女神は激怒した。

栄養素

女神は激怒した。

 女神は激怒した。

 努力することを怠り、ただただ無償の救いを求める人間たちをどうにかせねばならぬと決意した。

 女神は直接神罰を下すことを好まぬ。

 女神は策士である。

 どうすれば人間たちに、最も効率よく教訓を与えることが出来るか考えた。

 そして、流行に人一倍敏感であった彼女は、とっておきの策を思いついた。

 女神は、己に救いを求めるだけの怠惰な人間たちに、冷たい神託を下した。


「最強の勇者を与えましょう。その力を御することが出来るなら、世界は救われることでしょう」


 ◇ ◇ 


 王国に勇者が召喚された。


 今、王国は、魔王の侵攻を受け存亡の危機にあった。

 王国の人間たちはそれなりに戦った。が、太古の昔より、魔王は勇者が倒すものと思い込んでいる彼らは、真剣に戦っていなかった。

 全部勇者に任せればいいや。そんな空気が王国の中に漂っており、当事者意識が著しく欠如していた。


 そんな中行われた勇者召喚の儀式。

 いつもより召喚に時間がかかったようだが、救いを求める願いは、無事に女神に聞き入れられ、別世界から勇者がもたらされた。

 しかも女神曰く、「最強の勇者」らしい。

 王国の誰もが、速やかなる平和の訪れを夢想した。


 やって来たのは、

 スラリとした長身。豹のごとくしなやかな筋肉。その顔は輝かんばかりのイケメン。波打つ黒髪に褐色の肌。流れる汗さえ、匂い立ちそうな色気を備えた。見た目パーフェクトな青年だった。

 来ている服は、王国では見かけない珍しいデザインだったが、エスニックでロイヤルな雰囲気をこれでもかと振りまいていた。そのロイヤルオーラは国王さえ圧倒した。


 アラ・ブノ・オージと名乗った青年は、この世界を救ってみせると、高らかに宣言した。


 ◇ ◇ 


 慣例にのっとり、勇者の青年は少数の仲間たちと出発した。

 メンバーは青年の他に聖女(女)、聖騎士(女)、魔法使い(女)、狩人(女)、踊り子(女)の合計6人。

 彼らの活躍は目覚ましかった。

 占領された街を開放し。手強いモンスターを撃退し。囚われのお姫様を救い出した。

 特に勇者である青年の力は抜きんでていた。というか、ぶっちゃけ、アイツ一人でいいんじゃないかな?


 でも、同時に問題もあった。

 青年は、力を振るうのに、代償が必要だったのだ。

 その代償とは「最低でも一日に5人。女性と愛し合わなければならない」というモノだった。


 青年が女好きの最低野郎だったのかというと、そうではない。

 ロイヤルでノーブルな出自を持つ青年にとって、そうすることは生活に根付いた義務のようなモノだったのだ。

 しかも勇者として女神によって力を授けられていたため、前の世界に居た時よりも、そっちのパワーも跳ね上がっていた。毎日発散しなければ、脈動するマグマに身を焦がされてしまうのだ。


 最初は、仲間たちだけで対応していた。

 厭々ではない。むしろ積極的にだ。

 青年は、顔面偏差値限界突破の超絶スウィートフェイスを持つ上、ワイルドさとジェントルさを高い次元でフュージョンさせた、男でさえ惚れてしまうパーフェクトヒューマンであった。

 かっこよくて紳士で強くて博識でユーモアもあり優しい。

 彼女たちはみんな、最初の段階で青年に堕ちていたのだ。


 青年はベットの中でも最高の紳士でり、同時に、最強のモンスターだった。

 青年は、彼女たちの事を全力で愛した。

 彼女たちを、己の都合によるエナジー解放に付き合わせてしまっている負い目もあり、持てる技術の全てを夜の触れ合いに注ぎ込んだ。

 その結果、辺りに朝日が差し込むころには、彼女たちは息も絶え絶え、足腰立たない生まれたての小鹿もかくやという状態になってしまうのであった。

 無垢な乙女であった聖女、聖騎士、魔法使い、狩人はもとより、経験豊富なはずの踊り子でさえ、彼の全てを受け止めるきることはできなかった。


 青年は、彼女たちに無理を強いるような真似はしていない。

 常に彼女たちに気を配り、どこまでも紳士に接していた。彼女たちも、そんな青年に全幅の信頼を置き、彼の為に己を捧げようとしていたのだ。

 ただ彼のテクニックと愛が、想像のはるか向こう側だっただけである。


 だが、そんなことだから、青年達の旅の行程は遅々として進まなかった。

 夜は、必ず広いベットのある宿に泊まり。翌朝、彼女たちの腰に力が戻るのを待ってから出発する。

 これでは、一日の活動時間が限られてしまうし、野宿ができないから移動距離にも制限がかかってしまう。


 青年たちを支援する王国上層部は対策を考えた。

 そして議会で決定されたのは、青年たちの手助けをするサポート部隊の派遣だった。

 内容はこうだ。


 まずホテルチーム。

 ホテルチームは、組み立て式のグランドキングサイズベットと、それがすっぽり収まり、なおかつリラックスしてコトを行える最新式のテントの運搬と設営を担当する。

 これにより、野宿を可能にし移動距離を伸ばすことができる。


 次に用心棒チーム。

 用心棒チームは、ホテルチームが設営したテントの周囲を、徹夜で警備する。

 これにより、青年たちが安心安全に夜の時間を過ごせるようにする。


 最後にタクシーチーム。

 タクシーチームは、夜が明け足腰立たなくなってしまった女性たちを安全に次の目的地にお連れする。

 これにより、一日の活動時間の延長を図る。


 都合100名の人員が、青年の元へ向かった。

 王国首脳部は、これで世界に平和が訪れると、ほっと胸をなでおろした。


 ◇ ◇ 


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。


 青年の仲間。聖女と聖騎士と魔法使いと狩人と踊り子、つまりは全員の妊娠が発覚したのだ。

 この世界に、ビニールや蛇の皮を用いた袋状の膜は無い。また、それと同じ効果を持つ魔法の類も存在しなかった。あったのは、重い後遺症を残す可能性のある薬のみ。青年はその薬を嫌悪していた。

 仲間たちは、それぞれ自分でそのあたりを管理していたのだが、青年の放つ白き弾丸は、超一流のスナイパー並みの命中率を誇っていた。

 当然、これでは旅を続けられない。彼女たちは泣く泣く青年のもとから去ろうとした。


 だが、それに待ったをかけた人物がいた。ほかならぬ青年自身だ。

 青年は、仲間たち―いや、もはや妻たち―が己のもとから去ろうとするのを許さなかった。

 青年は、妻たちの命とその身に宿った新しい命を守ると神に誓った。


 これに頭を痛めたのは王国の首脳陣だった。

 妻たちを守ることを誓った青年は、有り余る才能を生かして商売をはじめ、あっという間に巨万の富を築いた。しかも、そのお金をもってして、自分たちの住む家―もはや、宮殿とえる―を建築し始めてしまったのだ。

 これでは、魔王討伐などできはずもない。

 国王を始め国のトップたちは、連日連夜話し合い、一つのプランを青年に提案した。


 それは、サポート部隊の増強案だった。

 新しいチームをサポート部隊に新設する。


 一つ目は医療チーム。

 青年の妻たちの体調管理を行う専属のチームだ。


 二つ目はパートナーチーム。

 妊婦たちに青年の相手をさせる訳に行かない。青年の竜を鎮める、新しい仲間たちが必要だった。


 三つめは戦闘チーム。

 増強前の用心棒チームと似ているが、このチームの役割は、青年と並んで魔王と戦うこと。

 今は妻となった女性たちが担っていたことの代替えチームだ。今回は全員が男性で、その中には王国の王子の姿もあった。


 この提案を受け、青年は魔王討伐の旅の続行を決めた。

 青年達について回る部隊の人数は200人を超えた。

 もとからいたサポート部隊員の練度も高まっている。

 テントチームは、あのお化けテントの設置予定地の整地作業から、設営までを短時間でこなせるようになった。

 用心棒チームは、強力なモンスターの襲来にも対応できるようになった。

 タクシーチームは、物流の効率化を図り、安定したルートの開発に励んだ。


 数々の改革を経て、青年たちの旅は続いた。

 青年とそのサポート部隊の活躍は目を見張るものがあった。

 遂に魔王四天王の一人を撃破し、魔王の勢力を大きくそぐことに成功した。

 王国のトップたちも、明るい未来を想像し、久しぶりにぐっすり眠ることができた。


 ◇ ◇ 


 だがしかし、状況は流転し、物事は変化し続けた。


 青年の妻となった女性たちの出産ラッシュが始まったのだ。

 誕生する新しい命。青年、妻、サポート部隊の面々の顔に笑顔がひろがった。

 また、かつて仲間であった妻たちの代わりに青年のナイトダンスのパートナーを担当した女性たちの中にも、妊娠の兆候を示した人もおり、青年の周囲はにわかに活気づいた。


 青年は子供たちの教育の為、各地より有能な教師陣を集め始めた。

 各分野のトップエリートたちが召集される中に、かつて討伐されたはずの魔王四天王の一人の姿もあった。

 青年は四天王の一人を指し、相互理解とグローバル化の重要性を説いた。

 相互理解によってもたらされる文化の発展と、グローバル化によってもたらされる新しい商売の形。

 人々はそこに新しい世界平和の形を見た。


 これを聞いて、王国の指導者層は頭を抱えてしまった。そして、ついには匙を投げだした。

 もはや自分達の手には負えないと。


 青年のサポート部隊は、王国上層部の指揮を離れ、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変な対応が取れる部隊へと再編された。

 部隊長には勇者である青年が就任し、後方から指揮をすることが多くなった。

 王国と魔王の支配地域の境に本拠地が築かれることになり、旧ホテルチームが土木作業と建築を行った。

 必要な材料は、旧タクシーチームが構築した交通網によって運ばた。

 周囲の安全は旧戦闘チームが、敷地内の治安は旧用心棒チームによって保たれた。

 旧医療チームにより、どこよりも清潔な病院が作られた。

 集められた教師陣たちは、お互いに競い合い、協力し合い、新しい技術を確立していった。

 そうしているうちに、乱世の中、安全な場所があると聞きつけた難民たちが押し寄せてきて、人口が増していった。

 部隊の指揮所しかなかった土地に、建設ラッシュが訪れ、多数の労働者も流入してきた。

 人材が不足し、王国のみならず、魔王の直轄地にも募集が行われ、多数の民族が入り混じる、文化の坩堝と化した。


 数十年の後。

 逞しく成長した青年の子供たちが独り立ちし、各地へ旅立っていった。

 高度な教育を受けた彼ら彼女らは、様々な分野で頭角を現し活躍した。


 そして、さらに数十年が経つ頃には、どこかロイヤルでノーブルな雰囲気を醸し出したエスニックな面構えの人物たち同士によって、魔王との和平条約が結ばれ、恒久平和が実現した。


 これは、勇者が世界を救ったお話。

 もしくは、人の怠惰が世界を変えたお話。

 または、女神の怒りがもたらした結末のお話。

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