第十四話 アデュー!

 航行中は、気味が悪いほど何事もなく。三隻の大型艇は俺らを静かに入植先の惑星に運んだ。すでに無人作業機によって組み立てられていた大型施設は、これまで俺たちが過ごしてきた訓練所の佇まいとそれほど変わらない。違うとすれば、それが地下にではなく地上に設営されているということだった。


 船がドックに入り、俺たちが荷物を持って施設に入った時。俺たちを出迎える者は誰もいなかった。一人暮らしの真っ暗な自室に帰って、自ら明かりを点ける感覚。その侘しい思いを、俺だけでなく大勢のメンバーが共有しただろう。


 ユニットに分かれる前、キャップから追加の情報提供をするとアナウンスがあり、全員が真新しいホールに集まった。大役を果たしてほっとしたのか、出発前のぴりぴりと張り詰めた表情は緩み、キャップの顔にはうっすら笑みが浮かんでいた。


「諸君。お疲れ様。これから新しい生活が始まるが、その前にいろいろな種明かしをしておきたい」


 はあ? 種明かしだあ?


「まず。この入植地には太陽がない。本部でしつこいほどそう言われてきただろ?」


 そう。耳タコだよ。


「それは嘘だ。太陽はある」


 手元のリモコンを操作したキャップが、ホールの天井を開いて館内の明かりを落とした。満天の星に飾られた夜空が見えるはずなのに。そこにあるのは、ただの暗黒空間。いや……ごくごくわずかに赤い巨大な球体が、俺らを見下ろしていた。空が、そいつに遮られているってことか。


「俺らの母星の系にごく近い場所。そこに別の星系があるのが確認されたのは、ほんの数十年前のこと。当時はまだ探査に時間がかかったため、それがよくある小惑星なのか、別の天体系なのかが判然としなかった」


「だが精査を繰り返した結果、それが他星系の名残だと判ったんだ。大きな星雲のもっとも縁部。恒星一つ惑星一つだけのぼっち星系で、恒星はほぼ寿命が尽きかけている。赤色矮星がすでに冷え固まりつつあって、光を失い、赤外線だけをちょろちょろ吐き出してる」


 あっ!

 叫んだのは俺だけじゃない、館内の何箇所かで声が上がった。


「可視光を失っているから、太陽が黒いんだよ」


 キャップが、頭上の不気味な球体を指差した。


「早かれ遅かれ、老いぼれた黒い太陽は太陽ですらなくなる。だが、その老化速度は俺らの老化速度よりもはるかに遅い。早くても数千万年後。へたすりゃ億年レベルだ。いくら俺らが長命でも、そこまでは付き合えないな。俺らが、黒い太陽の老後の心配をする必要はないんだ」


 天井を閉じて館内の明かりをつけたキャップは、今度は施設のある惑星の話をし始めた。


「ここは、太陽が黒くなるまでずっとこんがり丸焼けだったから、生命が存在しうる可能性はほとんどない。大気も水もなく、あるのは広大な荒地だけだからね。実際、何度無人探査を繰り返しても生命の痕跡は見つからなかった。星系外からの未知の存在のアクセスも、まあないだろう」


「で、ここでテラフォーミングをやれるか? やる必要があるか? 資源の徹底循環利用で新規資源への依存性を極度に下げている母星の状況を鑑みる限り、そっちの線は薄いと思う。つまり」


 キャップがぱちんと指を鳴らした。


「俺たちは、母星と全く異なる空間で人間が生息できるかどうかを試されているだけの、モルモットってこった」


 ざわっ! 館内が一気に殺気立った。


「モルモット? 大いに結構なことじゃないか。俺らは母星での扱いがモルモット以下だった。バイ菌扱いだ。俺らは、存在してはいけないものとしてずっと狩られていたんだ。それよりは、開拓者の名誉を掲げて養老院で暮らす方がずっとマシなんだよ!」


 これまで溜めに溜め続けていたキャップの怨嗟が、一気に爆発する。


くそったれがっシット!」


 呪詛を吐き捨てたキャップは、ぐいっと顔を上げて俺らを見回した。


「訓練所では、俺は事業団の上部役員として母星を代表する立場にあった。だから君らに無理を言って、迷惑をかけたかもしれない。だが訓練所はもうない。俺は、自動的に所長を解任される。これから、母星との交渉は各ユニットで個々に行ってくれ」


 そういうことか!


「母星の代表者としての俺の仕事は、事故やトラブルなく入植を成功させることだ。こうして全員無事に入植が果たされた。俺の仕事は終わった。あとは一入植者の立場に降りる。母星とは永遠に縁を切らせてもらう。アデュー!」


◇ ◇ ◇


 キャップの衝撃的な発言をゆっくり振り返る間も無く、すぐにユニットに分かれての生活が始まった。


 俺らのユニットの六人。俺とフリーゼ、エミとタオ、リズとフライだ。ユニークな面々が集まったと思うが、ペア同士、そして六人の間でも楽しくやっている。ただ……雑談の行方が、どうしてもキャップの話になってしまう。


 訓練所の所長として丁寧な説明を決して欠かさず、いろいろな処置や決定を俺らに納得させていたキャップが、まるで限界まで膨らんだ風船が破裂するように拙速かつ刺々しくなったこと。最後の捨て台詞も含めて、何かキャップの心境を大きく変化させる出来事があったに違いない。しかし、俺らはそれがなにか全く見当がつかなかったんだ。


「お?」


 コールベルが鳴っている。誰だろ? 俺が受話すると、キャップの毛だらけのでかい顔が大写しになった。


「キャップ!」

「はっはあ! ブラム、元気でやってるか?」

「元気ですよ。近くですか?」

「そうだ」

「入ってくださいよ」

「そうだな。邪魔するよ」


 のしのしとゲストルームに入ってきたキャップを、みんなで歓待する。


「お疲れ様ですー」

「お元気でしたか?」

「大変でしたね」


 キャップは、それに対して何も答えずにこにこしているだけ。そして……。


「なあ。ここのユニットは、全ユニットの中で一番社会性ソシアリティが高い。それを見込んで、ここでだけいくつか重要なことを話しておく」


 俺たちの間に、一気に緊張が走った。


「秘密にしなければならないことですか?」

「そんなのはないよ。過去のこと。今のこと。そして将来のこと。事実もあれば、俺の予見もある。俺の立場だからこそ見えたもの。そんなのを、どっかに置いておきたいんだよ」

「文章には?」

「しない。その意味もない。俺は神でも預言者でもないからね」


 さばっと言い切ったキャップが、すぐに話を始めた。


◇ ◇ ◇


「まず、直近の過去のことから。俺が訓練所の所長を引き受けたのは、俺以外に誰も引き受けなかったからさ。消去法の結果なんだ」


 さもありなん。


「そして事業団の設立当初から、入植に耐えられるメンバーはほとんど見つからないだろうと思われてたんだよ」

「どうしてですか?」


 リズが聞き返した。


「入植地には、形にできるような希望や目標がないんだ。母星では資源管理システムが常時稼働していて、大規模な戦争や破滅カタストロフをもたらすような天変地異が途絶している。そこで安穏と暮らしているやつには、先の見えない未来に自らの運命を懸ける意味がないだろ」


 ……確かにな。


「事業団が恐れたのは、入植後に精神のバランスを崩して廃人になるやつが多発することだったんだよ。だから、くどいくらいに入植地でのリスクを事前説明し、なおかつ訓練所でのシミュレーションを体験させて、厳密なスクリーニングをかけた。まあ残るのは1パーセントどころか、百万人に一人くらいの確率だ」

「それじゃあ、誰も残らなかったんじゃ……」


 フライが、でかい複眼をてらっと光らせながら両手をせわしなくこすった。


「だろ? だが、一期二期合わせて百人以上が訓練所に居着いた。居着かなかったのが予想外なんじゃない。居着いたやつがいるということが予想外だったんだよ」


 読めたっ!


「そうか。キャップはその時点ですでに、残った古参連中が全員遅老症だと分かったんですね」

「ああ。検診の結果を見なくても、既往歴の欄が全部同じならすぐに分かる」


 キャップが、ぐいっと体を起こした。


「ブラムやフリーゼ、ウォルフが入所した三期以降も、傾向は全く同じだ。何千何万人と来所するが、残るのは遅老症のやつだけさ」


 俺を指差したキャップが、真顔になった。


「その時点で、俺と本部が同時にかつ別々に先を予測し、それぞれ動くことになった」

「あの、どういうことですか?」


 おろおろし始めたエミが、小声で聞き返す。


「本部の連中は、入植地を純粋な調査対象として見るのではなく、遅老症患者の姥捨山にしようと考えたのさ。これ幸いとな」


 全員、血相を変えて立ち上がった。


「なんだとっ?」

「ひ、ひどいっ!」

「まあ、落ち着け」


 キャップがでかい手をかざす。その手に押し戻されるようにして、みんながそれぞれ坐り直した。


「姥捨山? 大いに結構。それなら俺は、何も知らんふりをしてその意図を逆手に取ってやろう。そう考えたんだ。捨てられたのなら、俺らは難民と同じだ。だが苦難に挑むという姿勢を崩さない限り、俺らの姿は開拓者パイオニアなんだよ。誰が見てもね」


 にやっと笑ったキャップは、まだぴかぴかの設備を指差した。


「開拓者の俺らを養老院にぶちこむなら、そこは超デラックスにしてくれってな」

「それで……か。探査事業への投資としては、どえらく過剰だなと思ったんですけど」

「まあな。そうすることが出来た切り札は、母星で魔女狩りウイッチハントから保護されていた女性遅老症患者の一括引き受けさ。社会不安を生み出しかねない彼女たちを今後どう扱うか、連邦政府はひどく苦慮していたんだよ」

「なるほど……」

「ただ」


 一変して表情を曇らせたキャップが、ふうっと大きなため息をつく。


「俺一人で千人近い個人主義者をケアするのは、どう考えても無理さ。いくら遅老症患者がタフだと言っても、精神は身体ほどタフにできていない。迫害の影響で孤立を好む者が多いから、人口密度が上がるとストレスでトラブルが生じやすくなる」

「だから、入植を急いだんですね」

「そう。もともと五年で入植開始の予定だったから、それを少し前倒ししただけだ。本部としては違和感がないだろ」


 キャップが天井を見上げる。


「黒い太陽とこの惑星の詳細を君たちに伏せていたのも、同じ理由だよ。母星の連中から見てあまりに異常な環境は、俺たちにとっても同じように異様なんだ。そのストレスで遅老症患者のメンバーから脱落者を出したら、そいつの行き場がどこにもなくなってしまう。本部の連中からはちゃんと説明しろって言われてたけど、俺はあえて指令を無視していたのさ」


 やっぱりな。そして、不手際を本部の説明不足としてきっちり当てこすった。本部側の上官でありながらもう本部側には立たないという姿勢を、最後に俺らに印象付けている。キャップは俺たちのエゴを丸めるだけでなく、あの手この手で本部のゴリ押しに対抗していたんだろう。本当にすごい人だわ。


「ねえ、キャップ。俺の理解では、ほとんどキャップの計画通りに粛々と進められてきたように思うんですけど、なんであんなに苛立ってたんですか?」

「まあな」


 ぐいっと伸びをしたキャップは、ゆっくり首を振った。


「本部の連中が、入植後も俺に施設長をさせようとしたからさ」


 全員で、頭を抱え込んでしまった。


「あたたたた……」

「あほか。誰が母星の連中の手先になんぞなるものか。俺らをクズ扱いしやがって!」


 なるほどな。そらあ俺でもどたまに来るわ。


「でも母星の連中は、俺らのライフラインを抑えてるんですよね? それをたてにまた無理難題を押し付けてくるんじゃないんですか?」

「その線がないとは言えない。だがな」


 キャップがなんとも言えない微妙な表情で、両拳をがつんと突き合わせる。


「母星では、これからも遅老症患者が発生する。率は低いよ。でも確実に出る。彼らはここにしか行き場がない」

「そうか。その受け皿は確保しておかないとならないって……ことか」

「ああ。患者の発生率がずっと低率のままならいいが、万一その率が上がってきたら、一般人ノーマルは逆に駆逐されるんじゃないか。連中は、それをひどく恐れてるのさ。だから、ここだけは絶対に維持しなければならないってことだ」


 リズがサーブしたお茶をぐいっと飲み干したキャップは、俺たちを見回してにっこり笑った。


「まあ、経緯はあんまり心配しなくていいよ。俺のなくなった肩書きと同じで、もう過ぎたことさ。アデュー!」



【第十四話 了】


 自主お題:小説タイトルの消化(黒い太陽、難民、開拓者)


 BGMはThe Seatbelts の Adieuでお楽しみください。

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