交番にて その2
「落ち着いたかい?」
「はい。……すみません。みっともない所を見せてしまって」
「いいさ。知らない街の中を一人で歩いていたんだろう? 寂しかっただろうし、怖かっただろうさ」
うーん……それとは少し違うような……。
「それで、食べられそうかい? そのおにぎりは」
「はい。いただいたものですし、何より美味しいですから」
「そっか。美味いなら良かった! 作ってくれた僕の母ちゃんも喜ぶよ」
「かあちゃん、ですか?」
「お母さん――マザーの事さ」
なるほど。お母さんが作ったおにぎり、ですか。
そういえば長らく、お母さんのご飯、というものを食べていませんね。まあ、もうこの世にいないので食べられないのは当然なんですけど。
お母様が作ってくれる料理は、どれも美味しかった記憶があります。
特に、森の食材をたっぷり使った煮込みのスープが好きで、不意に思い出したときに作ってみるんですけど、全く同じ味にならないんですよね――あの人は美味しいと言って食べてくれますけど、あれは、私の想像とは違う味なので、もっと美味しい味になるのにな、と、毎回歯がゆい思いをしています。
「どうしてなんでしょう」
「ん? どうしたんだい急に?」
「あ」
ついうっかり。
「いえ、何でも」
「そんな事言わずにさ、このお兄さんに何でも聞いてみなさい?」
そうして胸を張る男性。
……ここは言うとおり、聞いてしまいましょう。
この世界についても知りたいですし。
「どうして、お母さんのご飯、というものは、何でも美味しく感じるのでしょうか?」
「そんなの決まってるさ! 愛情ってやつだよ!」
「あいじょう、ですか」
「細かい事とか手間とか、色々と時間をかけられたり、朝早く、時には夜遅くに自分を省みずに作る。そういう子どもの為を思う気持ち――愛情が、母ちゃんの料理を美味くするんだ」
と、言い切ってから。
「……ってのが、世間一般的な? 意見じゃないかな?」
と、男性は目線をそらし、顔をぽりぽりとかきながら言いました。
「そう! そのおにぎりにも、込もっているんだぞ。あったかい愛情が」
あったかい愛情――そうか。
そういうことでしたか。
胸に広がった温もりは。
噛み締めている時に、お母様を思い出したのは――。
私は、食べかけのおにぎりを口に運ぶ。
今度は真っ先に、酸っぱく柔らかい食感のものを感じました。
「おや、中身は梅干しだったようだね? どうだいお味は?」
「……初めて食べました。ご飯の甘みとぴったりです」
「なら良かった!」
と、男性は満面の笑み。
心なしか、誇らしげに見えます。
「じゃあ、それが食べ終わったら、僕のおすすめの場所に連れていくよ?」
「おすすめの場所ですか?」
「そ。色んな事を知ることが出来る場所だよ?」
「色んな事ですか――そういえば、他にもいくつか聞きたいことがあるんでした」
「そうか。言ってみなさい」
「ではまず。この世界はどのくらい広いのでしょうか?」
「世界の広さ? んー……」
「あと、五大戦士について知っていることがあれば――」
「ごだいせんし……何かのゲームのキャラクターかな?」
「 ? あの、ゲーム、ってなんです?」
「え、違うの?」
「何がですか?」
「えぇ? っとー……」
これは、何も知らなさそうな雰囲気ですね。
「まあとにかく! 今から案内する場所に行けば、お嬢ちゃんが知りたいことが全部分かるはずさ!」
と立ち上がった男性が、交番の出入口へ向かい、私を手招く――もう待ちきれないようです。
もらったおにぎりを口に詰め込んだ私は、飲み込む間もなく席を立ち、交番から出発しました。
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