第十三話 リッスン!

 大量の女性訓練生のなだれ込みとそれに伴う混乱は、マッチングシステムの稼働と同時に徐々に収まった。全員遅老症持ちという情報だけではなく、メンバーそれぞれが一般人ノーマルにはない特性を有しているということも共有されたからだと思う。

 母星では一般人の枠内に決して入れなかった者ばかりになったことで、少なくとも訓練所では少数派マイノリティを意識しなくてもよくなったわけだ。当然、他人の目を気にする必要がなくなるから、ストレスはうんとこさ減る。訓練所の雰囲気がとても明るくなった。


 ただ……みんなのムードが明るくなったことと反比例して、キャップの機嫌がひどく悪化してきた。誰彼ともなく当たり散らすということはないんだが、笑顔が消え、苛立ちを隠さなくなり、俺たちへの対応がひどくぞんざいになった。


 なぜ?


 俺には、一つしか理由が思い浮かばなかった。そうさ。キャップは、以前俺にちゃんと予告してる。入植のXデイが近いと。


「予想は無為と悟るべき。予想はすでに事実なり。……か」


 そして。俺の予想は違わず的中した。


◇ ◇ ◇


「訓練生諸君。重大な発表がある。全員、メインホールに集合してくれ。欠席は許されない。ホールに来なかった違反者は、救済措置なしで母星に強制送還される。必ず集まってくれ!」


 いつもの間延びした合成音声ではなく、キャップのごついバリトンボイスが館内に大音量で流れた。


「おいでなすったな!」


 訓練明けで寝ていた俺も、一発で飛び起きた。寝起きの悪いタオがよろよろ部屋から出てきたのを確かめて、その背中をど突きながらメインホールに急ぐ。いつもなら開け放たれているドアがセキュリティゲートに代わっていて、黒板ブラックプレートをかざさないと中に入れない。何人かの訓練生が、慌ててプレートを取りに戻った。

 さっきのアナウンス。いつも穏やかなキャップの声ではない。角が立ち、怒りをまとったごっつい声だった。そのトーンに驚いて、いつもはキャップの指示をまともに聞かない古参連中も全員出席しているようだ。


「そうか。セキュリティゲートは、メンバー全員の出席を確かめるためか」


 俺が独り言を漏らしたら、聞きつけたリズが静かに頷いた。


「そうね。いよいよなんでしょ」


 リズの予想も、俺と同じだと思う。


 ここしばらくがやがやと賑やかだった所内だが、ホールは水を打ったように静まり返っていた。早足にスクリーンの前に出たキャップが、でかい声を張り上げた。


リッスン聞いてくれ!」


 いつものキャップなら、必ずプリーズを付けるはずだ。それを省いているというのは、キャップの言辞に強制力があるということ。強制力を行使しないとうまくいかないという、キャップの強固な意思表示なんだろう。


「本部からゴーサインが出た。これからすぐに入植になる」


 !!

 いよいよか!


「その前に、極めて重要なことを確認しておかなければならない」


 キャップがぐいっと上体を乗り出し、俺たちにぶっとい指を突きつけた。


「君らが訓練所に来る前、本部で入植地がどのような場所かの説明を受けたはずだ。それを覚えているか?」


 軽いざわめきがホールの中を満たした。だが俺も含め、多くのメンバーが首を傾げている。


「説明があまりに専門的過ぎて、よく分からなかったんじゃないか?」


 そう。その通り。俺にはちんぷんかんぷんだった。聡明なリズにしても、専門は宇宙科学ではない。本部から俺たちに提供された入植地の調査報告書の内容については、さっぱり理解できないと言っていた。


「通常そういう重要なインフォメーションに関しては、最初からサマリーなりダイジェストなりが提示されるものなのさ。だが俺たちには、噛み砕かれた情報が一切与えられていない。事実が隠されていなくても、俺たちは事実にアクセスできないんだよ。それは情報隠蔽に近い。極めて腹立たしいことだがな」


「じゃあ、なぜ俺たちはそれを気にしなかったか。入植はもっと後で、それまでに必要な情報提供がなされるだろうと楽観視していたからさ。だが丁寧な説明が行われないまま、入植せよというゴーサインが出ちまった。出た以上は、スケジュール通りに入植を実行しないとならん」


 キャップが、足元をどんと踏み鳴らす。


「確認したいことは一点だけ。君らの意思だ。母星に帰るか、入植地に行くか、どちらにするかを決めてくれ」


 うーん、説明を尽くすキャップらしくないな。本部が俺たちへの説明を尽くさないなら、てこでも動かん。今までのキャップなら必ずそう言っただろう。入植を急いでいるのは、本部じゃなくてむしろキャップじゃないのか? 俺の疑問が、むくむくと膨らんだ。

 だが、ぴんぴんに張り詰めているキャップに余計な突っ込みを入れることは憚られた。最小限の確認だけはさせてもらおう。挙手して発言許可を求める。


「キャップ!」

「なんだ、ブラム」

「リスクは?」


 それくらいの判断材料はないと、俺はともかくみんなは意思表示できないよ。オッズの分からない賭けには乗れない。


 一度口をつぐんだキャップは、思わぬ回答を投げ返した。


「ない」


 ええええーーっ!? ホール内が激しいどよめきで満たされた。


「訓練所では、入植先の環境が忠実にシミュレートされている。本部の説明に嘘はない。つまり、訓練地がこの訓練所から入植先になる……その違いでしかない」


 ううむ。それはなんとも微妙。


「当然、訓練所は二箇所も要らない。我々の入植後にこの訓練所は閉鎖され、使用されていた設備や機材は全て入植地に移設される」


 あ、そういうことか。母星、訓練所、入植地という三段階制にはしない。訓練所というクッションを設けないから、行くか帰るしかないよ。ただそれだけのこと。でも、それだけのことをずいぶん勿体つけて言うよなあ。うーん……。


「現時点で、入植を諦めて母星に帰りたいと言う者は挙手してくれ」


 ぱらぱらとでもいるかと思ったんだが、誰も手を挙げなかった。


「全員入植に同意したと判断する」


 意思確認したキャップが、大声で宣告した。


「出発は六時間後のワンサーティだ。大型艇三隻に分乗し、一度で入植を完了させる。所要時間は、母星のタイムカウントで三十日ほど。訓練所との行き来よりは時間を要するが、何年もかかる場所ではない。遅滞なく進められるよう協力してくれ」


 予想はしていたものの、いざ入植という感慨に浸るにはあまりに猶予がなさ過ぎた。誰もがばたばたと慌ただしく荷造りし、次々に船に乗り込んでいく。俺たちには悲壮感はなかったが、だからといってわくわくする心情にもなれなかった。人類初の異星入植に対して、何もイベントがないってのはなあ。

 訓練所の退所記念に焼きたてペッパーステーキを腹一杯食わせてくれるとか、新天地には全員でラインダンスを踊りながら足を踏み入れるとか、母星から一流エンターテイナーを呼んで入植式典をやろうとか。そういう華が一切ない。これじゃあ、まるで商談に出かけるビジネスマンだよ。


 あーあ……。


◇ ◇ ◇


 訓練がないから手持ち無沙汰になるかと思ったが、どうにも慌ただしい入植やキャップの異変が気になって、航行中ずっと考え事をしていた。ウォルフほどではないにしても、あまり深く考えずにケセラセラってのが俺の持ち味だったのに。


「俺らしくないよな」


 船内食堂でぶつくさぼやきながら飯を食っていたら、浮かない顔のフリーゼがふらっと隣に座った。


「よう。どうした? しばらく俺を避けてたのに」

「ん……」


 考え込む俺もらしくないが、オーラの弱いフリーゼってのもらしくない。


「いや、ペア決めろってキャップが言ってたでしょ?」

「ああ。やっぱりはみったか」


 血相を変えたフリーゼが例のやつをぶちかまそうとしたから、今まで一度も発動しなかった俺の能力を解放する。


「え? ちょ、ちょっと」

「動けないだろ? よく聞け《リッスン》!」

「……」

「少しは状況を考えろ。ここで破壊力を行使したら、最悪船が逝って全員あの世行きだ。落ち着けよ」


 ふううっ。ゆっくりフリーゼの拘束を解く。やれやれだ。話ぐらい落ち着いてさせてくれ。本当に血の気の多いやつだ。どっかで血抜きしてもらえよ。


「なあ、フリーゼ。ペアの意味を考えてみろよ」

「どういうこと!?」

「キャップは、ペアになった者同士の結婚を必ずしも推奨していない」

「……え?」

「出発前のアナウンスで言ってただろ? 訓練所は入植地を忠実にシミュレートしてるって」

「うん」

「訓練でのペアは、夫婦や恋人だったか?」

「あ……」


 そういうところまで、ちゃんと考えろよ。まるっきりシミュレーションになってないだろうが。


「そういうことさ。入植直後は訓練所と同じやり方だけど、俺たちが新しい環境に慣れたら大集団はばらされる。ペア三組六名ワンセットのユニットという形で、入植地に調査員を散在させる形になるんだ。まさに開拓だよ」

「じゃあ、なんでわざわざペアを設定するわけ? 六人ていうだけでいいんじゃないの?」

「それじゃだめだ。六人の中に必ず浮くやつが出て、優劣が生じる。今のおまえがまさにそうだろ」


 フリーゼが慌てて俯いた。


「ペアやユニットという小さい単位に集団をばらすのも、目的は同じさ。王様や神様を入植地に作らないことが目的だ。キャップはよく考えてるよ」

「でも、なんでペアを夫婦推奨みたいな形にするの? あのマッチングシステムといい、人をバカにしてるわ!」

「夫婦ってのは、愛情というもっとも深い感情交流を基底とした二者関係だよ。夫婦として機能していれば、支配するされるという状況が生じにくい。キャップは俺にちゃんとコンセプトの説明をしてる」

「う」

「夫婦が原則ってわけじゃないんだ。夫婦みたいに、無理なく相互扶助できる相手を探してくれ……それだけだよ。母星のような繁殖前提の夫婦制は、最初から想定してないだろ」


 それでもまだ納得行かないんだろう。フリーゼの膨れっ面は変わらない。


「まあ、ペアやユニットの考え方も暫定的なものだろ。最初はそれでやってみようってだけで、規則化されているもんじゃない」

「え? ちょっと」


 フリーゼは、てっきり本部からの指示だと思い込んでいたらしい。そんなわきゃないよ。


「規則じゃないの?」

「規則なんかあっても意味ないよ。規則をたてにして俺らを拘束、排除できるやつなんか誰もいないんだから」

「うーん……」

「訓練所でも、キャップがずっと経文のように言ってただろ? 俺にそんな権限はないって。古参連中はみんな自分勝手で、キャップの指令をつらっと無視してたし」

「ああ、そうか」

「キャップでさえ指図できないのに、他の誰が指図するんだ?」

「確かにそうね」


 少し考え込むポーズになったフリーゼが、こくっと首を傾げた。


「じゃあ、無秩序な騒乱状態になるっていうわけ?」

「そこまでの規模には膨らまないな。基本、誰も他人に関心がないから」

「!!」


 ぎょっとしたようにフリーゼが立ち上がる。どうどうどう。


「まあ、座れって」

「う……」


 ふう。


「俺たちは、遅老症っていう厄介なお荷物のせいで、常に一般人から疎外されてきた。孤立には慣れてるんだよ。それが災いして、集団というのをうまく作れないし、そいつを上手に制御できない。古参連中を見れば分かるだろ?」

「そういうことか……」

「だが、それでは入植がうまく行かない。ゆるゆるでもいいから最低限のユニットを作らないと、入植地が維持できなくなるんだ」

「入植後は、わたしたちの勝手にできるんじゃないの?」

「できるよ。おそらく、本部から俺らに課せられるノルマは有名無実さ。入植に成功したという事実以外、本部は求めないと思う」

「うん」

「でも、訓練所は入植地の環境を忠実にシミュレートして設計されてる。それが意味することは?」


 フリーゼが、熟考モードに入った。


「そうか。母星からの資源供給がないと、生きていけないってことか」

「当たり。入植地はそういうところだと思うよ。俺たちは長寿命であっても、霞を食って生きる生物じゃない。ライフスタイルは一般人と何も変わらないんだ。糧道を断たれたら全員お陀仏だよ」

「うん」

「じゃあ、誰が本部とのやりとりを仕切るんだ?」

「あああっ!」


 フリーゼが青くなった。


「そういうことだよ。孤立性の高い俺らなりに最低限の社会性を維持しないと、あっという間に入植地が崩壊する。だから、でかい組織でも完全なパーソナルでもなく、ペアとユニットなんだよ」

「そういうことだったのか」


 眉間にくっきりシワをよせたフリーゼは、顔を上げて宙を睨んだ。


「ちゃんと説明して欲しかったなあ」

「無理さ」

「え?」

「俺以外、誰もそういうことに関心を示さなかったんだ。キャップは、聞かれないことにまで踏み込まないよ。おまえも関心がなかっただろ?」


 図星だったんだろう。フリーゼの怒気がさあっと消えた。


「……うん」

「訓練所に残ったのは、一人残らず遅老症の逃亡者……いや難民だよ。開拓者っていう名誉オナーは、役立たずの看板に過ぎない。でも入植地に行けば、俺らはもう逃げ隠れする必要がないんだ」

「そうね」

「その代わり、次の難民キャンプもない。俺たちに試練が待ってるとすれば、そこだろ」

「ねえ、ブラム」

「なんだ?」

「どうしてあんたは、そこまで読むの?」


 思わず苦笑しちまった。


「ははは。他の連中は逃げるだけでよかったかもしれない。でも、俺はそれだけじゃ母星で生き残れなかったんだよ。常に追跡者チェイサーがつきまとっていたからね」


 俺の望んだことじゃないが、女というチェイサーがな。


「今と先を読んで、自分の保身に最適な手段を考える。それがこれまでの俺の生き様だったんだ。いいも悪いもない」


 さて。腹も膨れたことだし、一度部屋に戻ろう。おっと、その前に。


「なあ、フリーゼ。おまえも、逃げるだけの連中とは一味違う。俺の適合アジャスト能力と同じで、おまえが生き残るために磨いてきた能力がそうさせてるんだ」

「能力? わたしに?」

「物騒なものをぶっ放す能力じゃないぜ」

「う……」

「そうじゃない。訓練所の中で、おまえだけが闘志をくっきり見せるんだよ。おまえが浮くのは、その能力を持ってるのがおまえしかいないからさ。だが、おかしいじゃないか。入植を担うのは開拓者パイオニア。その募集なんだぜ?」

「うん!」

「ずっといらいらしてたのは、そのせいだろ?」

「そうなの」

「俺も、最初からずっと違和感を覚えていたことだよ」


 ほっとしたように、フリーゼがいからせていた肩を下ろした。


 感覚の共有。一般人なら真っ先にすることを、俺らは最後の最後に回してしまう。迫害のプレッシャーがなくなっても、歪んでしまったコミュニケーション感覚は元に戻らないだろう。俺らはそれを前提にして、入植地での生き方を探らなくてはならない。まあ……いろいろやってみてだな。


「おまえの闘気は、上手に使えば事態打開の切り札になるよ。そうやって、ポジティヴに考えろ」

「あ、あのっ!」


 俺が席を立ったのを見て、フリーゼがひどく慌てている。


「ブラムはペアを決めたの?」

「俺はラストでいい。自分から相手を探すつもりはない」

「え? どして?」

「自分の嗜好や直感を優先すると、それがバイアスになってアジャストが難しくなるからさ」

「じゃあ……わたしがなってって言ったら?」

「構わんよ。アジャストする。じゃあな」


 ぱちん。ほっとした様子のフリーゼにウインク一つ投げかけて。俺はゆっくり船室に戻った。


「まあ、やっぱりそうなるわな」



【第十三話 了】


 お題:ペッパー、ライン、エンターテイナー(チャレンジ縛り:これまでのチャレンジ縛りから二つ選択。朝禁止と七五調)


 BGMはTears For Fears のListenでお楽しみください。

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