ニュータウンがまだ新しかったころ

山桜桃凜

01 銃撃

「……宇宙船」

「何がよ」

「あれ」わたしは左の窓から見えた変な形の建物を指差した。「宇宙船みたい」

「学校だよ、あれ」

「そっか」

 ここは母の故郷だった。

 

 急な話だった。中学2年生の夏休み、わたしは母と一緒に彼女の生まれ育った街へ引っ越すことになった。海辺のニュータウンで、30年くらい前までは人がたくさんいたの、今じゃもうほとんどの人が出ていっちゃって、あの頃みたいに賑やかじゃないけどね、と母の説明をぼんやりと再生する。

 今まで住んでいたところから車で3時間ぐらい、3時間ってもっと近い気がしてたな、と泣いている同級生の顔を見て思った。引っ越しは随分慌しいものでどうして今こんなことになっているのか考える暇もなく、気づいたら部屋は空っぽになっていて、車は街から離れていた。

 車はゆるやかに傾斜する丘を降りて街の中へ入っていこうとしていた。母は運転が上手だ。母の運転する車は起伏をなぞるように穏やかな唸り声を立てて広い道路を走っていく。海が見える。変にきらきらと光っていて水って感じがしないな、と思う。

 正面に集合住宅が見えた。乳白色の3棟が連なって、それぞれ5階建てぐらいはあるだろうか。

「あそこに住むの——」

「違うよ、あれ」

 そう言って母が指差したのは集合住宅の右奥、海沿いの道路すれすれにある家のほうだった。平らな屋根の十数軒が連なっていて、シェルターみたいな形だなと思う。シェルターなんて見たことがあったっけ、そもそもシェルターっていうのは地下に作るものではないのだろうか。ということはわたしはここに避難してきたけれど爆撃を受けてしまって、そうしたらもうここに逃げ場はないのだ。

「お母さんが住んでいたころはさ、今走ってるここにも家があったの。でも建物は老朽化する、住む人もいないってことで結局ぜんぶなくなっちゃった」

 母は独り言のようにそう言った。

 気づけば車は集合住宅をそれるように曲がって目的地の家に滑り込んでいた。建物を見上げる。丘の上のほうから見るのに比べるとずっと高く見えた。淡い水色の見た目で、2階建てだ。

「さて、と」

 車から降りて海の方を一瞥した母はこちらへ向き直り、こう宣言する。

「学校に行ってきなさい」


 母がどこからともなく引っ張り出してきた自転車に乗って学校へ向かうことになった。転入の手続きをせよということらしい。

「だって、書類とか何もないじゃん」

「お母さんの娘だって言ったら通じるから」

 実に信用ならない。

 とりあえず前の中学校の学生証を持って自転車を走らせる。さっきの宇宙船は思ったよりもすぐ近くで、5分もかからずに着陸地点に到達した。扁平な円柱の形をしていて、そこから入り口部分に直方体が飛び出している。上から見たらパソコンの電源ボタンみたいな形だろうなと思う。あとで丘に登って見るといいかも。

 案内に従って駐輪場に行く。夏休みだからか人の気配はあまりない。自転車が一台倒れていた。深い青色をしていて、血が通っていないみたい、もちろん血は通っていないのだけど、そう思った。誰に殺されたんだろう、自転車がもしみんな死んでいるのだとしても、あれだけは殺されたに違いない。きっと銃をもった人が突然現れて、苦しむ間もなく殺されたに違いない。こんなふうに。

 わたしは人差し指を立てて銃の形を作る。

 ばーん。

「それ、わたしの」

 突然後ろから声がする。

「やっ、えっと、そういう敵意とか殺意とかは全然なくて、その」

「知ってるよ」

「そう、ほんとにその出来心っていうかさ」

 何を言っているのだろう。

「あなたが殺したの?」

「そうじゃなくて、えと、その」

 あははっ、と声の主は笑った。

「見ない顔だけど」

「あー、えっと」

 転校生、と言ってしまっていいのか少しだけ逡巡する。まだ何も手続きしてないのに。

「その、引っ越してきたんです」

 声の主は目を丸くする。

「えー……、何しに」

 何しに、って言われても、と思う。彼女は目を丸くしてこちらを観察している。制服だった。リボンの結び方がきれい。

 困ったなあ、といって少女は自分の首元に手を当てた。ごついヘッドホンが引っかかっていて、その上に少し薄い色の黒髪がはらはらと落ちている。そのまま。

「まあ、その、よろしく」と彼女は言った。

「ん、うん、よろしく、お願いします」

「キリノミヤ」

「え?」

「キ・リ・ノ・ミ・ヤ。わたしの名前だよ」

 彼女はそう言った。下の名前を聞いても教えてくれなかった。

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