最終話 レッツエンジョイ!

 それで終わりかと思ったら、キャップの話の本筋はさっきのことではないらしい。表情がぐんと険しくなった。


「なあ。君らは、母星で一度はモンスターと言われたことがあるだろう?」


 容貌の特異な……外観が蛇とハエに見えるリズとフライはすぐに頷いた。俺は吸血鬼、フリーゼは雪女。いつまで経っても童女のままのエミは座敷わらし。制御コードが額にないと凶暴化するタオはキョンシー。そして……キャップことイェズラ・ティティクラムは山の人マウンテンマン……イエティだろう。


「だが、それは一般人ノーマルの連中が、俺らの容貌や異能を見て外から勝手に当てはめたイメージであり、俺らには自らがモンスターであるという認識はない。そうだろ?」

「ええ」

「もちろんです」

「俺たちが本当に伝説として書き残されているモンスターなら、俺らはとっくに人類を駆逐し、繁栄してるよ。だが実際には、あの狭い訓練所さえ満たせないくらいしか個体数がない。いくら俺らが長命だと言ってもな」

「そうですね」


 リズがぐっと身を乗り出した。


「そして、俺らにはほとんど重複がない。同じ形質トレイトを持っているやつが他にいないだろ?」

「あっ!」


 全員、初めてその事実に気付いた。


「そうだ!」

「確かにそうね。わたしと同じのはいない」

「個体数が少ないこと。それは、モンスターの存在を印象付ける要素にはならないよ。じゃあ、なぜモンスターにみなされたか」


 うーん、そういう見方で自分の存在を考えたことがなかったな。


「たとえば吸血鬼なり雪女なりがたくさんいたからではなく、そういう風に見える個体が長い間一般人の目に付いていた。だからモンスターとして伝説化されたと考える方が理にかなってるんだ」

「長命なわたしたちが、不死アンデッドに見えたってことですね?」


 リズが確認する。


「俺はそう思う。だが俺たちは、モンスターと呼ばれる者同士のカップルから生まれたわけじゃない。両親はノーマルなんだよ」

「確かに」


 俺たちは全員出生記録を持ってる。そして両親はノーマルだ。両親の既往歴が遅老症ってやつは、いないのかもしれない。


「ここから先は俺の推測だ。話半分に聞いてくれ」


 キャップが、ごつい両手をぱんと叩き合わせた。その音に弾かれるようにして、慌てて居住まいを正す。


「ノーマルの連中は、俺たちが人類の進化した形で、いつかは今の人類を凌駕するんじゃないかと恐れている」

「ええ。俺もそう思ってましたけど」

「違う。逆だよ」


 し……ん。ゲストルームが静まり返った。


「人類が進化してきた過程で、様々な形質を持つ個体が発生した。それは、ちょっとした身体的な特徴の違いだけということもあれば、食性や身体能力を極度に変化させたものもいた。例えば」


 キャップが俺を指差した。


「ブラムの血液嗜好症ヘモフィリア。今は嗜好だが、過去には本当に血液食をする個体があったということさ。フェアリーの体液食もそうだろう。そして、生物の世界では血液や体液を栄養源とするものは珍しくない。いや、珍しくないどころではなく、うんざりするほど多い」


 頷いたリズが、指を折りながら名を挙げていく。


「吸血昆虫は多いですし、魚類、鳥類、哺乳類と言った高等生物にもいっぱいいますね」

「そう。咀嚼が必要なくて短時間での栄養摂取ができる。単位重量あたりの栄養価が高く、エネルギー転換効率がいい。獲物を仕留めなくても摂取できるので、摂取対象をうんと広くできる。だから、そういう食性を持ったヒトの亜型があってもちっともおかしくないのさ」

「でも……実際にそういう性質を持ったヒトは実在してませんよね?」


 ひょいと首を傾げたリズが、口からちょろちょろと舌を出した。


「いないよ。血液利用するならともかく、血液だけが主食じゃ群れを維持するのに十分な食料を確保できない。今まで続いている雑食性のヒトとの生存競争には勝てなかったんだ」

「あっ!」


 そうか。納得だ。


「血液食の効率を上げるために、例えばホルモンで獲物を誘引するとか、獲物の動きをごく短時間制限するとか、そういう能力を兼ね備えた個体も出たんだろう。ブラムにはその形質がよく残っているのさ。だが、結局吸血食の個体は絶滅してる」


 絶滅……か。


「ブラムだけじゃないよ。遅老症持ちはみんなそう。全てが絶滅種。俺たちに残されてるのは形質も能力も名残、痕跡なんだよ」


 黙り込んでしまった俺たちをぐるっと見回してから、キャップが静かに話を続ける。


「だが、それがどんなに痕跡に過ぎなくても、完全に消えたわけではない。ヒトの細胞中のどこかにその情報が書き込まれていて、何かのはずみでぽんと顔を出す。その典型が遅老症ってやつなんだ」


 キャップが俺の顔を覗き込んだ。


「なあ、ブラム。発現している形質がばらばらなのに、なぜ長命というところだけが共通なのか。不思議に思わないか?」

「ええ」

「それが、変わった形質を持った個体群唯一の生存戦略だったからだよ」

「あ……」

「何かに適応するために起こった変化。それを後代に受け継がせるためには、その個体と個体の子孫を確実に残し、増やしていかなければならない。でも生き残るのは、常に個体数の多い多数派マジョリティだ。交配メイティングの機会がうんと限られる希少種は、最低でも自分の寿命を長くしないと子孫を残せないのさ。遅老症患者が極端に頑強ロバストなのも、同じ理由だろう」


 顔の毛をしごいたキャップが、ずぱっと言い放った。


「だが、結局遅老症自体も痕跡なんだよ。ヒトとして生きるためには必要のない、ね」

「なるほど。遅老症患者は進化したレースじゃないってことか」

「そう。人類の個体数が激減して子孫の維持が難しくなれば、それを補償するために長命化した個体が出たり、それらが若干増えたりするかもしれない。だが、俺はその個体群も結局絶滅すると思う。全く新しい高等生物に置き換わるだけだろうよ」


 ぱん!

 キャップが膝を叩いた音で、全員我に返った。


「まあ、俺の話は全て仮説ハイポテシスだ。そんな考え方もあるくらいに聞いてくれればいい。ただ」

「ええ」

「俺たちはちょっとだけ変わったヒトであり、伝説のモンスターにはなりえないんだ。それだけは勘違いしないでくれ」


 のっそり立ち上がったキャップは、改めて俺らをぐるっと見回した。


「ここは残念ながら楽園じゃない。楽園にはなりえない。迫害を受ける心配がないということだけが唯一の利点で、あとは何もかもが母星の環境に劣る。その象徴が、黒い太陽だ」


 俺らは……みんな俯いてしまった。


「だが、俺たちは黒い太陽の下で生きていかないとならない。それならば。ここを楽園にできなくても、でかい賭けに出られるラスベガスにはしないといかん」


 キャップは、茶目っ気たっぷりにユニフォームの上着を脱いだ。その下に着込まれていたのは、これでもかと派手な柄のアロハシャツ。そして、胸ポケットからごっついサングラスを出して、窮屈そうに顔にかけた。あまりに似合わない格好に、全員爆笑。


 どわはははっ!


「はっはっは! そうさ。ここにいることを全力で楽しんでくれレッツエンジョイ。そして楽しみが少なくなってきたら、そいつをどう作るか真剣に考えてくれ」


 笑みを絶やさないまま、キャップが苦い話を続けた。


「俺たちは、母星の連中と同じヒトでありながら、家畜のように飼われている。今はしょうがないが、将来的にはそれではまずい」

「俺たちなりのテラフォーミングがいるってことですね」

「ブラム。その通りだ。ルーレットで自分が賭けるカネくらいは自力で稼がないと、博打を打てん」

「それって、本部から睨まれないんですか?」

「逆だよ。俺らがきっちり備えておかないと、いつ本部が俺らを見捨てるかわからん。最初にブラムが案じた通りさ」


 くるっと振り返ったキャップは、俺とフリーゼを見比べた。


「母星の連中は、生命力が強くて長命な俺たちがこの入植地で繁栄し、いつか母星を脅かすんじゃないかと危惧してる。そんなのは絶対にありえない話なんだが、妄想ってのはよく暴走するんでね。備えあれば憂いなしだ」

「あの!」


 フリーゼが、顔を歪めながらキャップに食ってかかった。


「なんで、絶対にありえないって言い切るんですかっ?」


 それに対するキャップの返事は。

 恐ろしく残酷だった。


「君らの子供は……おそらくだが全員ノーマルだよ。遅老症の発現は全くの偶然で、親からの遺伝じゃないんだ。俺たちは、生まれた子供らを母星に返さないといけないのさ。そうしないと、親より先に老化する彼らがどうしようもなく劣位のマイノリティになってしまうからね」

「う……うう」


 フリーゼが、堪えきれずに泣き出した。


「入植地の人口は極端に増えることも減ることもない。メンバーも大きく変わらず、長く維持される。現状維持ステータスクオー。それが、ここだってことさ」


◇ ◇ ◇


 希望と絶望。


 黒い太陽の下には、母星とは違った形でそいつがセットされていた。だが俺はここでも、母星でやってきたのと同じようにアジャストしながら日々を過ごそうと思っている。


 これまでは、愛した人と重ねられる時間が限られていた。だが、フリーゼと二人で生きるならその心配をしなくてもいい。それは……俺にとっては得難い幸運だよ。そうやって、できるだけ絶望の影を見ず、できるだけ希望の種子を探して。この星の開拓者にはなれなくても、自分の生き方くらいは開拓することにしよう。


 キャップが帰ってから、ずっと泣き崩れていたフリーゼの肩を抱いて慰める。


「俺らが親から独立したように、俺らの子供もいつか独立するんだ。それが早いか遅いかの違いだけだろ。そんなに気落ちしなくてもいいって」

「うん……」


 フリーゼを抱き上げて寝室に向かう間、俺は最後にキャップが言い残していった台詞を脳裏でずっと反芻していた。


『俺たちは全ての面でマイノリティさ。国家から疎まれ、ヒトというスピーシーズから一方的に省かれ、望まない難民として黒い太陽の下に押し込められた。それなら束縛のないここで、俺たちだけの生き方を開拓するしかないだろ。存在することしか意義のない俺たちからさらに何かを搾り取ろうなんて奴には、ビタ一文くれてやらんでいいからな。自分の生を全力で楽しんでくれレッツエンジョイ!』



【 F I N 】


 自主お題:紹介文の消化(楽園、ラスベガス)


 BGMはMarshmello の Enjoy Lifeでお楽しみください。

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