第一章「拝啓、異世界ライフ」

第3話「拝啓、ドラゴンになりまして」

 ぽつりと水滴が頭に落ちてきた。僕は目を覚ますとどこかの森の中だった。

「本当に異世界……、なのか?ん?なんで記憶がそのままなんだ?って、手がごつい……」

 僕は全身をくまなく見つめ、触った。身体は子供っぽく、卵から生まれたばかりの大きさ。だけど、普通に人間の三歳児ぐらいの大きさはあった。それに全身赤色の肌……、ではなく鱗だなこれは。子供のドラゴンながらも爪が鋭く、尻尾もどしりと生えていた。背なかには羽根もついていたが、動かすことが出来なかった。


 周りを見渡すと、近くに水たまりになっているところを見つけた。よし僕の顔を見てみよう。


「…………、これはアスナがやったんだろうな」

 僕は水たまりで今の顔を確認したが、なんだろう。実際のイメージであった強面のドラゴンというよりも、目もクリっとしていて、口の中の牙もちょっこと見える顔だった。

「これじゃ威嚇は使えないかもな。もうこれじゃペットじゃねーかよ」


 顔以外はドラゴンぽかった。幸い、性別は男(オス)のようだ。見覚えのあるものがあったからな。これで女(メス)って言ったらシャレになんないところだが……。


 ただ、身体以外に問題があった。極めて重大な問題が今そこに。「ぎゅー」とお腹周りから音がする。

 そう言えば、この世界に来てから何も口にしてない。僕が目覚めたところには卵の殻があったはずだ。本来であれば卵生動物は、自分が生まれた卵の殻を本能的に食べるはずだ。だがしかし、生まれながら思考があった僕(前世の記憶がなぜかあった)は、卵の殻なんてすぐさま食べる思考なんてなかった。


「やばい、視界がクラっとしてきた。くそ、早く食べないと早々に死んじゃうじゃねーかよ。異世界に行って自由を満喫するって言いながら、早々に餓死ってシャレになんないぞ。妹のアスナに面目丸つぶれだ」


 よろよろになりながらも、僕は卵の殻があった方向に向かった。そこには、右目に傷の入ったリスがすでに居て、カリカリと僕の卵の殻を食べているわけで。


「何やってるんだ。返せやがれ!僕の殻を返せ」

 必死だったのだろう。僕はこのペットのような顔で、威嚇もどきに睨みつけた。 ドラゴンがすぐ近くにいると察知したのか、本能的になのかは分からないが、卵の殻近くにいたリスはすぐさま逃げていった。

 だけど、絶望がすぐにやってきた。僕の卵の殻は半分もなかったのだ。


「ちくしょう。くそ、ほとんど食べやがってあのリスのやろう。今度会ったらお仕置きしてやる。ポリポリ、あ、硬い……」

 ドラゴン初の食事が僕の殻だった。せんべいを食べる感覚で口にしてみたのだけど、味がなくて、まるで鉄を噛んでいるようだった。ちゃんと胃で溶けてくれるのだろうか。少しばかり不安になってくる。

 あっという間になくなった僕の殻、だけど僕の胃袋はまだご機嫌が斜めのようだ。

「くそ、全然足りない。まだクラクラする。あのリスのせいだ。もう僕はここまでなのか」


 バタンと地面に倒れこんだ。すると思考もあいまって、頭に恐怖心が思い浮かんでくる。


 僕は弱肉強食の世界を今まさに味わっているのだろう。弱いものが死に強いものが生きる。そんな世界なのだろう。どれだけ強い種族でもエネルギーがなければなんにもならない。

 ああ、自由に生きたかったな。前世はなにかと守られていたのだろう。今は親もいなきゃ、誰もいない。誰か助けてくれよ。ああ、そうだ、近くに居るんだろ転生者。助けてくれよ。僕は転生者から指定されたモノなんだろう。だったら、僕に食べ物を恵んでくれよ。


 僕は期待する中、無情にも雨音だけが聞こえてくる。


「ああ、ここには僕の救世主なんて……、期待の転生者なんて、この世界には居なかったのか……」

 あ、これ、ダメだ。人間のあの時みたいに、まぶたが重くなってきやがった。くそ、これまでなのか。ああ、アスナになんて言えばいいんだろうか。会った時にでも言いわけすればいいか。

 次第に、僕が瞳を閉じようとした瞬間、誰かに抱えられた。


「……、子ドラゴン?なんでこんなところに、お腹空いているのか?……」


 肌から伝わる柔らかい肌と柔らかいおっぱい。人間の時だったら本気で喜んでいただろう。正直ガッツポーズモノであった。

 薄っすらした瞳から、長い金髪のポニーテールをしている女性ってだけは認識できた。だけど今はそれどころではなく、気が付くといつの間にか気を失ってしまっていた。


__________



 目を覚ますと、木の天井が見えた。見知らぬ天井だ。僕はまだ生きているのだろうか?

きょろきょろと不安になりながらも、周りを見渡す。ポニーテールの女性が料理らしきものを作っていた。

 この人が助けてくれたのだろうか。きっとそうだろう。そうに違いない。精いっぱいの力を振り絞って見えたのは彼女だった気がする。違っていた時の不安は拭えないが。


「お、ようやく起きた?それにしても気を失いながらミルクを飲んだ時にはびっくりしたわよ」

 金色のポニーテールをしている女性が僕の頭をよしよしと撫でてきた。

 あれ?言葉がわかる。もしかして会話できるのだろうか。アスナも『人の言葉が分かるように』って言ってたし。

 希望を胸に抱き、勇気を出して声に出してみる。 

「あの、助けていただきましてありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

 人間の頃でも使うことのなかったセリフを言った。前世は比較的に安全、安心に過ごせたってのもあるのだけれど。実際、餓死で死ぬ寸前までになることもなかったしな。


「?なにを吠えているの?ああ、ミルクのおかわりなのかな?ん?まだお皿にあるじゃない、それを飲んでね。それにしても可愛いドラゴンちゃんだね。抱き着いて寝ちゃおうかな」

 そう僕に言うと、キッチンの方に向かって行った。


 ……、これは通じてないな。やはりドラゴンの言葉は人間には分からないのか。人間と同じ風にしゃべったんだけどな。

 ため息が出る。一瞬、口からゲップみたいなものが出そうだったけど、嫌な予感がしたから我慢した。

 一応、助かったみたいだ。心なしか、ホッとするものがある。アスナの面(つら)を汚さなくて良かった。

 目の前にある窓を見つめ、雨の止んだ夜の月光を見ながら、いつの間にか眠りについていた。

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