秘密って。まさか言えないような場所で出会ったんじゃあるまいな。合コンとかクラブとか……
と親バカをこじらせた父親みたいなことを考えたが、二人ともそういう場所とは無縁に思えるし、それになんとなく今、刹那がつばめちゃんを庇ったようにも見えたのが気になった。
「むしろさ、つばめちゃんと兄ちゃんは付き合ってるの?」
俺とつばめちゃんが同時に噴き出す。
ただの質問返しだが、話を逸らすにはなかなか効果的だった。
そういえばこいつ、恋愛脳だったな……つばめちゃんが困ってるだろうが、まったく。
「付き合ってるかっていうと微妙なところ「あり得ないですね」
つばめちゃんがすげなく否定しても、刹那はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、そして口をすぼめた。
「ひゅーひゅー」
やっぱり本物だこいつ。
お茶を濁すまでもなく勝手に濁ってしまったが、仕方ない。つばめちゃんとの関係について話すことはイコール、今回の事件について、ひいては事故のことを話さざるを得なくなるのだから。
「積もる話もあるだろうが、一旦この辺でいいだろうか」
後ろで様子を見守っていた赤間さんが、痺れを切らしたように言った。相変わらずの無表情だが、俺たちのやり取りの中身の無さに呆れているようにも見える。
「えー、せっかくなんだしもうちょっと話そうよ! 倉井さんとかケビンさんとかも入れてさあ」
「わがまま言うなよ。しばらく俺もここにいるんだし、また後でいくらでも話せる」
「そうです、いつでも会えるですよ」
ぶーぶー文句を言う刹那をたしなめ、一度ブリーフィングルームに戻ることになった。
部屋を出る時、「絶対だよ」という声が聞こえてきたので振り返ると、すでに刹那の姿はなく、無機質な球体がぽつんと転がっているだけだった。
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