終章 二人の旅路

『テルノアリス』を後にして数時間。もうすでに、『首都』を囲む巨大な外壁の姿は、遥か彼方に霞んでいる。

 乾いた荒野を踏み締め続ける俺は、そっと隣に視線を送った。

 もう結構な距離を歩いたというのに、未だに浮かれた様子でいるのは、可愛らしい黒髪の少女だ。

 彼女の横顔を盗み見しつつ、俺はふと、物思いに耽る。

 師匠ミレーナを捜すために旅を始めてから、自然と増えていった一人で過ごす時間。それを仕方のない事だと割り切った時から、俺は寂しいと感じる事さえなくなっていた。いつの間にか、それが当たり前になっていた。

 しかし、今。俺の隣には、旅の同行者となった少女がいる。

 好奇心旺盛で、子供っぽくて、意外と泣き虫だった少女。

 彼女の名前は、リネ・レディア。少し特殊な力を持ってはいるが、それ以外はどこも普通の人間と変わらない、俺と同年代の少女だ。

「? どうしたの、ディーン?」

 視線に気付いたのか、リネは不思議そうな顔をして、首を傾げる。

「……っ、何でもねぇよ」

 気付かれたのが少し照れ臭かった俺は、顔を逸らしながら平静を装った。

「? 変なの」

 尚も不思議そうに首を傾げるリネだったが、しかしふと、その表情が変わる。まるで何かを思い出したかのような表情だ。

「ねぇねぇ。やっぱりさ、ディーンは『英雄』って言われてるミレーナさんの弟子なんだから、『通り名』みたいなのがあったらかっこいいんじゃない?」

「あん? 何だよ突然」

 また妙な事言い始めやがった……。しかも随分楽しそうだな、おい。

 呆れる俺の表情をどういう意味に受け取ったのか、リネは元気良く続ける。

「『通り名』だよ、『通り名』。前に炎を使って戦ってるディーンを見てて、あたし思い付いちゃったんだよねぇー。結構かっこいいと思うよ、これ」

「……」

「さぁ、どんな『通り名』なのか知りたい人は手を挙げましょー!」

「……」

「知りたい人は! 手を挙げましょう!」

「だぁーっもう、うるせぇな! 聞いてやるからさっさと教えろ面倒臭ぇ!」

 しつこく迫ってくるリネに根負けし、俺は仕方なく挙手して叫び返した。

 するとリネは、なぜか誇らしげに胸を張ると、高らかにこう宣言した。


「『炎を操る者フレイム・ウォーカー』ってどう?」


「却下」

「ええーっ! 何でぇ!?」

 よほど自信があったのか、心外だと言いたげな声を張り上げる。

 だが、何と言われようと、俺の気持ちは変わらない。

「『通り名』なんて必要ねぇよ。大体、そういうのは自分で考えるモンじゃなくて、誰かが勝手に付けて広まってくモンだろ? 自分で『通り名』を名乗るどころか、考えるなんてバカな真似してたまるか」

「……バカって言われた。かっこいいと思うんだけどなぁ……」

 不貞腐れた様子で肩を落とすリネ。相変わらず、反応の仕方が幼い少女である。

 ……まぁ、かっこいいかどうかはともかく、話の内容としてはそれなりに面白かったよ。

 リネに気付かれないよう、少しだけ笑っていた俺は、背後から吹いてきた一陣の風に誘われ、何気なく振り返った。その視線は、ある一点へと吸い寄せられる。

 巨大かつ強固な外壁によって守られている、『首都・テルノアリス』の街並み。それを見つめていると、広大なあの街で繰り広げられた全ての出来事が、脳裏に次々と浮かび上がってくる。

 きっとどれだけ時間が経っても、忘れる事などできはしないだろう。あの場所が、『魔術師』を名乗る俺にとっての、新たな出発点となった事を。

「何してるのディーン! 早く行こうよ!」

 いつの間にか機嫌を直しているらしいリネが、急かすように明るく呼び掛けてくる。

「おう!」

 俺は再び前を向き、力強く歩き始める。

 目指すは北東の湖上都市、『紺碧の泉アジュール・ファウンテン』。

 そこに、俺の師匠がいるはずだ。

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