とある地主の記憶


 最近買った、形ノ原市の外れの森林。

 専門家に土地活用の仕方を相談したところ、マンションを建てることが懸命とのことで、ひとまず木を伐採することから始めましょう、と助言をいただいた。

 そうして、その専門家に全ての業務を委託したのだが、業務は思ったほどはかどっていなかった。

 しかもその理由が、なんとも非現実的だったのだ。



「祟られているですって?」

「ええ。――もちろん、私はただのいたずらだろうと思っていますよ。けどねえ、委託した業者の皆さんが口々にそう言うもんですから、ちょっと困ってしまって。何か心当たりはありませんかねえ?」

「心当たりと言われましても……購入した当時、そんな情報は一切耳にしませんでしたし……」

「そうでしょう。ですから、お客様に折り入ってお願いが――」


 言うに、いたずらの真相を共に確かめてほしい、とのこと。


 こうして自分は、専門家と共に森林の調査に乗り出した。



「というものの……」

「全く変化が見られないではありませんか。こんな森のどこに祟りなど――」


 その時だった。茂みから音がしたときは。


「あれは……」

「おや、可愛らしい動物ですなあ」


 ひょっこりと飛び出してきたのは黒ぶち模様のうさぎだった。首を傾げ、こちらを見つめてくる。

 しかもそれが、四方八方――自分達に詰め寄ってくるのだ。


「なんだか歓迎されていないようですね。ここは一旦――」


 帰るべきだと伝えようとしたところ、いつの間にやら専門家はいなくなってしまった。加えてうさぎ達も、一方向に走り去ってゆく始末。


「あのうさぎ達、まさかあの人を追っている――!?」


 この予感は、的中していたのだ。



「やめろお! 来るな、来るなあっ!」


 逃げ惑うその人を容赦なく追いかけるうさぎ達。その人を捉える目は、真っ赤に光っていたそうだ。

 距離を詰められていた頃にはうさぎ達は跳ね飛んでおり、その人に頭から突っ込んで体勢を崩させ、頭突きや飛び蹴り、噛み付きもしたという。


 そして次の瞬間、この森に雷が落ちたのだ。その音にうさぎ達は驚いたのか、一目散に茂みへ逃げ帰ってしまう。

 しかし安心したのも束の間。再び落ちた雷光によって、人影が映ったという。

 

「大丈夫ですか!?」


 自分が追い付いた頃には、土埃と涙と鼻水で顔を汚したその人が、支離滅裂な言葉を放ちながらある場所を指差していた。

 そして、その人が指さした場所から、落雷の光に紛れて人影が映る――雨も降り出した。



 ざっ、ざっ、ざっ、……と、何かが近づいてくる。



 そうして人影が映った場所から現れたのは、獣のような耳と尾を携えた、一人の少女。その少女は、白い輝きを身に纏いながらも、瞳に落とす影は暗く。鋭い殺気を感じさせた。

 その感覚を味わっていたのは自分だけではないようで。先程うさぎに襲われたその人も、身をよじりながら自分の背に隠れた。


「やめなさい! これ以上私達に近付くのは!」

「あなた」


 と耳元で一言!?


「この森の、持ち主――?」


 途端に距離を詰めてきた少女の問いに答えられないまま、自分はただ目を見開くことしかできなかった。


「違うようですね――じゃあ後ろのその人が――」


 と、少女は矛先を自分の背にいる――はずのあの人はいつの間に離れており、腰が引けたまま、ずいぶんと後ろへ下がっていた。


「この森を――」


 その人に歩行先を少女が向けると、少女の両手から鋭利なものが光った――あれは刃物だいけない!


「荒らそうとした奴――!」

「止めなさいっ!」

「びいぃやあああああ――!!」


 自分の声とあの人の悲鳴が重なり雷が落ちた!




 …………。


 鳴り止まない大雨の中。雷光により潰されていた視界が機能を取り戻す。

 佇む少女の目の前には泡を吹いたその人がいた。その人に、怪我はなさそうだ。


 一息ついたのも束の間、少女がこちらを向く。あの背丈感と、腰まで伸びた、毛先の揃っている暗髪は……数日前の記憶が昇ってきた。


「まさかこの間、この森の前での会話を聞いていた――!」

「ええ、思い出しましたか」


 そうして、少女は自分の前で静止する。


「あなたでしたら、この森にとって、最良の判断ができるはずです――」


 透き通った肌のこの少女が向ける眼差しは、女神のように優しくも、悪魔のように恐ろしくも見えた。

 そんな美しい少女に心を奪われていると、その周りを風が舞った。

 木の葉が舞い、砂が混じり、目をつむらずにいられなくなる。




 ……そうして彼女は姿を消した。

 雷も雨も止み、木漏れ日が射す。まるで、何事もなかったかのように。



~~~~~~~~~~~~~~~


「やっっったぁあああああ大成功ね! ねえ見た!? 命乞いする時のあのひっどい顔!」

「見ましたよ。目の前で脅しましたから。……それにしてもラビュラさん、やはりあれはやりすぎだったのでは?」

「それをやりきったあなたが言う事じゃないと思うけど?」

「……それもそうですね」

「私、アスカちゃんの迫真の演技に心臓鷲掴みされちゃった! あなた演技者アクターに転身してみたら?」

「結構です」

「ていうかさっきまでまとってた白い狼みたいな魔力? オーラ? 一体何なの!? どんな仕組みなの!?」

「それは秘密です」

「えぇー! 教えてよー!」

「教えられません」

「教えてよぉ!」

「教えません」

「教えてったらー! ねぇえぇー――!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る