記録その8 / 少女、準備をする

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 次の日の朝、私はファトバルシティへ行く為に急いで家事を終わらせ、出発の準備を始めます。


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ここからファトバルまでは。

この森を抜けて、端から端までシズリィ平野を横断しなくてはいけません。

移動手段は徒歩のみですから、到着まではおよそ8時間――何もなければ昼下がりには到着。

となると途中で昼食の時間が必要ですから、やはり何か作っておかなければ……。



コン、コ、コン。


「来たわよーリーダー」


このノック音。お知り合いの方が来たようです。

扉を開けましょう。



……おっと、右手で開けなくては。左手では異世界の扉が開いてしまいますからね――少しだけ開けてと。



見ると、女性の方ですね。組んだ腕の上に丸みと重みを感じる胸がしかとありますから。

そんな胸から上へ視線を移すと、目が合った瞬間に、こちらへ片手を小さく振ってくれました。――ちゃんと開けてあげましょう。


「おはようございます」


「あらおはよう! 久しぶりね。大きくなったじゃない?」

と頭を撫でてくる。くすぐったいです。


それにしても、この顔とこの声。もしかすると私、どこかで会ったことが――?


「覚えていないのも無理ないか。だって、会ったのは4、5年ぶりだもの」


「――すみません、思い出せなくて」


「いいのよ! 気にしないで! それで、ここの家主はいるかしら?」


「いえ。仲間を迎えに行くと言って、早朝から出掛けています」


「早朝から? ……もう、こんなか弱い子を一人にするなんて! でも大丈夫! お姉さんが来たからもう安心よ!」


「はい。ありがとうございます」

とお姉さんを家の中へ。


ですが、どちらかというとおば……いえ、止めておきましょう。

食卓の椅子を大きく引いて腰かけては、すぐに腕組みと脚組み。伏し目がちに首をひねるその様子は、何だか不満げに見えますから。


このお姉さんはそっとしておいて、私は昼食作りに戻りますよ。


というものの。昨日急いでふやかしておいた干し肉と、ビン詰めしている葉野菜の酢漬けを、買ってあるパンで挟むだけなんですけどね。



まずは葉野菜を刻んで。それから、ウォータで余計な酸味を洗い流す――。


「あら! 完璧な水魔法さばき!」


「――よく使ってますから」

ちょっと味見……うん、まだ濃いですが他の食材が味なしですからね――ざるにあけて、それから水分を押し切る。


これに塩胡椒を加えて軽く和えてから置いておいて、次はお肉です。

刻んでいきましょう――。



「おーう帰ったぞー!」

あの人が帰って来たようです。


「お邪魔するっす!」

この声、漁村のお兄さん?


「あっアスカちゃん! 今日も元気そうっすね!」


「はい。おはようございます」

束ねた癖っ毛が濡れているということは、おそらく潜ったばかりですね。この方には久しぶりに会いましたよ。最近、別の仕事を始めたということでなかなか会えなかったんですけど――まさか。


あの人は、このお2人と新しい仕事を?

一体どのような――。


「ところで、重要な話ってなんっすか?」


「そうよ、夜遅くに連絡入れてきたと思ったら――!」


重要な話――私が昨日した話の事ですね。順調に話が進めばもうじき出発。急いで仕上げなくては。



パン、葉野菜、お肉に胡椒をかけて、パンで閉じる。

これをあと3つ……。



「「 アスカちゃんが選ばれた!? 」」


「おう! だから今からファトバルに行く。あいつを連れてな」


「でも、あんなか弱い子に五大戦士が務まるの?」


「それは心配してねぇ。むしろ即戦力じゃねえかな」


「そうっすよ! 僕の村に賊がやって来た時も、リーダーと一緒に最前線で戦ってくれたっす。あの時の双剣の舞はまるで、百戦錬磨をこなしてきた達人みたいだったっす」


「まあ実際に、あの号外が出るまでは毎日鍛練してたしな」


あの号外、は余計です……まあ、これは事実ですから何も言えませんが。



昼食をかごに詰め込み、振り返ると、お姉さんが心配そうな目でこちらを見ていました。


「それ、アスカちゃん、本当なの?」


「本当です。毎日鍛練してきましたし、実戦も行ってきました」


「そう……」

何故そんな、悲しい顔をするのでしょうか。私今、お姉さんを悲しませるような事言いましたっけ――。



「そんな訳だ! 早速今からファトバルに向かうぞ。外へ出て、俺の周りに集合!」

と言ったあの人。外への扉を開け放ちます。


お兄さんもお姉さんもそれに続いて、さあ、私も出発です。




家に鍵をかけてと。

先は長いですからね、気を引き締めていかないと――。

「おーいどこ行くんだー?」


え?


「もちろん、ファトバルシティですよ。皆さんこそ、そんなところで立ち止まらず――」


「いやいや、歩いては行かねえぞ? 時間がかかってしょうがねぇ」


「え、あの、歩かないんですか?」


「おうよ。時空魔法でひとっ飛びだ!」


「じくうまほう、というのは?」


「まあとにかくこっち来いって」

と手招きするので、ひとまず皆さんの元へ向かいます。



「んじゃっ、始めるぞ――」

とあの人が腕を大きく広げると、私達を囲うように光の円が描かれ始めました。



「あの人はね」

と、お姉さんが静かに口を開きました。


「やっと、賢者セージとして認められたのよ」


「え――?!」

つまり、全魔法が使えるようになったって事ですか!?


「あら、知らなかったの?」


「はい。初めて聞きました」


「リーダーったら、ちゃんと教えていなかったのね――そう。学園を卒業してからすぐに承認試験を受けて、賢者セージに認められたの。だから、身体に負担のかかる古代式魔法も使えるようになったのよ。その一種が、これ」


目線を下に移したお姉さん。下を見ると、円の中にいくつもの線や記号が描かれていました。


「――時空魔法・ワープっ!!」

と言った瞬間。景色が刷り変わり、風の匂いも打って変わりました。


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