第六話 クール!

 今日はフリーゼの機嫌がとびきり悪い。いや、上機嫌なんていう姿は一度も見たことがないけど、それでも普段はぶつくさ言いながらもなんとか自制しているんだ。だが、今日は誰彼構わず当たり散らしていてどうにもならん。


「おい、ブラム。彼女、どうしたんだ?」

「俺に聞くなよ」


 ウォルフが、びくびくしながら不機嫌爆裂のフリーゼを見ている。神経が極太ワイヤーロープ三つ編みになっているウォルフだが、そのダルで無神経なウォルフでさえフリーゼをひどく恐れている。ウォルフからしてみれば、恐ろしいフリーゼとタメ口を利いている俺が信じられないんだろう。


「まあ、女ってのはいろんなことでへそを曲げるんだよ。一々まともに取り合っていたら身が保たん」

「おまえも、さばけてるよなあ」

「まあな」

「てことは、女の扱いには慣れてるってことか?」

「少なくとも、付き合う相手に不自由したことはないな」

「むぅ……」


 とことんがさつなウォルフに惹かれる女は、そうそういないだろう。こいつは男性としてどうのこうの以前に、どうしようもなく単純なガキだからな。もっともウォルフには、自分を魅力的な男として見て欲しいという願望があるようだが。


 俺の呆れ顔が気に障ったのか、犬歯をむき出しにしたウォルフが真正面から突っ込んで来た。


「そういうもてもて君が、なんで四方八方女砂漠のここに来るんだよ!」

「そっくりおまえに返す。女にもてたいなら、ここは銀河系番外地もいいとこだ。河岸かしを代えないと、どうにもならんぞ」


 ざわっ……。急に気温が下がった。


「へえー」


 いつの間にか、フリーゼが俺らの背後に立っている。もうご機嫌斜めどころの話ではない。すでに全神経が導火線に変わっていて、その先に火が着いている。


「あんたたち。わたしが女じゃないって言いたいわけ?」

「そ、そそそ、そんなことは言っておろれるりらまへんが」


 あーあ。フリーゼ恐怖症のウォルフの舌は、硬直してかちかち。結局俺が火中の栗を拾わなあかんと言うことかよ。ちぇ。


「フリーゼ。誰もおまえのことをどうのこうの言ってないって。事実として、この訓練所の女性は三人しかいないんだ。男女比を考えてみろ」


 俺はあくまでも冷静クールに事実論で詰めようと思ったんだが、フリーゼの怒りを消火するにはいささか力不足だったようだ。悪魔のような笑みを浮かべたフリーゼが、右手のしょうを俺に向けて……。


◇ ◇ ◇


「まったく! 少しは手加減しろってんだ」


 医務室。ぶつくさ文句をぶちまかしている俺を、ドクが苦笑いしながら眺めている。


「それをフリーゼに要求しても無駄だよ。ウォルフに落ち着いて行動しろと注文するみたいなもんだ」

「まあ、そうなんですけど」


 フリーゼには、空間のエネルギー分布を偏在させる能力がある。それを自由自在に操れるのなら神にでも仏にでもなれるんだろうが、生憎ブチ切れた時にしか発現しない役立たずの能力だ。ウォルフがあれだけフリーゼを恐れているのは、癇癪の直撃を食らったことがあるからだろう。

 だが、俺には大した影響がない。今回のは大きめのダメージだったが、それでも日常を大幅に狂わせるほどのインパクトではない。ダメージがでかかったのは、凍った俺の右腕が粉々に砕けて散らばったのをばっちり見てしまったエミだ。俺ではなくエミが失神するってのはおかしくないか?


 激しく損傷しているのは俺なのに、その俺が気を失ったエミを担いで医務室に運ばないとならないってのはどうよ? やれやれ……。


「元に戻ったか?」


 俺の腕を取ったドクが、触診で機能を確かめる。


「大丈夫です。これまでも、数限りなく再生してますので」

「やれやれ。プラナリア並みだな」

「プラナリア以上ですよ。復元までほとんど時間がかかりませんから」

「ははは」


 俺だって、異個体のはぎ合わせで修復されているドクとそれほど差はないんだよな。


 俺とドクとの話し声で意識が戻ったんだろう。まだ青い顔をしていたけど、目を覚ましたエミが上体を起こした。


「おい、大丈夫か?」

「はい」


 恐る恐る俺の右腕に目をやったエミは、ぎょっとしたようにのけぞった。


「そ、それ!」

「ああ、あの程度では全くダメージを受けない。すぐ再生するんだ」

「再生……ですか?」

「そう。君もそうだろうけど、遅老症のペイシェントは、細胞の再生力が常人に比べて桁違いに大きいのさ。その分、怪我や病気のダメージが極端に小さくなる。ドクが暇なはずだよ」


 エミは、ぐったり俯いてしまった。自分もそういう体質を持っているということを、直接指摘されたくなかったんだろう。だがいずれはおおっぴらになることだし、近いうちに隠す意味はなくなる。俺はそう思っている。


「まあ、フリーゼのいらいらもそこらへんが原因だろうな」

「そこらへん……ですか」

「そう。遅老症だと、相手が先に年を取ってしまうんだ。彼氏ができたって絶対に続かないよ」

「あ、あの」

「うん?」

「その、ブラムさんには、付き合った女の人はいるんですか?」

「いたよ。だけど、俺も事情はフリーゼと同じだ。続いた試しはない」

「そっか……」


 俺は、無駄にだだっ広い医務室をぐるっと見回した。


「ここはすごく居心地がいいんだよ。女性が極端に少ないから、余計なことを考えなくて済む」

「まあな」


 ドクが、握っていた俺の右腕をぽいっと放り出した。


「結局それで、志願者にセレクションがかかるってことさ」


◇ ◇ ◇


 普段ビージーとべったりペアになっているエミとは個別に話す機会がなかったので、エミの持ち物から会話の発端を引き出す。


「なあ、エミ。服のベルトに付けてるのはなんだい?」

「ああ、これですね。根付っていうんです」

「ほう? それはお守りラッキーチャーム?」

「いいえ。小物を持ち運ぶ袋とか容器の留め具なんです」

かっこいいねクール!」

「えへへ。そうですか?」


 チャームを外したエミは、それをぎゅっと握って寂しそうな顔をした。


「わたしが住んでいた城は、わたしよりずっと長生きするはずだったのに、わたしより先に崩壊してしまいました」

「うん」

「わたしに残されたのは、この根付だけ。こんな……こんな長生きはしたくなかったです」

「そう?」


 俺は、そのネガティブ思考をきっぱり否定する。


「いくら遅老症だって言っても、何十万年と生き続けるわけじゃないさ。あくまでもヒトの健常者と比べての長短。絶対的な価値観や尺度じゃないよ」

「……そうなんですかね」

「俺たちが問題にしなきゃならないのは、単純な寿命差じゃない。たぶん、もっともっと厄介なことだと思う」

「厄介……ですか?」

「そう。それに絡んで、母星で無責任な噂が広まってる。騒乱になるのを避けたい連邦政府は噂の火消しに躍起になってるけど、いずれ魔女狩りウイッチハントが始まるよ」

「うん」

「それなら、早めにここに逃げ込む方がずっと賢明だし、このチャンスは活かした方がいいと思うんだよね」

「そっかあ」

「まあ、幸運の女神はどこにいても大事にされるよ。俺も、君のおかげで被害が軽微で済んだからさ」


 エミが照れて真っ赤になったのを見て、ドクが容赦無く俺をこき下ろした。


「ブラム。おまえの女たらしは、間違いなく血のなせる業だな。ウォルフやフリーゼが妬くはずだ」



【第六話 了】



 お題:根付、城、火消し(チャレンジ縛り:お題をそのまま使う)


 BGMはSonny ClarkのCool Struttin'でお楽しみください。


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