02 中庭
雨が降っていた。
でもどうせ中庭にいるだろう。雨が好きだとかいって。そう考えながら中庭に続くアプローチを抜けて中心のドームに近づいていく。ドームは感想を言いにくい見た目のツタで覆われていて、したがってそのドーム全体に対しても感想を述べるのは難しい。中はよく見えない。
アプローチのちょうど反対側にある入り口からドームの中をのぞくとやはりそこではシュウがだらしなく伸びて、いや溶けていた。手足を好き勝手に投げ出して、着崩した制服がはだけて腹が見えているくせに、靴だけは丁寧に揃っていてなんだか変だ。
「へそ」
「んぬ?」かつて人間だったものが寝起きの唸り声を上げる。
「シュウさんのへそが見れて光栄の至りだと言ったんです」
「わっうそ」
そう叫んで慌てて起き上がった顔が少し赤いのがわかる。変なところで繊細なのはどうしてなのか。
「おはよ」
「はよー。なんで?」
「この前言ってた転校生にミヤが会ったって」
「ほう」
「でまあ女の子だったというわけ」
「それはまた、ご苦労」そう言ってにしにしと笑う。
転校生が来ると聞いて賭けをしたのだった。シュウは女子に、俺は男子に。缶コーヒー1本の他愛ない賭けだった。にしにし顔にコーヒーを差し出す。
「なんかいってた?」コーヒーを頭に載せようとしながらシュウが言った。口が開いてるとバカっぽいな、と成績優秀な友人を見る。
「別に。ミナトはシュウと男同士で仲良くねーみたいな」
「はあ」
「あとミヤ、転校生が来ること知らなかったっぽい」
「それはそれは」
それは何なのかは特に言わずにまたコーヒー載せに興じる。興味がないことを聞いてきては適当な相槌を打つ。
「じゅぎょうは?」ひらがなみたいな声で質問が飛んでくる。
「夏休みをご存知で?」
「イエース、サマーべケーション」
「まあだから、そろそろ帰ろうかなと思うんだけど」
「けど?」首をかしげる。「あ、もしかして、かさ」
「流石はシュウさん」俺は傘を家に忘れてきていた。
「あ、いいよ、あるよ、折りたたみ」
「買ったの」
「そう、1300円プラス税」
* * *
こういう場合はどうやって帰ればいいのだろう。シュウの家と俺の家では方向が逆で、片道15分くらいはかかる。
「うち? それともそっち?」我ながらよくわからない質問だなとは思う。
「そっちのいえ」シュウが即答する。
「それはお優しい」
適当に感謝を表明しておく。しかしシュウは、わかってないなとでも言いたげに人差し指を振る。
「その身振りほんとにやる人っているんだな」
「考えてもみなよ、傘は一つしかない」急にシュウのスイッチが入った。
「間違いありません」適当に乗っかる。
「で、その傘はぼくのだ」
「そうですね」
「つまり、ぼくはこの傘を家に持って帰らないといけない」
「正しいと思います」
「そして、家に帰るためには家が最終目的地でなくてはならない」
「興味深いことをおっしゃる」
「そのためには、そっちの家が通過点でなくてはならない」
「ならないってことはないと思うけど」
「……たしかに」勝ってしまったらしい。
でも大体シュウの言いたいことはわかったので、そしてシュウも大体自分の言いたいことが伝わったのがわかったようで、どちらからともなくうちの方に歩き出す。
傘を持っているのはシュウだ。相手に気を使って自分が濡れてしまっては元も子もないと考えているようで、シュウが一人でさしている傘に間借りするような形で歩く。青白い手首が顔の横でゆれる。シュウは俺よりも背が高い。というかシュウの背が高いだけなのだ。夜ごとに引っ張って伸ばしたみたいに身長が伸びていく。
手首が気になる。
「痩せた?」気になっていることに近いことを訊く。
「いや太った。あさごはん、たべたし」
やっぱりバカなんじゃないかと思いながら家に帰った。
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