記録 その3 / 交番にて その1
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長い道のりで途方にくれていた私は、交番という場所で声をかけてくださった男性に、周辺の地図を見せてもらいました。
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「はい。これが地図だよ。今いる場所はここ、交番ね?」
と男性が指差したのは、丸の中にばつ印が描かれたもの――これが交番を指し示す記号なんでしょう。
それ以外は、さっぱり。
この建物の出入口の上にあった、角々しい文字? が――私の世界と似た文字で上に書いてあったこともあって、「こうばん」と読むことは分かりました。
でもこの地図には、角々しい文字と丸みある単調な文字しか載っていない。ローブンの文字らしきものは見かけられなかった。
「何と読むのでしょ――う?」
でもその困惑は、地図を手に取った時に解消されました。
視界がぼやけた途端、丸みある文字が、私が見慣れた文字に変わったのです。
「――の――?」
「形ノ原市、って読むんだよ。習わなかったのかい?」
ほう。こう書いて「カタのハラシ」と読むんですか。
「習っていないです。このような角々しい文字は初めて見ました」
「あれ、じゃあもしかしたら、こっちの方が分かりやすいかな?」
と男性は、机の下からもう一枚紙を出しました。
広げられたのは、先程と変わりない地図、でしたが、私の世界と似た文字で、形ノ原市が表記されていました。
そしてその地図を持つと、先程のように霞みがかったのちに、全ての文字が見慣れた文字へ変わりました。
が、その代わりに、最初に持った地図が、元の丸みある文字に戻ってしまいました。どういう事でしょう?
まあ、ひとまず。
最初の地図を目に映さないようにどかして、さっき持った地図を男性の前に置いてと。
「やっぱりこっちの方が良いみたいだね――なるほどそれは大変だ――」
と腕を組むと、うんうんと頷きながら空想にふける男性。
これは……聞いていれば良いでしょうか?
「あっとごめんね! 確か、この辺りの地図を見て、お嬢ちゃんにどこから来たのかを教えてもらうんだったね」
やっと本題に入るようです。
「ここに入る前に、お嬢ちゃんはどこからここまで来たのかを教えてくれたね。お嬢ちゃんが指差した方向は、こっちだ」
と男性は、地図に添えた人差し指の先で線を引く。
たしかに、人差し指で引いた線の先に、私が出てきた森であろう場所が緑色に塗られています。
「はい。確かに、ここから来ました」
男性の言うことは間違っていないので、私は、線の先の森を指差しました。
「ここから来たのかい?」
「はい」
と答えたところ、男性は腕を組んだまま黙ってしまいました。
表情から察するに、疑わしい、とでも言いたげな男性。
私、変なこと言いましたでしょうか。
「ああ! この辺りでお家の人がお仕事しているって事だね――!」
という具合に、勝手に話を進め出した男性。
ここはそういう事にしておきましょう――こくり、と私は頷いておきました。
「じゃあお仕事終わるまではお家に帰れないって訳か。でもあんまりうろうろしていると、僕みたいな人にまた色々言われちゃうだろうし――」
今度は真剣な表情です。これも待っていれば良いのでし――うぅ、ここにきてまたお腹の音が。
「おや。今、お腹の鳴る音がしたね?」
しかも聞かれてしまいました……恥ずかしいです……。
「はいこれ。僕のお昼になる予定だったおにぎりだよ」
「おにぎり、ですか?」
「そ、ご飯を握って作る食べ物、それがこのおにぎりさ」
確かに、たくさんの白い粒――ご飯が、三角状に形作られており、それの下半分を、黒い ものがおおっている。
「この国では、腹が減っては戦が出来ぬ、っていう言葉があってね? 何事も、活動するならまず腹ごしらえ! って意味があるのさ」
だからほら、食べて! と、男性は私の手を取り、その手の平におにぎりを置く。
温もりを感じる。そんなおにぎりを包む透明な膜を剥がし、湯気を漂わせる三角の頂点を、食べる。
「どうだい? 美味いだろう」
噛めば噛むほど広がる、甘み。
それと。
胸に広がる、優しい温かさ。
これは、美味しい。
何故だか、視界が濡れる。
口の中がしょっぱくなる。
「ちょっと、大丈夫かい!?」
大丈夫です。って言いたいのに、言葉が詰まって、上手く言えない。
頷くことしかできない。
「いやいや大丈夫なわけないだろうそんなに泣いていちゃあ!」
泣いている? 私が?
いや、そんなこと認めないです。
と言いたいのに。
否定したいのに!
止まりません。
涙が、治まりません。
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