05 退屈
先生に連れられて教室に入る。廊下と同じリノリウムの床は変に近代的で、前の高校の木張りの床がこっちにあるのがより正しいような気がした。窓の外では枝ぶりの豊かな大樹がしおらしく立っていて、夏はやはり終わろうとしているようだった。教室に目線を戻す。あれ?
広い。いや教室っていうのは広いものなんだけど、それでも見たことがないくらいに広い。どうして、と思う前にすぐ気付く。
机が4つしかない。しかも、そのうち2つ、廊下側の1列は空席だった。埋まっている2つのうち、前にはミヤがいて、こっちを見ていた。もう1つの方には男子が1人。いやそりゃ1人か。ひとつの机を2人で分け合うさまを想像する。縦に重ねようか、横に重ねようか。縦は不便か。
「じゃあ、ユウさん、自己紹介お願い」
先生に促される。なんで名字じゃないのかな。
「えっと、サトウ、ユウです。引っ越してきたので、転校してきました」なんだそれ。
視界の隅でミヤがくつくつと笑っている。先生が何も言わないのでもう少し仔細な紹介が求められているのだと思って続ける。
「んー……、好きな色は檸檬色です、でも檸檬は好きじゃないです」
わたしは何を言いたいのだろう。
「檸檬が好きな人がいたらごめんなさい。よろしくお願いします」そう言って終わりにする。
「はい、よろしく。とりあえずそこ座って」
前の席を示される。知っている高さより少しだけ高くて、足がくねっと曲がっている。
「またいないの?」先生が男子と、空いている席を一瞥して言う。
「まあいないんじゃないですか、見えないし」男子が言う。
そっか、とわかっていたように先生は言う。
もしくは、先生には見えているのかもしれない。
「はい、じゃあ自己紹介——してもらおうと思ったけど」ミヤの方を一瞥する。目が青々としている。「キリノミヤさんはもう知り合いみたいだし、ミナト」
促された男子生徒はすっと立ち上がる。
「タキヤマミナトです。この教室で一番偉いです。よろしく」そう言って座る。
きょとんとするわたしを尻目に、はい、と先生は言い、そして一日が滑り出した。
* * *
授業は淡々と進んだ。リズムよく、タップダンスのステップを刻むように。
夏休み前のわたしの前の学校よりも授業はずっと遅れていて、一度聞いたことのある内容を繰り返される授業は退屈だった。転校してきたはずではないミヤも同じように退屈そうで、教室の前方には退屈が潮溜まりのように淀んでいた。
退屈しのぎに視線をさまよわせれば、すぐにいろいろなことに気づいた。
昔は並べられていたと思しき机は教室の隅に固められてうずくまっており、右前方、教室の入り口あたりの花瓶を置いてある台もわたしたちが座っている机と同じだった。先生はミヤには丁寧な口調で接するけど、男子——タキヤマくん——にはとてもくだけた調子で話した。廊下との間にある壁は上半分がガラス張りになっていて、外からも外も筒抜けだった。宇宙船の2階にある教室からは、引っ越してきたときに走ってきた道がよく見えた。
午前の授業が終わっても後ろの席は空席のままだった。
昼休みになると、タキヤマくんは軽くミヤに視線を送って教室の外に出ていった。ミヤはその視線をばちっ、と受け取ると、わたしの方に向き直った。今日もヘッドフォンをつけていた。制服の上に暗い色のパーカを羽織っていた。暑くないのかな。
「めがね」わたしを見据えて言う。
「めがね?」
「そう、めがね」わたしが先ほどまで掛けていたそれを指差して言う。「いい」
いい? そうか、いいのか。
「いいんだ」
「そう」納得したように頷いて、にっと笑う。そして言う。
「シュウを見に行こう」
ニュータウンがまだ新しかったころ 山桜桃凜 @linth
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