016 少年は訪問する
公共交通機関が苦手だというつばめちゃんの運転するオンボロミニで、俺たちは東京のど真ん中、皇居は桜田門の目の前にある警視庁にやって来ていた。探偵事務所は皇居の真北にあるので、ちょうど内堀通りを半周してきた形だ。
内堀沿いの道は空が広くて、晴れた日に散歩をしたら気持ちが良さそうだ。青や緑に彩られた眺望はさぞかし趣きのあることだろう……が、モノクロの視界では格段に味気ないものになる。料理やファッションも同じだ。
そういう意味で、たぶん俺は同年代の人たちと比べて、この世界に対する興味をかなりの部分で失ってしまっているのだろう。
「着いたですよ」
庁舎から少し離れた路肩に車を停めると、つばめちゃんはよたよたと覚束ない足取りで庁舎の方へ向かって行く。
この辺りは警視庁以外にも各省庁、裁判所などが多く立ち並び、まさにこの国の中枢といった感じだ。
前を歩くつばめちゃんはビッグサイズのパーカーにショートパンツといういつもの出で立ちで、明らかに周囲の景色から浮いていた。道を往く人は視線を向けてくるものの、さほど俺たちに興味がないのだろう、そのまま素通りしていく。
そもそも子供二人が車から降りてくる場面を見咎められやしないかとびくびくしてしていたのだが、杞憂だったらしい。
——昨夜。
つばめちゃんからACTへの訪問を打診された時、俺は断ることができなかった。
結局また三階に泊まらせてもらうことになったのだが、かなり疲労が溜まっていたのだろう、二人とも昼前まで寝てしまった。
特につばめちゃんは実に三日ぶりの睡眠だったようで、俺が寝坊したと思い慌てて二階に降りると、ブラインドの隙間からハンモックの上で子犬のように丸まって寝ている彼女の姿が見え、起こすのも悪いと思って三階に戻ったのだが、それから一時間後に三階の扉を叩いたつばめちゃんの一言目は「いつまで寝てるですか?」だった。
急いで朝食兼昼食を摂り、そして今ここに至る。
「でも、いきなり来て会ってもらえるのかな」
「だいじょぶですよ。柊さん、私を誰だとお思いですか?」
「誰って……」
まさか、ただのサイバー探偵ではなかったのか?
「サイバー探偵のつばめちゃんですよ」
「だよね」
「それに、もう先方には連絡済みですので」
そっちの情報の方が重要だ。
「アポイントを取ってあるってことか。つばめちゃん、ACTに知り合いでもいるの?」
「ええ、特捜課に。まあ、できれば会いたくない人たちですけど……」
と、急にもごもごしだした。
会いたくないとはどういう意味だろう。“特捜課”という名称からしていかにも強面のイメージがあるが……。
「どんな人たちなの?」
「控えめにいって全員ド変人です」
「帰っていいかな?」
万人が認める変人であろうところのつばめちゃんが変人呼ばわりする人たちとは一体……。
ここに来るまでに聞いた話では、ACTは全国の警察署に支部を持つ組織で、発足したのは東京オリンピックの前年の二〇一九年。中でも警視庁にあるACT本部は、他国からのサイバー攻撃への対策、サイバーテロの抑止など、その名の通り重大なサイバー犯罪に関する事案を扱っているらしい。
「でも、俺なんかが来てよかったのかな。完全に部外者だけど」
というより、下村拓海の息子である俺はむしろ警察にとってマーク対象なんじゃないかという気もする。
「あなたがいないとダメなんです。向こうも、あなたと会いたがってるはずですよ」
「……どういうこと?」
「行けばわかるです」
ますます謎が深まる。
俺のお金が盗まれたこと、盗んだ犯人のこと、親父のこと、AWBのこと。
それらの要素が彼女の中でどう結びついているのか、当の本人である俺にもまだ想像がつかない。
それにつばめちゃんが言っていた、AWBの人格云々の話。あれきりそのことについては話していない。
庁舎の入り口に着くと、駅の自動改札のようなゲートが設置されており、職員らしき人たちはカードキーをかざして通過していた。
どうするんだろう、とつばめちゃんを見ると、彼女は自身に満ち溢れた足取りで警備員が立っている通用口に向かって行く。
さすがつばめちゃん、頼りになるぜ。
なんて感動したのは一瞬だった。
「通すです! こっちはACTの客人ですよ!」
「嘘をつくな! 誰だお前らは!」
「サイバー探偵のつばめちゃんです!」
「知らん!」
警備員と見事なまでの押し問答を繰り広げ始めた。
さっきの自信はなんだったのだ。
というか、アポイントを取っていたのでは……?
「あっはっは」
俺が他人のフリをしようとした瞬間、後方から笑い声が聞こえ、見ると、私服姿の女性がこちらを見て腹を抱えていた。
「籠目さん! 笑ってないで、この分からず屋に説明するですよ!」
「いやあ、相変わらず可愛いな、つばめちゃんは。警備員さん、この子たちはうちのお客さんなんだ、入れてやってくれ」
彼女がそう言って職員証のようなものを見せると、警備員はハッとしてつばめちゃんから手を離した。
「なんで話が通ってないですか!?」
つばめちゃんが女性に突っかかる。
「ごめんごめん、久しぶりにつばめちゃんに会えるもんで、ちょっと悪戯してみたくなっちゃってさ。相変わらずソーシャルエンジニアリングは苦手みたいだね……ぷっ」
彼女が噴き出すと、つばめちゃんはぽかぽかと彼女を叩いた。
「あの」
「君が柊翼斗くんだね。話は聞いてるよ」
俺が声をかけると同時に、彼女は俺に笑顔を向けてそう言ってきた。
明朗闊達、という言葉がよく似合う印象の人だ。歳は二十代前半くらいだろうか。警察の、しかも特捜課という名前のマッチョなイメージとはかけ離れている。
「名刺が渡せないもので、口頭で失礼するよ。私はACT特捜課の籠目理紗だ。よろしくね」
カゴメさん。この人がつばめちゃんの知り合いの人か。
「こちらこそよろしくお願いします。ちなみにつばめちゃんとはどういう関係なんです?」
「あれ、聞いてないかい?」
籠目さんはちらりとつばめちゃんを見ると、
「私とつばめちゃんはね、小学校からの同級生なんだよ」
「え」
……ええっ!?
ええええええええええええええええええええええええええええええええ
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