第36話「拝啓、現実、それとも……」
「……龍太……、ねえ、起きてってば」
誰かの声が聞こえてくる。誰だろう。聞き慣れた声な気がする。僕は今眠いんだ。今は眠らせてくれよ。
「いいから起きなさい。いつまで寝ているのよ。早く起きろって言っているのよ」
キーが高い。ただ、聞き覚えのある声だった。僕は渋々と目を開ける。
「うーん、ん?なんでこんな所に居るんだよ。アスナ、お前天界に居るんじゃないのか」
僕の目の前には天界に居るはずのアスナが居た。だけど周りは霧に囲まれて、奥側が見えない。
「今回は特別なの。龍太。女神としてあなたに頼みたいことがあるの」
アスナ?っぽい女性がいったん下をうつむきながら、再度、上目遣いで僕を見る。
頼みたいこと?なんだろう。妹だったアスナの願いなら何なりと叶えるけれど。だけど、久しぶりに会えて嬉しい。最後に会ったのなんて天界でちょろっと話したぐらいだもんな。
僕は感情深く、涙目になっていく。もう出会うはずのない妹、アスナにもう一度出会うことが出来たからなのだろう。今は、なんだっていい。この異世界、僕の話を聞いてほしい。いろんなことがあったんだ。だから、アスナ、僕の話を……。
だけど僕は、言いたい気持ちを押し殺した。今はかっこいいお兄さんを演じたい。アスナの前だけは兄貴のプライドを守りたい。
「なんだい。アスナ?頼みって?」
そっけないそぶりを見せながら、アスナ?に僕は言った。
「んー?なに耳まで赤くなってんの?私に会えてそんなに嬉しいの?」
目の前に居るアスナ?は前のめりになりながら、手を腰に当てながら、僕に顔を近づける。
「正直に言おう。凄く嬉しい」
「キャー。そんな事言われたら私、涙が出ちゃうよ。龍太……」
そんな可愛げな彼女を見ているとほっこりしてくる。だけどなんだろう、見た目はアスナだけど、何気なく感じる違和感は、拭えない。
「で、なんだよ。頼みって、僕が出来ることは限られるぞ。今はこんな身体なんだからな」
僕はアスナ?に笑みを浮かべながら言った。笑みを見たアスナ?はニコリと笑みを返した。
「そうねー。このまま寝そべってほしいの。私、龍太の魔力が今、必要なの」
「え?魔力?そんなの僕にあったのか?」
僕は目を見開いた。初耳だ。リオさんならば魔力はあると思うのだけど、何もしていない僕にそんなたいそうなモノがあるだなんて。
ニヤリと僕は笑ってしまった。しれっと、アスナ?もニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「そう。あなたには魔力を感じるの。だからね。早く、そこに寝てくれない。ね」
僕はアスナ?の指示に従い、横になった。アスナ?は頷くと、僕の目の前まで近づいた。
横たわっている僕に、妙に積極的なアスナに疑問をわきながらも、アスナが次第に、僕の身体に抱き着いてくる。
「え?な、なにやってるんだよ。お前……」
「いいから。このままでいて、お願い」
僕は積極的な元妹アスナ?に、目をギュッとつむり、顔を背けながら、当然、耳まで熱く赤くなっているのが分かった。
チラリとアスナ?の方を見る。ニコリと笑みを返してくる。なぜこのような状況になっている。あの妹だった(演じていた)アスナがこんな事をするのだろうか。
僕はふと抱き着いてきているアスナ?の匂いを嗅いだ。ん?なんだこの匂い、アスナから血の匂いがする。
再度、アスナ?を見渡すと、口から牙が見えた。こいつ偽物じゃねーかよ。
僕はアスナ?の手にガブリとかみついた。アスナ?はビクリとしてとっさに僕から離れた。
「な、なにするのよ。龍太!いきなり噛みつくなんて」
アスナ?は噛みつかれた手を摩りながら、僕に悲しい顔を見せた。
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