第39話 キラーエリート
《前回までのあらすじ》
オルカラド王国の宰相、キース・オルマンを追いかけ首都ソルートへ向かう途中、春輝は幼い双子の兄妹に助けを求められ、咄嗟に彼らに協力する。
しかし、武装した男たちにも追いつめられ、かなり危機的な状況だったが、間一髪、富岡たちの応援により、難を逃れた。
キバの名を語って殺人を繰り返す"キバB"を追っていたコヨーテたちも、その場に現れ春輝達を助ける。
春輝を援護したダニールとトミオカも合流し、改めて、両者は顔を合わせたのだった—
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あたりは、静寂に包まれていた。
さっきまでの喧騒が嘘のように消え、雪まじりの林道がひっそりと一本、続いている。
あの若い銀髪の男以外、全員コヨーテたちに捕えられた。驚いたことに、あの謎の黒い集団は、数名どころか16人もいた。コヨーテたちの希望で、少し先にある林の中で改めて顔を合わす。
(本物の…キバだ…)
お互い何となく向き合うようにして、その場に腰を下ろす。
さっき自分を手当てしてくれたキリルと、"エル"と呼ばれる赤い巻毛の少年が、見張り役として両脇に立ち、あたりを警戒していた。
(双子の兄妹以外は、全員が15才前後か…?)
こうやって改めて見ると、体格が華奢でも全員がそれなりに鍛えられた体つきをしているのが分かる。
カーキ色の布地に揃いの白い渦巻紋様の入った衣服は、微妙にそれぞれ羽織りの袖、手甲、脛当ての長さや形が異なっていた。
首に巻いた紋様入りの布で口を覆い隠していたけど、皆それを外して次々と腰を下ろす。
(民族衣装…なのかな…)
衣服の隙間からのぞく腕や太腿、ふくらはぎに至るまで、彼らは余計な脂肪が一切ついていない。武器もそれぞれ異なるものを身につけていた。
だいたい、銃が飛び交う混乱した現場に古典的な武器だけで飛び込んで、みんな大した怪我をしていないなんて、一体どういう身体能力してんだ…?
「なに見てんだよ。」
(あ…)
コヨーテに"ミカ"と呼ばれていた少年が、自分を睨みつけている。
「やめろ、ミカ」
あぐらをかき、腕を組んでこっちを見据えている血気盛んな少年をコヨーテは即座に諫めた。ダニールのほうへ視線を向けると、口火を切る。
「目的を教えて。この国に何しに来たの。」
ダニールが通訳し、富岡さんが口を開いた。
「俺たちの目的は、"調査"だ。」
明確な答えだった。
「この国で起きてる連続殺人事件を調べてる。大量虐殺や、集団殺害の可能性があるのか…それを俺たちは調べに来ただけだ。」
コヨーテは、話す富岡さんをじっと、見つめている。
「君らの邪魔をするつもりはない。」
ダニールも横で頷きながら、富岡さんの言葉を伝えている。コヨーテ以外の少年たちは、ダニールと自分にも見極めるような視線を向けていた。
「このユーリとアリナは仲間なんだ。二人を助けられたのは、あんた達のおかげだ。手を貸してくれてありがとう。」
さっきの双子の兄妹は、コヨーテの両脇にそれぞれ腰を下ろしている。
よく見ると、本当によく似た双子だ。髪型が同じだったら判別できない。
ふたりは、さっき馬から投げ出された時に軽く額や腕に傷を負ったが、今は意識も戻り、キリルの手当てだけで済んだみたいだった。
「礼はいい。」
富岡さんは、すぐに切り返した。
「それより教えてくれ。やつらは誰だ。」
「…知らないほうがいい。」
コヨーテは一瞬、言葉を詰まらせ、首を横に振った。すぐさま、ダニールの低い声が響く。
「冗談じゃない…
ダニールが凄むのは珍しい。物理的に何も口を挟めない自分の状況がもどかしかった。
「そうだね…わかった、話す。」
顔を上げたコヨーテは、どこか吹っ切れた表情をしている。ダニールと目を合わせると、彼女は不器用にはにかんだ。
「誤解しないで。あんた達にはこれ以上、危険な目に遭ってほしくないだけなんだ。」
(コヨーテ…)
言葉は分からない。けれど、人間が真摯に訴える姿は、言葉がなくても伝わってくる。
「ルシアン帝国の人間なのか?」
富岡さんの率直な言葉は、その場の空気を凍らせた。コヨーテの瞳の奥が一瞬、揺らいだ。
「……」
黙り込むコヨーテを、横に並ぶエレーナがちらりと横目に様子を伺っている。
(あ…)
林道を駆けているとき、双子の兄妹が叫んだ言葉を思い出した。
— 彼らは…?!誰なんだよ…ッ!
― ルシアンの一味です…っ!
(あれは、聞き間違いじゃなかったんだ…)
「キース・オルマンを見たぞ。」
まだ頑なに黙り込むコヨーテに、富岡さんは更に告げる。
「それもオルカラドの危機を覆したラリヤク地方で、だ。これは、ただの偶然か?」
ようやく彼女は、口を開いた。
「そうだよ。ルシアンは…この国をまだ諦めてない。」
富岡さんは、彼女の答えを予測してたのか立て続けに尋ねる。
「あの銀髪は誰だ。」
「ドロフェイ。ユーリたちの話だと、首都周辺に潜伏して、王城内で二人を拉致したらしい。」
今度はダニールが間髪入れずに口を挟んだ。
「じゃあ、キバ事件を指示したのも彼が…?」
コヨーテは首を横に振る。
「ううん。
手際良くメモしながら話をきくダニールへ視線を移し、彼女はひと呼吸つく。そして、思い切ったように告げた。
「アレクセイ・ロマノフ」
その名を口にした時のコヨーテの目は、どこか虚ろげな暗さがあった。富岡さんも、黙ったまま彼女の言葉を聞いている。
「奴が全工作員を動かしてる。ミコルの森で追ったけど捕まえられなかった…かなり厄介な奴だよ。」
不意にコヨーテと目が合った。それで、ダニールと二人でミコルの森中で遭遇した時だと思い当たる。たしかに、あの時—あの森にはコヨーテたち以外の集団がいたのは間違いない。直接遭遇していたら、かなり危なかった…
「あ…」
ダニールが何か閃き、肩を数回叩いて知らせてきた。顔を向けると、日本語で声を潜める。
「ハルキ、私たちは彼を見てる…!」
「え…?」
「ほら、マシェスタの地下喫茶店…!」
首元に横一文字に大きなミミズ腫れの傷があった男を思い出す。あの時感じた異様な雰囲気も思い出した。
「あぁ…!」
それにしても、もっと観察しておくべきだった。記憶がかなり曖昧で、肝心の顔が何となくしか思い出せない。あの首元の傷と中指に入っていた文字の刺青なら、はっきりと覚えているのに…!
「あった…こいつだ。」
富岡さんが自分のタブレットで検索した画像を見せてくれた。ダニールとのぞき込む。
「そう、この男だ…ハルキと森の近くにある宿で見かけたけど、途中で見失ったんです。」
タブレットに表示された画像の男は、自分たちが見た時より、だいぶ精悍だ。雰囲気が違うのは、タブレットの画像では勲章が沢山ついた軍服を着ているせいかもしれない。
(軍人…?)
ダニールの反応を見て、コヨーテもおもむろに覗き込むと頷いた。
「そう…それがアレクセイ・ロマノフ。元軍人のサイコ野郎…!」
吐き棄てるような口調だった。富岡さんが尋ねる。
「何者なんだ。」
「能力を見込まれて軍から国の諜報機関へ移されたエリートなんだ。だから奴の除隊後の記録は一切ない。」
「能力…?」
ダニールが首を傾げると、コヨーテは俯いた。その伏した目にかかる睫毛の長さに、つい見入ってしまう。
「裏工作なら何でも完璧にこなす…やつはルシアンの
(キラー…エリート…)
俺たちは、とんでもない問題に関わってしまったのかもしれない—
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