第七話 ブルシット!

「またかよう!」


 俺はこんなにぼやっきーな性格ではなかったはずなんだが、ここに来てどうしようもなく愚痴が増えている。くっきりとな。


 うんざりさせられることが多かったのは確かだ。寝起き最悪のタオの世話、ゴズのスピンアウト、癇癪持ちフリーゼとのペア、どうにも厄介な新人女性相手のガイダンス、そしてこの前はフリーゼのいらいら弾直撃、と。自分でもよく堪えてると思うが、それでも俺的には十分想定範囲内だったんだよ。だが、さすがに今度のはちょっと……。


 例によって食堂で盛大にぶつくさこぼしていたら、能天気ウォルフが皿の上に山盛りのナゲットを乗せて近寄ってきた。鼻腔にべったりとこびりつく油の匂いにうんざりして、思わず嫌味をぶちまける。


「おい、ウォルフ。これから訓練なんだろ?」

「もちろん」

「そんなに食ったら機敏に動けんだろが」

「いいんだよ。これが俺のペースなんだから」

「ったく、燃費の悪いやつだな」


 嫌味をつらっと聞き流したウォルフが、俺のトレイの真上にぐいっと首を突っ込んだ。マグに入っているルビー色の液体が気になったんだろう。


「この前はスッポンの血だったけど、こいつは何の血だ?」

「これはどノーマルさ」

「は?」

「まだ純潔を保っている葡萄の血液だよ」

「なんじゃそりゃ」

「ろくでなしの微生物に食われて真っ赤な毒液に変わる前ってこと」

「ああ、グレープジュースか」

「そう」

「おまえが甘いもんを口にするのは珍しいんちゃう?」

「まあね。嫌いなものを口にしたくなるくらいとんでもない厄介ごとが、どすんと落っこちてきたんだよ」

「あの新人ペア絡みか?」

「違う。どどっと新人が来るんだってよ」

「へえー。しばらくぱたっと志願者が途絶えてたのにな。なんでまた」


 残っていたジュースを一気に煽って、空になったカップの中に愚痴を置いていくことにする。


「さあな。こんな真っ暗で辛気臭いとこに、わざわざ来たいなんていうやつの気がしれん」

「全くだ」


◇ ◇ ◇


 一度新人ガイド役を引き受けると言った以上、事態が変わったからと言って職務放棄するつもりはない。だが、最初に引き受けた時とは状況ががらっと変わっているんだ。


 まず、新人の人数が多い上に全員女性。これまでは男しか来なかったのに、いきなりこんなのはないぜ。それだけでも十分に頭が痛いんだが、俺とペアでガイド役をするはずのフリーゼがあれから完全にへそを曲げていて、俺に口を利いてくれん。当然ガイダンスの時も、俺一人で全部やれって感じになってしまうだろう。一人二人ならともかく、十数人を俺一人でっていうのはあまりに荷が重い。


 俺は、温和で忍耐強い方だと思うぞ。だが、さすがに今度だけはどうしても我慢できん。食堂を出た俺の不機嫌は、愚痴では収まらなくなっていた。


くそったれがっブルシット!」


 キャップに悪態をぶちかましたところでどうしようもないとは思いつつ、ぶりぶり怒り狂いながら所長室に向かう。


 所長室のドアはいつも開放されているが、一応ドアをノックしてから上半身をぐいっと突っ込んだ。


「キャップ!」

「ん?」


 ノックに反応しなかったキャップが、俺の怒声でやっとこさ椅子を回した。


「募集要項を女性向けに変更したんですか? こんな話は聞いてませんよ!」


 訓練所でぶち切れるやつは、フリーゼを筆頭に山のようにいる。だが、俺はぼやっきーにはなってもキレたことはない。その俺がぷっつんしていれば、少しは事態を深刻に考えてくれると思ったんだが……。いつもならまあまあ落ち着けとみんなをなだめるキャップが、これまで一切見せなかった険しい表情をしていた。


「変更はないよ。要項はこれまで通りだ」

「そんな……」

「ということはだ。今本部で行なっている事前審査で、志願者の性比に極端なバイアスをかけてるってことだろ」

「ちょ! そんなの許されるんですかっ?」

「もちろん違法だよ。選出の意図が表に出れば、ね」

「どういうことですか?」

「条件を満たす志願者が、女性しかいなかった。公式にはそういう発表をするんだろ」

「これまで99.9パーセント男しか志願して来なかったのに、それはありえないでしょ」

「そりゃそうさ。その男ですら、ここにはほとんど適応アダプトできていない。訓練所開設から四年経つが、ここへの定着率は1パーセント未満だよ」


 そうなんだよなあ……。まあ、言っちゃなんだが、ここには昼っていう概念がない。常に夜。まともなやつは、太陽がないこと、昼夜の概念がないことに耐えられず、結局精神を病んでしまう。


 むっすり黙り込んだ俺を、キャップが呼び入れた。


「入って、ドアを閉めてくれ。重たい話をしたい」

「はい」


 な、なんだあ?


◇ ◇ ◇


「まず、単純シンプルな伝達事項から」

「ええ」

「君とフリーゼは、ガイド役から外す」

「他のメンバーが代わりにやるってことですか?」

「いや……」


 キャップの顔がひどく歪んだ。


「本部から専任講師を出すとさ」

「無理でしょ」

「あいつら、どうしようもなく阿呆だよ!」


 俺同様にぶつくさ文句は言うものの、上手に各種事態を調整してきたキャップが、初めて激しい怒りをむき出しにした。


「ここに適応できたやつ以外、三日と保たないと思うんですが」

「その通り。その構図を逆から見てみろ。何が見える?」

「……」


 そうか。そういうことか。


「放置、ですか」

「当たり」

「でも、それは願ったりじゃ」

「そうはいかんよ」

「なぜですか?」

「送り込まれて来る訓練生の数が、今後加速度的に増えるからさ。今回のなんか序の口だよ」

「はあっ!?」


 ディスプレイを操作したキャップが、一枚のクラシックな建物群を映し出した。


「なんですか、これ?」

「アルカトラズ刑務所だよ」

「は……あ」

「海上の隔絶された環境に建設された、絶対に脱獄不能な刑務所。終身刑もしくは超長期刑を言い渡されてここに送り込まれれば、死ぬまで出ることはできない」

「む……」

「まあ、生きているのに突っ込まれる墓穴みたいなもんさ」

「もしかして、ここに犯罪者を送り込んでくるってことですか?」

「ブラム」


 キャップが、でかい溜息とともに俺の的外れな推測を一蹴した。


「君も鈍いなあ。そんなんじゃ、ホームズにもポアロにもなれん」

「俺はワトソンでいいです」

「ワトソンなら、もっと上手に突っ込むぞ」


 ちぇ。


「送り込まれてくるのは、みんなまともなやつさ。ただし、講師以外は一人残らず遅老症だ」


 な、なにいっ?


「ここは、母星との間の行き来が確保されている。つまり、地理的にはともかく外見的には隔絶環境ではない」

「そうですね」

「だが、君は母星に帰れるか?」

「……」

「そういうことさ。とうとう本格的な魔女狩りウイッチハントが始まった。俺はそう考えてる」


 やっぱりか……。


「じゃあ、彼らは難民レフュジーということですか?」

「見かけ上は違うよ。俺らと同じ、開拓者パイオニアさ」

「……。それにしても、なぜ女性ばかりなんですか?」

「俺ら男どもは、自己意志でここに逃れてきた。立場的に難民であっても、意識は開拓者なんだよ」

「ええ」

「だが彼女らは、すでに迫害を受けて保護されていた収容所の面々だ」

「そ……んな、バカな!」

「遅老症患者を生み出す起点は女性。彼女たちを根絶すれば、俺らのような厄介者はいなくなる……そう考える単純バカが多いってことだろ」

「やってらんないですね」


 あまりのばかばかしさに、がっくりくる。

 キャップが、巨体を揺らしながらゆっくり立ち上がった。


「当初の計画では入植開始まで五年かけて準備ということだったが、ここへ流れ込む難民の数次第では、入植を前倒ししないと保たないかもしれん。それを頭の片隅に置いといてくれ」

「分かりました」

「ああ、それと」


 キャップが、大きめの紙箱を俺に手渡した。


「これはなんですか?」

「本部から君にプレゼントだそうだ」

「本部から? なんでまた」

「この前、フリーゼからきついのを食らっただろ?」

「ええ」

「吹っ飛ばされた君の右腕はさっさと片付けたんだが、小さな血痕が広範囲に散っていてね」

「うわ。それに何か不都合が?」

「フリーゼ、エミ、ビージー三人揃って、床に残った血痕を探して舐めて、見事に発情していた」

「げ……」

「まるで猫にまたたびだ。催淫作用のある血なんざ聞いたことないが、ゲンジツとして存在する以上事故は防がんとならんからな」

「じゃあ、これは……」


 キャップが、俺の目の前に中指を突き立てた。


「決まってるだろ。避妊具だよ」



【第七話 了】



 お題:ワイン、孤島、探偵(チャレンジ縛り:お題の単語は使わない)


 BGMはPublic Image Limited の Disappointed でお楽しみください。


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