011 探偵は鼻息が荒い
詳しく経緯を聞いたところ、波多野はギャンブルと離婚が原因で金に困っていたらしく、自棄になって居酒屋でくだを巻いていたところに、ある人物からフィッシングの話を持ち掛けられたのだという。
「得体の知れない女だった。最初はくだらないと思ったよ。どうせ俺をからかってるんだろうって。でもその女、着手金とか言っていきなり二十万も渡してきたんだ。うまくいったら盗んだ金の半分をくれるって。確かに俺はどうかしてた。金に目がくらんでたんだ。まさか自分が盗みなんて大それたことするなんて思わなかった。でも他人の家に泥棒に入るわけじゃないと思ったら、つい……相手が君みたいな子供だとは知らなかったんだ」
「子供も大人も関係ない、犯罪は犯罪です。それで、口座にお金がなかったとは? 嘘はダメですよ。嘘つきが泥棒の始まりなら、泥棒を終わらせるのは正直さです」
つばめちゃんは厳しく迫るが、波多野は慌てて「嘘じゃない」と首を振った。
「確かに嘘はついてないわね」
突然パピコの声がして見ると、どこに隠れていたのか、つばめちゃんの肩にちょこんと乗っていた。波多野はそれこそ「嘘だろ?」という目でパピコを凝視している。本当に嘘みたいな嘘探知機だ。
その後の波多野の説明では、メールを俺に送ったのは波多野自身だが、いざ口座にログインしたところ、五千万円どころか一円も入っていなかったのだという。
「異議あり!」と指を差したいところだが、残念ながらそれらの証言はパピコによりすべて真実であると認定された。
こうなると、むしろ「五千万持ってたけど全部盗まれちゃいました」という高校二年生の証言のほうが俄然疑わしくなってくる。
そしてその不安は的中したようで、
「柊さん、カスです」
つばめちゃんが唐突に罵倒してきた。
「確かに俺はカスのような存在かもしれない、誰にも必要とされず誰の役にも立たない路傍の石のような人生だ、だけど信じてほし「そうではなく、スマホを貸すです!」
苛立たしげに俺のスマホを取り上げると、自分のパソコンに繋いだ。
「ちょっ、つばめちゃん!?」
「柊さんのお金が狙われたのは事実ですから、今さら疑ったりしないですよ。気になることがあるのでスマホの中を調べさせてもらうです」
それからしばらくパソコンを叩いていたが、何かを発見したのか手が止まった。スマホの画面をこちらに向けてくる。
「柊さん、これはいつインストールしたですか?」
そこに表示されていたのは、俺がやっていたオンラインゲームの攻略情報アプリだった。
「ああ、それはつい最近、例のフレンドの人に薦められて入れたんだよ。ほとんど使ってないけど。それがどうかしたの?」
「キーロガーが仕込まれてるです」
「君の名は?」
「雛野つばめです。じゃなくて、キーロガーです。キしか合ってないです」
「黄色が仕込まれてるって……そんな馬鹿な」
たぶん馬鹿は俺だ。
「キーロガーはトロイの木馬の一種で、スマホやパソコンのキー入力のログを勝手に外部に送信するスパイみたいなやつです。つまりあなたがどこのサイトで何を入力したか、誰とどんなやり取りをしたかなどが筒抜けになるです」
「なにそれ怖っ!」
正直バックドアとかよりも生々しくて恐怖を感じる。変なサイトとか見てなかったよな、俺……
……あっ。
キーロガー許すまじ。
「で、でもアンチウィルスソフトも入れてるのに、どうして?」
「アンチウィルスソフトは万能じゃないですよ。新しいタイプのものは検知されにくいですし、アンチウィルスソフトを無効化するマルウェアもあるです」
そんなの反則だ。防ぎようがないじゃないか。
しかし、どういうことだろう?
波多野が俺の口座情報を奪うより前に、そんなタチの悪いマルウェアがスマホに仕込まれていたということになる。
「二重に情報が盗まれた、と考えられるですね。事前にキーロガーでIDパスワードを入手しておきながら、チョロ太郎にもフィッシングで同様に情報を盗ませた」
「そこまでして俺を? いったい誰が、どうして」
「わかりません。たまたまあなたが大金を持っていることを知ったのか、他の理由があるのか。金銭だけが目的ならばもっと効率的な方法がいくらでもあるのですが……ただ、間違いなく言えるのは」
つばめちゃんは俺の目を見た。
「オンラインゲームのフレンドの女、ハミングバード。そいつが黒幕ということです」
衝撃的な事実……ではあるが、予想はしていた。
自分から言い出せなかったのは、ただ認めたくなかったのだ。身近な人間に裏切られることほど怖ろしいことはないから。
「な? 俺じゃないんだよ! 俺は盗んでないんだから、勘弁してくれよ!」
それまで黙って聞いていた波多野が懇願してきた。
「してくれよ?」つばめちゃんが睨みつける。
「勘弁してください!」
「なら喋るですよ、その女のことを。どんな風貌か、他に何か言ってなかったか」
しかし波多野は他に大した情報を持ってはいなかった。彼に話を持ちかけてきた女性は帽子とサングラスで顔を隠していたらしく、「若くて美人だったと思う」という曖昧で主観的な情報が得られたのみだった。
波多野に「もう二度と悪さはしないですよ」と念押しして、つばめちゃんはようやく彼を解放した。タクシーが逃げるように走り去っていくのを二人で見送る。
「逃がしてよかったの?」
波多野の弁解は結果論でしかない。盗まなかったのではなく、口座にたまたまお金が残ってなかったから盗めなかっただけだ。
「いいわけないです。実際、別の人を騙そうとしてたわけですから。あの人のスマホの情報と今の会話の録音をケーサツに送っておいたですよ。あとはよしなにしてくれるでしょう」
「またいつの間に……」
「一度サイバー犯罪に手を染めた人は必ず繰り返すです。被害者が目の前にいない。指を動かすだけでお手軽にできる。サイバー犯罪が増え続けている理由の一つがそれです。ちゃんと罰して、ブラックリストに乗せておかないとダメです」
パピコをハンドリングしながら、淡々と、しかし有無を言わせぬ厳しさを帯びてつばめちゃんは言う。
「でも、警察に証拠送って終わりなんて、割とあっさりした処遇だね。昨日は颯爽と店にまで乗り込んでいったのに」
彼女なら見せ場がどうとか言いながら直接警察に突き出すくらいはしそうなものだ。もちろん、穏便に終わってくれるならそれに越したことはないのだけど。
「だって、真犯人が別にいるですよ。探偵としては燃えるところです。あんな小物に関わってる場合じゃないです」
そう言って鼻息を荒くする。
チョロ太郎、哀れなり。
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