記録 その2 / 少女、異世界に起つ


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 意を決して開いた、アースへの扉。

 目に飛び込んだのは、普段と何も変わりがない森の中でした。


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「振り返れば、私の家も変わらずありますし――」


本当にここは異世界なんでしょうか?




「ひとまず、進みましょうか」

分かりませんからね、進みませんと。








ずいぶんと穏やかですね。

木漏れ日が優しく、心地良い。



ですが、こんなに森が穏やかで良いのでしょうか?

しばらく歩けば、何かしら生き物に出会ってもおかしくないはず。


ここは耳を澄ましてみましょう。



――――。


「おかしい」


鳥の声、動物の足音、生き物の音が――



生命いのちの音が、どこからも聴こえてきません」


一体何故……あっ。

いつの間に。


「もう先が開けてきてますね」


先へ。進めば進むほど。空気が美味しくなくなってゆく――――。




「これが、異世界」


森を抜けた瞬間、あっさりと街に着いてしまいました。

私の世界ローブンであったら、森を抜けると草原が広がっているんですけど、ここアースでは、空まで届きそうなほど高い建物がたくさんある街に出迎えられるようですね。


目の前には、整備された広い道が、左右と奥まで続いていて、その道の両端を、似たような正装をまとったヒトの群れが歩いています。


たまに私の目の前を、光沢のある重そうな物体が通り過ぎていくんですけど、ヒト離れした速度のそれは、ぶつかってしまえば全身大怪我は免れないでしょう。



ここは群れに紛れるのが正解ですね。真っ直ぐ進みましょう。


さっきの物体が来ないか気を付けて、と。






そもそも森を抜けるのが早すぎます。こんな、数分で出られる森なんてあり得ないです。

それにこの群れも――鞄を持つ方はいますが、武器や鎧も無しに戦うなんてできるのでしょうか?

すれ違う方は誰も、お世辞でも強いとはいえない体つきですし。魔法が使える、という雰囲気でもない。

緊張感をもって歩いている方もいますが、ひどく気が抜けている方もいて。


楽しそうな方。

つまらなさそうな方。

瞳に光を宿している方。

瞳に影を落としている方。


同じ街にいるはずなのに、どうしてこうも表情が違うのでしょうか。




そういえば。

皆さんが持っている、片手ほどの小さな物体は一体何でしょう?


誰もが一つずつ出していて、目がお皿になりそうなほど見つめている……よっぽど夢中にしてくれる代物なんですね――あっ。


そういうことですか……!


あれこそが、この世界の必需品。

あれがあるだけで、この世界を生き抜く上の武器にも防具にもな

「づっ!」

あ、すみません――。


いけません。こんな人混みでよそ見をし、誰かにぶつかってしまっては。

私はもう五大戦士の使命を受けているのですから、こんな間抜けなこと、戦士として恥ずかしい限りです。

気を引き締めなくては。








「どこまで続いているのでしょうか」


誰もが黙々と歩いている、この長い道のりは、景色は無彩色ですし、音は無機質な足音のみ。飽きないのでしょうか?


……お腹も空いてきました。朝食も食べずにやって来てしまいましたからね。


ああ、意識した途端にお腹の音がぐうぐうと――。


「――ちゃん! お嬢ちゃん!」


? 呼んでいる?


「こっちだよお嬢ちゃん!」


……あ。

いました。

濃い青色の服に身を包んだ、五角形の紋章が眩しい帽子をかぶる、姿勢の正しい男性の方。


「こんなところでランドセルも無しに、どうしたのかな?」


どうしたと言われましても――

「さては学校を抜け出したな? それで迷子になったと……学校さんに連絡するから、学校名を教えてごらん?」


私と同じ目線になるように、男性が腰をかがめて語りかけてくる。

学校名と言われましても――ここは異世界ですから、学校名はおろか、そもそもここに学校がある事すら知りませんでした。


「あの、この辺りは初めてなんです。どこに何があるのか全く分からなくて……」


「本当かい?」


「はい。一人でここまで来ましたから――」


「一人で!? ――お家の人は?」


「お仕事中です」


「じゃあ、そのお仕事先の電話番号は?」


番号?

「分かりません」

数字だけで場所が分かってしまうんですね、この世界は。


「とりあえず、ここまでどうやって来たのかな?」


「向こうです」

と、森の方へ指しました。



考えるような仕草で静止する男性。


やがて。


「じゃあ、この交番の中で一緒に地図を見ようか。ついておいで」


と言い、手招きした男性が、私に背を向け歩き出す。

その方の目の前。そこに、交番とやらの建物がありました。


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